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episode:5-2【龍心あれば水心】

 一色に近づけば緊張で心臓が跳ねる。

 彼女への好意に変化はないけれど、毎日何度も繰り返していたらある程度は慣れはする。

 最近は心臓がバクバク動きながらでも普通に動けるようになってきた。


 そのおかげもあってなのか、敵に追われていることを理解していても平常心を保ったフリぐらいは出来た。


「んぅ……えっと、思い出になるようなものですよね。あ、アキトさんペンギンが好きなら、ペンギンのグッズを買いますか? あ、前にサメの話もしましたし、そっちという手も……」

「一色は何か欲しいものとかあるか?」

「んぅ……その、あまりこういうものを買ったことがないので……。あっちで変な木製の置物を買ったぐらいですから。選ぶのは苦手です」


 あっちというのは異世界のことだろうか。まぁ一色がどこかに行ったとしたら異世界か。

 ……木製。異世界の木だよな。色々と気になりはするが、今は割とどうでもいい。


 今は一色との思い出を美しい物にしながら、人が多く襲われにくそうな場所に移動することが重要だ。

 可能であれば人気はあるが、人と人との距離がある程度開いていて、人に紛れて攻撃されないような場所がいい。


 ……ショッピングモールとかがいいか。監視カメラもあるし、ある程度は混んでないはずだ。水族館よりも水も少ないだろう。


「アキトさんは、どっちが好きですか? サメとペンギン」


 考え事をしているうちに、一色は大きいペンギンのぬいぐるみと大きいサメのぬいぐるみのどちらにするかまで絞り込めたらしい。一色の身体の半分はありそうなぬいぐるみの大きさに少し驚くが、一色の家は大きさの割に物が少ないので、これぐらいの方がちょうどいいかもしれない。……高いが。


 あと、逃げるのに邪魔になる可能性が……まぁ、いや、誰かに追われているような人間がこんなに邪魔そうな物を買っているとは思わないだろう。


 一色が欲しい物を買うための理屈を後付けしながら、サメの方を手で持つ。決してこちらの方が安かったからという理由ではない。


 しかし、問題はショッピングモールでこんな馬鹿でかいぬいぐるみを持って入るのは……。変な目立ち方は不利になるだろうし。


「サメはいいですよね。あっ、結構重いので僕が持ちます」

「……引きずらないように持ったら前が見えなくなるだろ。怪我もほとんど治っているし、そんなに重くもないしな」


 一色を言いくるめてから会計を済まし、人に紛れながら外に出る。真夏の暑さに顔を顰めつつ、視線だけ動かしておかしな人間がいないかを確認する。

 特に日本人じゃなさそうな容姿の人間はおらず、様子がおかしいのは俺の持っているぬいぐるみを撫でている一色だけだ。


「とりあえず、ヨミヨミさんと合流しやすい場所に移動するか。駅前にあるショッピングモールのフードコートとかで時間を潰すか」

「了解です。んぅ……本当に怪我は大丈夫ですか?」

「心配しすぎだ」


 一色とはぐれないよう、常に彼女を視界に入れながら向かう。

 実利のために場所を選んだが、なんだか若者のデートコースのような感じになったな。


 人がまばらなフードコートの中、死角の少ない席を選んで座る。

 またコーヒーを飲んでいる一色からスマホを借りてヨミヨミさんに現在地を伝える。


「アキトさん、ご両親への挨拶はいつにします?」

「あー、父親が忙しいからな。母親だけだと話が拗れるだけだろうし」


 人目を気にしながら返すが、先程と違って他の話し声もあるから話しても問題はなさそうだ。


「他にご家族はいないんです?」

「一応妹がいるが……まぁ、高校生だから時間ならどうにでもなるだろうし、わざわざ反対とかすることも、妙な行動をすることもないだろうから気にする必要はないな」

「えっ、妹さんがいたんです? 初耳です」

「まぁ話してないしな。……別に仲良くもないからそこまで関わることもないだろうし」


 一色はコーヒーを口に含んで喉を潤わせてから俺を見つめる。


「アキトさんの家族のこと、知りたいです」

「普通の家だぞ」

「僕には普通が分からないです」

「……まぁそれもそうか。四人家族で、構成は父母と俺と妹。父親は医師をやっていて母親は専業主婦、俺は知っての通り大学生で、妹は高校生だな。歳は一色より一つ上だ」

「えっ、お父さんが僕の一個上ですか?」

「妹がだよ。どんな状況だ、それ」

「あっ、えっ、はい。ご両親や妹さんも、アキトさんみたいに優秀なんですか?」

「俺が優秀だということ自体が微妙だが、普通だぞ。妹は運動部でいい成績を残しているらしいけど、到底プロや代表選手になれるレベルでもないしな」

「んぅ……アキトさんの基準が高過ぎるだけなんじゃないでしょうか。それは」


 あれならまどかの方がよほど運動神経はいいし、成績も並程度だったはずだ。


「えっと、その、僕が聞きたいのはそういうことじゃなくて、どういう人かということで……」

「どうって言われてもな」

「えっと、アキトさんは物怖じしなくて、変わり者で、優しいじゃないですか。そういう、性格みたいなことです」

「ああ……。そうだな。父親は割と俺に似ていると思う。人の感情の機微に疎く、おおよそのことを自分一人でこなそうとする」


 面白くもない話だろうに、そう思うけれど一色は熱心そうに頷く。


「母親は反対に感情的で、何でも報告やら共有をしたがるな。多分、今回のことも彼女が出来たと一言も話さずに突然結婚すると言い出したから、少し怒っていると思う」

「えっ、でも、交際はしてないですし……」

「ああ……まぁ俺たちの場合はそうなんだけど、普通は恋愛結婚をするなら交際してからだしな」

「……交際しますか?」

「いや、もうしてるようなものだろ。婚約から交際だったらむしろ下がってるしな」

「えっと……でも、怒られちゃうのは……」


 おどおどしだした一色に言う。


「いや、俺に文句を言うぐらいだと思うから気にする必要はないな。妹は……あー、外様相手には凛々しいフリをして、身内が相手だと甘えようとしてくるな」

「アキトさんに似てますね」

「似てないだろ」

「えっ?」


 ……えっ、一色にはそう見えていたのか?

 衝撃の事実に驚いていると、机の上に置いていた一色のスマホが鳴る。


「あ、ヨミヨミさんですね。あと二時間ぐらいでこっちに到着するそうです。んぅ……何でこっちにくるんですか?」

「あー、まぁ、ちょっとな」

「合流するなら、どうせ明日はあっちにいないとだめなんですから、こっちから行った方が良かったんじゃないです?」

「色々あってな。合流したらあっちに向かう予定だ」

「トンボ帰りですか、大変そうです」


 そう考えると、ヨミヨミさんをこき使うようで悪い気もする。


 話す内容がなくなり、手持ち無沙汰になったことで一色が絵を描きはじめる。

 一色はとても可愛い。周りを警戒して疲れていた心が癒される。


 ……キスをしたい。今までで恋愛関係になった人がいないため、当然経験はない。

 そもそも一色以外にキスをしたいと思ったことすらなく、恋愛関係の創作物にも触れないので想像すら曖昧だ。

 けれど、それが素晴らしいものであることだけは分かる。


 まぁ……一色の情操教育に良いとも思えないので諦めるしかないが。

 恨みがましく、一色の可愛らしい桃色の唇を眺める。

 誘えば断られることはないだろうからこそ、それを恨めしく思ってしまう。


 一色が普通に育ってくれていたらな……。いや、そうしたら俺と結婚やら交際やらはしてくれることはないか。


「んぅ? どうしました?」

「いや、別に大したことじゃない」


 あまりに食いつくように一色の唇を見ていたせいか、絵を描いていた一色の手が止まり、不思議そうに自分の口元を撫でる。



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