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episode:5-3【龍心あれば水心】

 自分の唇を撫でた一色は、不思議そうに俺を見る。


「アキトさんって、何で僕と結婚したいって思ったんですか?」

「好きだって言わなかったか?」

「ん、んぅ……そ、それは知ってますけど」


 一色は顔を赤らめながら、それを誤魔化すように自身の指先を弄る。


「でも、好意を持ったらすぐに結婚ってわけじゃないことぐらい、僕でも知ってます。知り合ってからまだ一月ほどで、普通よりだいぶ早いことも」


 改めて、何故そんなに急ぐのかと言われると……答えやすい答えがない。

 一緒にいることで出る不都合が起きないようにという理由もあるけれど、別に差し迫った状況というわけでもない。


 未成年に手を出せば犯罪だが、結婚していれば合法というのもないわけではないが……。精神的に未成熟な一色にはまだ早いと思っているから、法律に関係なく手を出すつもりはなく、しばらくは我慢し続けるつもりである。


「……未来がどう転ぶにせよ、結婚したいことには変わりないんだから、早い方が多く結婚生活を楽しめるかと思ってな」

「嘘ですね。僕が了承したことに驚いていましたし、両想いとは気がついていなかったはずなので、断られる可能性も高いと思っていたはずです。リスクとリターンが見合ってないです」

「……言わないとダメか?」


 好かれるはずがないと思っていたから。世間知らずなうちに自分の物にしようとした。改めて考えると……いや、改めて考えなくともクズの発想である。

 そもそも騙そうとした時点でどうしようもないが。


 真っ直ぐに俺を見つめる一色。この子は意外と賢い……というか、俺の付いている嘘が分かるらしい。俺の真似か、少し理屈っぽく嘘だと分かった理由を話しているけれど、根底の話からして感情の問題なのだからそんな損得勘定で決められることではなく、それは一色も分かっているだろう。


 矛盾が分かったから嘘を吐いていることに気がついたわけではなく、嘘を吐いていることに気がついたから矛盾に気がついたのだろう。俺の仕草やら何かで嘘を察したようだ。


 ゆっくりと息を吐き出す。


「話したくない。出来ればではあるが」

「えっ、あっ……その、出来れば、というのは?」

「隠し事をしたせいで一色から嫌われるとか、結婚の話をなしにされるとか、そういうことがあるなら素直に話すけれど、基本的には話したくない」

「えっ、えぇ、そういうのって、ありなんですか。んぅ……嫌いにはなれませんし、僕も結婚はしたいと思っているので、そういうことはないですけど……。その、少し不安で」


 一色はパチリパチリと瞬きを繰り返した。


「不安? ああ、いや、そうか……。まぁ、そうだよな」

「は、はい」

「ああ、だから普通は交際期間を設けるのか。相手が自分へどれだけ好意を持っているとか、分からないものな」


 俺はあまり口が上手くない。無理矢理に理屈をこじつけて黙らせることは可能かもしれないが、そんなことをしても意味がない。

 恋愛経験の薄さもあって、異性を安心させる愛のささやきなんて出来る気がしない。


 ゆっくりと彼女の手へと手を伸ばし、不思議そうな表情を浮かべている彼女の手を握る。


「一緒にいる時間を、一秒でも増やしたいと思ったからじゃ……ダメか?」

「え、えと……」


 一色は目をキョロキョロと動かし、こくこくと頭を上下させて頷く。

 赤らんだ頰を隠すように横を向いて、横目でチラリと俺の方を見る。


 これでよかったのだろうか。俺が一息吐いたところで、騒がしいフードコートの中で聞き慣れた足音が聞こえてそちらに目を向ける。


「……余裕そうだな」

「ああ、ヨミヨミさん。ずいぶん早いですね」


 一色はパッと俺の手を退けてコーヒーに手を伸ばし、何事もなかったフリをする。


「危険だからと心配して、色々と利用して急いできたら余裕そうにのんびりとイチャついていて……。いや、決してアキトが悪いわけじゃないんだが」


 ヨミヨミさんは額にかいた汗を雑に拭いながらため息を吐き出す。


「こう、な? モヤモヤとした気分がな」

「……すみません。何か飲みますか?」

「あー、まぁ、そうだな。何か飲むか」


 ヨミヨミさんは近くにあった自販機で水を買って俺の隣の席に座る。


「一応、セーラから状況は聞いたが……それから何かあったか?」

「特にありませんね。まぁ、あの短い時間で特定出来るのは位置情報ぐらいでしょうし」

「位置情報か……自宅にいたのか?」

「いえ、水族館にいましたね」


 一色の持っているバカでかいサメのぬいぐるみを指差す。


「……ずいぶんと楽しんでるな。ああ、そういえば婚約したんだったか。おめでとう。アキトと岸井ってそういう仲だったんだな、気が付いていなかったから驚いたぞ」

「ああ、どうも。……まぁ、交際とかもしていたわけじゃないので、そんなものかと」


 ヨミヨミさんは驚いたような表情を浮かべてから、すぐに落ち着いて周りを見渡す。


「それは……何というか、早いな。いや、問題があるって訳でもないが。そもそも……岸井って結婚出来るような年齢なのか?」

「来週には出来る年齢になりますね。まぁ親との顔合わせも出来ていないから、少し後にはなりますが」

「……コロニストでもないのに、ここまで幼く見えるのは珍しいな」

「コロニストって、異能力者ですよね。若く見えるとかあるんですか?」

「ああ、人にもよるが、神の血が濃いと寿命が異常に伸びて、その分だけ肉体年齢の成長が遅いことがある。絶対にそうなるってわけでもないし、対象サンプルが少なすぎてセーラの研究も打ち止めになってるから色々と不確定だが」


 こんな話を人がいる中でしてもいいのだろうか。と、考えたがこの騒がしさの中でこれだけ距離が空いていたら聞こえるはずもないか。

 ヨミヨミも話をする前に周りを見ていたし、そこらはちゃんとしているのだろう。


 無理をすれば盗み聞きは出来るだろうが、そもそも盗み聞きをしようとしている時点で一般人ではないだろうから問題はない。


「……アキト、答えにくかったら答えなくていいんだが、告白とか、どういった感じでしたんだ?」

「えっ、珍しいですね。ヨミヨミさんがこういう話をしたがるのは」

「……いや、興味本位でな。悪いな、あまり本人がいる前で聞くようなことでもなかったか」


 珍しい様子だと思っていると、一色がキョロキョロと不安そうに周りを見ていたことに気がつく。ヨミヨミさんの妙な言動よりもおかしな様子で、別にプロポーズのことで照れたとかそういう様でもない。


 もっと分かりやすく脅威に対して怯えているような……。


「一色、どうした?」

「え、えと……コロニストって、遺伝子が似てるんですよね?」

「ああ、そうだが、どうかしたか?」

「えっと、人種とか生活習慣とかで顔付きが変わるものですけど……多少は似通うものですよね」

「ああ、何を気にしているのかと思ったらそんなことか。見た目で判別出来るという話は聞いたことがないな。そもそも遺伝子的に近しいと言っても共通する部分があるだけでそんな親族ってほど一致しているわけじゃないから、そこは安心しても大丈夫だ」

「……僕の正面を十二時方向として、真後ろの六時方向の十八メートルの席のふたりと、五時方向のファストフード店の三番目に並んでる人、それと、九時方向六メートルの一人がけ席……本当に、違うんですか?」


 俺とヨミヨミが同時に薄く瞬きをする。ヨミヨミの話では見た目で判別は出来ないと言っていたが……一色の言葉は当てずっぽうとは言い難いほどピンポイントな人を指しており、その表情も嫌に真剣味を帯びている。


「……ヨミヨミさん、一人がけ席の男……スマホを弄っていますが、予測変換がおかしいですね。スマホケースは多少使い込んでいる様子があるのに、予測変換は買ったばかりのときのような初期状態のままです」

「……予測変換の初期設定とか、そんなことをよく覚えているな。……分かった、とりあえず……囲まれているってことは確かだな」


 ヨミヨミは感心したように俺を見るが、そもそも一色が見当を付けなければ気がつくはずもないことだった。


 ゆっくりと息を吐き出して、頭を掻く。


 おそらく全員先程このフードコートに入ってきたばかりだ。


 俺を見つけるために、わざとセーラのスマホの遠隔操作アプリに気が付かせ、ヨミヨミを俺の元に来させたのだろう。そうすればヨミヨミを追ってくるだけで俺を見つけることが出来る。


「で、どうする? こんな人数の異能力者を捕まえても対応が面倒なだけだし、走って新幹線の駅までいくか?」

「いや、少し試したいことがあるので、可能な限り捕獲しましょう」


 ヨミヨミの発言はまるで自分が負けることを一切考慮に入れていないようなものだ。相手の方が人数が多く、どんな能力を持っているのかさえ定かではないというのに。


 だが、それはきっと正しいのだろう。

 なんとなく、分かる。一色の溢れるような才覚。

 それと似たものをヨミヨミからは感じ、敵達からは感じられない。


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