episode:5-7【龍心あれば水心】
一色の絵による効果は絶大で、他の四人にも順に見せていったが同じように、自分の異能力によって発生した手に押さえつけられていく。
少し時間が経つとその手による拘束はなくなるが、それでも元の異能力は失われているのか、時々妙な行動を見せた後に自分の作り出した手によって押さえつけられるという状況に陥っていた。
「……これは、本物だな。異能力を『巨大な手に自分が拘束される異能力』に描き変えられる絵」
「時間はかかりましたが、龍人を元に戻せる可能性はありますね。気がかりなのは」
「……龍人も岸井の絵を見たことによって変化した異能力ということか」
結局は価値観を変容させることで、術者の精神に依存する異能力を変化させるということに過ぎず、問題無用で異能力が変わるわけじゃないことだ。
絵を見て覚えた感動以上の思いがあれば異能力は変化しないかもしれないし、時間が経てば絵によって起こった感動も薄れるかもしれない。あるいは、そもそも絵が合わないなど、幾らでも効果が阻害される要因は存在する。
「まぁ、どうであれ非常に有用なのは間違いないか。強力すぎて、取り扱いには注意が必要だが」
「そうですね。ちょっとした事故でヨミヨミさんが戦闘不能に陥ったら大問題ですから」
場合によってはそれだけで大局が決しかねない。
「あと、あちらが持つ岸井の絵にも注意が必要だな。【連作:シンリュウ】だったか」
「……あれは十二枚のうち数枚なら大丈夫なはずです。まどかが三枚見たそうですが、価値観が変わったというわけでもなかったそうなので。これ以上はまずいと思って見るのをやめたらしいので、具体的に何枚までならセーフとかは判別出来ませんが」
会議室のような部屋で話ながら缶コーヒーを飲む。
「……今回に限らず、異能力者の捕縛とかに役立ちそうだな。量産は出来ないのか? 多分、セーラが上と掛け合って幾らでも金を出して買ってくれると思うが」
「幾らでもって……ん、んぅ……お金の価値ってよく分からないんですけど、アキトさんと生活出来ますか?」
「それぐらいなら即金で出るだろうな。幾らでもというのは、本当に何の比喩でもなく幾らでもだ。足りなければ刷ればいいからな。まぁそこまでになったら渡すまでに何年かかるか分からないが」
刷ればって……と思ったが、東京の地下に広がる巨大な施設を持つ組織だ。冗談ではなく、それぐらい出来てもおかしくない。
一色は話の規模がよく分かっていないらしく不思議そうな目を俺に向ける。
「えっと……どうしましょう」
「すぐに、という話でもないだろう。そもそも、量産出来るのか?」
「んぅ……同じものは描けないです。その時の感動を絵に込めるので、気持ちがないと」
「まぁ、工芸品ではなく芸術品だから、そうだろうと思った」
「……残念だな。セーラが喜ぶと思ったが。まぁ数は用意出来なくてもいいか」
ヨミヨミは水を飲んでから時計を見る。やはり時間が気になるのか。
「そう言えば、絵の題名は決まっているのか? 岸井の絵って呼び方だと連作シンリュウや他の絵もそうだからややこしい」
「ん、んぅ……」
一色は何故か隣に座る俺の方をチラチラと見てから、恥ずかしそうに俯く。
「えっと、その……【傷のある手】です。題名は」
一色の答えを聞いたヨミヨミは彼女と俺を交互に見てから呆れたように笑う。
「ああ、そういえば、発動していた能力は全部左手だったな」
ヨミヨミは缶コーヒーを持っていた俺の左手を見て苦笑しながら続ける。
「なんというか、ごちそうさまってやつか」
一色は顔を真っ赤にしながら、誤魔化すようにコーヒーを飲む。
俺は自分の左手を広げて、見慣れてきた傷跡を右手で触る。一色を守ろうとして突き出したことによって出来た傷だ。
俺としては自分の無力さや至らなさを思い知らされただけの傷跡だが……一色からすると違うらしい。
以前、一色に恐ろしい表情で触られたことを思い出す。
「一色の考えはよく分からないな」
「も、もういいじゃないですかっ。何をモチーフにしていようと」
赤らんだ顔の一色が可愛い。
ジッと見つめていると、からかわれていると思ったのかふいっとそっぽを向かれる。
「……とりあえず、もう一回ずつ絵を見せて回ってから東京に運んでもらうか」
「まぁ、それが一番ですね」
「ああ、あと出来たらリリィに何かプレゼントとかも買っておきたいから、早く戻りたい」
ヨミヨミは時計を気にしながらそう話す。
「あ、アキトに聞きたいんだが、女性に渡すのにオススメの物とかあるか?」
「……えっ、俺ですか? いや、俺に聞くのはあまり適切ではないかと。初めての恋人が一色ですし、まともに贈り物とかしたことがないので」
「そうか……」
「一色に聞いた方がいいかと。女性ですし」
変わり者ではあるし、女性というにはいささか子供っぽいが。
一色は俺の言葉を聞いて、うーん、と首を捻る。
「あの、これ、今、僕が言うと……アキトさんにねだってる風にならないですか?」
「考えすぎだろ。別にそうは思わないが」
「いえ、でも、僕があれが欲しいとか言うとアキトさんは用意しようとしますよね?」
「それはするが……」
「それが分かっていたら、どうしても言いにくいです。それに、僕が欲しい物とリリィさんって方が欲しいものは全然違うと思いますし……。あと、えっと、恋人や夫婦でもない異性ってプレゼントとか贈るもとなんですか? 僕が変なのかもしれないですけど、アキトさん以外から何かを贈られてもちょっと困ります」
一色がものすごくマトモなことを言っている気がする。
「こ、困るのか? プレゼントとかするのは」
「え、あ、僕は、もしプレゼントされたら困るかなぁってだけで、されたこともないですけど。えっと、そういうことをされたら何かお返ししないとダメかなってなりますけど、贈る物を選ぶのも大変そうですし、お金もかかるでしょうし、贈られた物は捨てたりしにくいでしょうから……」
「……そうか。迷惑をかけていたかもしれない」
「い、いえ、も、もちろん好意を持っている相手からなら嬉しいと思いますよ……? その場合、お返しを考えるのも楽しいでしょうから」
「…………そうか。いや、ああ……参考になった」
ヨミヨミさんは落ち込んだ様子で椅子にもたれかかる。
「それで、一色が欲しいものってなんだ?」
「え、えっと……そ、それは……その、アキトさんが、僕に着てほしい衣類などがあれば、それがほしいです。僕、いつもこんななので、オシャレとか分からないですから」
一色は自分の着ている絵の具が付いた灰色のパーカーと黒いズボンを摘む。
それは、一色に対するプレゼントなのだろうか。俺しか得しない気がするが。
「……毎回、ちょっとしたものを渡していたんだが嫌われていないだろうか」
「あー、どうなんでしょう。嫌われはしないんじゃないですかね。一色の場合は気が弱いのもあると思いますし。物にもよると思いますが、何を渡したんですか?」
なんかイケメンだし、照れとかなさそうだから薔薇の花束とか渡していそうである。
「あー、コーヒー豆とか。アイツ、だいたい手土産にお茶菓子とか持ってくるから」
「なら問題ないかと。なぁ一色」
「は、はい。思ったより普通でした。てっきり薔薇の花束とか渡しているものかと」
「分かる」
「お前ら、俺を一体なんだと思っているんだ」
てっきりイケメンは女の子に薔薇の花束をプレゼントするものだと思っていたが、案外そうでもないのか。
「どんな人なんですか? リリィさん」
「ああ、顔合わせもする前に写真を見せておくか。顔合わせより先にアキトと会って揉めたりしても困るしな」
「ヨミヨミさんは俺にどんなイメージを持っているんですか」
ヨミヨミは自分のスマホを取り出して、机の上に置くようにして写真のアルバムを開く。星やら月やらの夜空の写真がほとんどで、時々申し訳程度に人の写真がある。
黒髪の落ち着いた雰囲気の少女が軽くはにかむようにしている写真を見て一色が「はぁー」と感嘆の声をあげる。
「この美人さんのお写真がたくさんありますね。描きたいです」
「これは妹だ。おっと、これだな」
女性二人の写真。片方はセーラで、もう片方は金髪碧眼の色素の薄い容姿をした細身の少女。少し気が強そうな表情をしているが、セーラにからかわれて困っていそうにも見える。
「はぁー、美人さんですね。是非本物を見て描きたいです」
「岸井はその感想ばっかりか。そこそこ気が強いから、アキトと意見がズレれば揉めそうなんだよな。どちらもあまり譲りそうにない」
「一色以外のことなら譲りますよ」
ヨミヨミは疑うような目で俺を見る。
その扱いは少しばかり不服である。




