episode:5-6【龍心あれば水心】
「まず、そうだな。何から話したものか。コロンシリーズ、暦史書を集めて管理する団体であることは知っているな」
「ああ、それを書く人物をコロニスト、あるいは暦史家と呼ぶとセーラから教えられたな」
「まぁつまり、突発的に出来事や人物について詳細な記録を残すコロニストがいて、それの書いたコロンシリーズを集めるのが俺たちな訳だが……リーダー、主導者は誰だ、という話だ」
ヨミヨミはゆっくりと自嘲するように口元を歪める。
「答えは『誰でもいい』。あくまでも誰かが自主的に書いた物を自主的に集めているというだけだからな。その正直なところ小学生がやってもいいぐらいの役職についているのが、十二使徒と呼ばれるコロニストだ」
「誰でもいいと言っても、最低限の知識や教養はいるんじゃないか?」
「いや、特に必要ないだろうな。アキトなら分かるだろうが、大規模な組織のリーダーに必要な技能というのは、実際のところほとんど存在しない。大きくなればなるほど専門家が増えるし、リーダーがあらゆる専門家に勝る知識を持つことは不可能だからな。あえて言うなら広範に知識があり、方針を定めたり人をまとめたりすることが出来たらいいが、それも適当に他の奴に任せることも出来る。特に、機構の場合は基本方針は元々決まっているしな。言ってしまえば、いなくても回る」
自分の所属している組織のリーダーに対して、それも身内に対してよくそんなことを言えるな、と思ったが、身内だから……というか、将来的に自分が就く可能性かあるからこそ言えるのか。
「まぁ血筋でやっていけるってことは、ある程度の能力に触れ幅があっても問題ないってのは分かるだろ」
「それで、具体的にはどういう形なんですか」
「十二使徒とは別に国や地域ごとに支部があるな。まぁ飛地になっているところもよくあるが」
「飛地って、また不思議な話ですね」
「歴史が長いとどうしてもな。何千年と続いている組織だと、国境に合わせる派閥と昔からの組織通りにする派閥で別れたりしてそのまま飛地になって続いたりする」
なるほど、と小さく頷く。一色も分かっているのかいないのか、俺に合わせるように頷く。
「まぁ、それだけ大きな組織でリーダーの一番の役割が象徴的なものでしかなければ、人手が足りなければ家系がそうであろうと前線に出たりする必要がある。ちょうどこんな具合にな」
「それで、そのリリィって方と良い仲になったら何が問題なんですか? アメリカの支部と仲が悪いってことはないですよね。こっちまで派遣されていますし」
「ああ、それが本題なんだが、リリィも十二使徒の直系……というか、今代の十二使徒兼アメリカ支部長の娘でな。それに、今は後を継げるのは彼女だけだ」
ああ、それは確かに問題がありそうな気もする。
かなり巨大な組織であるはずの暦史書管理機構のお偉いさんがチームの中に二人もいるというのは……もしかして、思っていた以上に戦力を割いていてくれたのだろうか。
偉い=強いなどという小学生のような価値観を持っているわけではないが、こと異能力者というものは血筋が重要だ。
人数が少ないと不満に思っていたが、ほとんど実害が出ていない中でかなり優遇していてもらったのかもしれない。
「あー、ヨミヨミさんの方にはご兄弟はいないんですか?」
「妹がいるな。ユウコというんだが……まぁいつか会うことになると思うから先に言っておくが、悪い子ではないんだ。決して」
ああ……と軽く頷く。一色もよく分かっていなさそうだけど頷く。
「どんな子なんですか? おいくつですか?」
一色は俺の影からヨミヨミに尋ねる。
「本が好き……な、大人しい子だな」
「読書好きですか。僕、あまり読まないのでおすすめとか教えてもらえたりしたいです」
「いや読書が好きというか、いや、読書も好きなんだろうが……」
「書く方ですか? へー、僕、挿絵とか描きましょうか?」
「いや、そういうわけでも……。まぁ、ユウコの話はおいておこう」
「そうですね。そろそろですか?」
「ああ、セーラの話だと、岸井の描いた絵で異能力に変化が出る可能性があるんだったか……アキトの見立てではどうだ?」
「完成した絵は見せてもらえないので分からないですね。まぁ、いけるんじゃないですかね」
ヨミヨミは小さく頷いてからレンタルビデオ店に入り、迷った様子もなくR18コーナーに突っ込む。
「おい、ヨミヨミさん」
「なんだ? ああ、ここがその支部への道でな」
「……なんでこんな」
「さあ、昼間から入る奴が少ないからじゃないか? 他にも経路はあるが、一番近いのはここで、遠くなるのは岸井がしんどいだろ」
一色が不思議そうに首を傾げながら中に入ろうとして、入る前に彼女を止めて、中の様子を伺ってから手で目隠しをしながら中に入る。
「ど、どうしたんですか!?」
「教育に悪い」
「何がです?」
「いいから、ちゃんと目を閉じてろよ」
これはこれで問題がありそうな状況だが、変な影響を受けるのよりかはマシだろう。
一色の性知識がどんなものなのかは分からないが、多分生身の人間に対しては詳しくないはずだ。
おそらくではあるが、哺乳類の生態から人間の生態も分かるぐらいの知識だろう。
一色の目を押さえている手を一色が上から握り、目が見えないせいかいつも以上に下手な歩行でゆっくりと歩く。
ヨミヨミに続いて奥にあった扉に入ると、雑にダンボールが積まれている部屋だった。ヨミヨミが壁を隠すように積まれていたダンボールを退けるとエレベーターが出てくる。
「……あの、まだ目を開けちゃダメですか?」
「あ、もう大丈夫か」
一色のまぶたから手を離し、その手を見つめる。
肌、すべすべしていたな。
「ん、んぅ……? エレベーター?」
「やっぱりこっちの支部でも地下にあるんだな」
「まぁ規模はあそこよりも小さいけどな」
エレベーターに乗り、ヨミヨミに連れられるままに移動すると、医務室のような場所に着いた。
その場には医者らしき男と、先程の敵のうちの一人しかおらず、他の奴は見当たらない。
おそらく、束になって暴れられると困るから離しているのだろう。
「調子はどうだ?」
男から返答はない。俺としては真面目に頭を打ったことで意識が大丈夫かを確認したかっただけなのだが、そうとは取られなかったらしい。
まぁ、それだけの意識があるなら大丈夫か。
「ヨミヨミさん、早速やりますが見ないようにしてくださいね」
俺は背負っていた一色の絵を下ろして紐解く。
男は何か拷問でもされると思っているのか、グッと身構えるが……絵を見せられるだけとは思ってもいないのか、目を閉じたり逸らす様子はない。
パッと布を取って男に絵を見せる。
男の動きが止まり、瞬きすらなくなる。一秒、二秒、三秒、と警戒と緊張が入り混じる時間が過ぎていき、バッと男が涙を流したと思うと、その瞬間に男の上から透明な何かが降り、男の身体を地面に押し付けるように叩き付ける。
「ッ!」
ヨミヨミが身構えるが、それから何も起こらない。男が突然異能力を使ったように見えたが、その異能力らしきものは男の身体を地面に押さえつける以外のことをしていない。
「……これは、手……か?」
「ああ、そうらしい……ですね」
透明ではあるが、若干屈折率が違うのかうすらぼんやりと見える。
男を上から押さえつけるような人間の手。バタバタと男はもがくが、逃れられそうには見えない。
完成した絵は見せてもらえなかったが、確か……一色の描いていた絵は人の手だった。
俺はあまりの効果に顔を引きつらせながら、絵に布をかけてヨミヨミと一色に目を向ける。
「あー、成功だな。異能力が、描き変わった」




