episode:5-1【龍心あれば水心】
とりあえず喫茶店から離れて、ペンギンのコーナーにやってくる。一色はまだ少しぼうっとした様子で、気の抜けた表情のままペンギンを見ていた。
「あー、あまり叱ったり説教みたいなことはしたくないんだけどな。外で話すような内容じゃなかったと思うぞ」
「あっ、えっと……ご、ごめんなさい」
「いや、そんなに焦って謝らなくてもいいが……疲れたなら、一回帰るか?」
「ご、ごめんなさい」
「いや……大丈夫か?」
一色はペコペコと頭を下げつつ、不安そうに俺の表情を伺う。俺は少し気まずいと思いながら、ゆっくりと首を横に振る。
「怒ってる訳じゃない。……あー、少し勘違いされそうな内容だったから、話す場所を気にしてほしいと思っただけだ」
「……は、はい」
一色は落ち込んだ様子のまま、ペンギンをジッと見つめる。
絵を描き始めることもなく、ペンギンを見るフリをして俺の顔色を伺ったりと居心地が悪い。
そういえば、一色は俺相手には初めから緊張した様子はなかったが、セーラやヨミヨミには緊張した雰囲気もあったな。
気が弱いところがある……というか、人との関わりに慣れていないせいで妙なところで過剰に反応してしまっているのだろう。
下手なことを言うよりも、少し落ち着くのを待った方がいいか。
二人で普通に水族館を回っていると、ポケットの中に入れていたスマホが鳴る。
「セーラからか。ちょっと待っていてくれ」
「えっ、あっ……」
「あー、いや、ハグれるのも危ないから一緒に行くか」
一色の手を引いて人の少ない方に歩いてから、電話を取る。
『あっ、もしもしーアッキー? おひさー』
「……何の用だ?」
『えっ、何突然、冷たいなー。そんなに忙しくしてるわけでもないんだし、ちょっと電話するぐらいいいじゃんかー』
「いや、今日は一色と水族館に出掛けている。さっさと再開したいから要件を早く言ってくれ」
まあどうせ、明日の集まりで何で遊びたいとか、何を食べたいとかのつまらない話だろう。
『この前捕まえた男の人が口を割ったから、それについて話そうかなぁって』
「……ああ、そうか」
一色とのデートで浮かれていた気分が沈む。一色に目を向けてから、彼女の手を引いて座れるところに移動する。
『えーっと、どうやって尋問したかは言った方がいい? 録音した赤子の声を……』
「……それは後で聞く。それより、内容だ」
『まず、所属は存在しない国イーデン。私達が前に話していた異能力者が多い国だね』
「予測通りか」
『この国に放した龍人は9体だって』
「まぁ本当だろうな。あちらも制御出来ていないわけだし、そこで嘘を吐いてもバレやすいし、嘘がバレたら不利になる」
『こっちに来ているあちらの組織の人員は25人』
「それは嘘だな。龍人を監視するための人数にしては少なすぎる。何故こんな分かりやすい嘘を吐いたのか分からないがな」
『GPSが龍人の身体に埋め込まれてたりしたら、監査人数減らせない?』
「身体ごと変形するのに、身体に埋め込んでも壊れる可能性が高すぎるだろ。それに、肝心の雨天はGPSの精度が下がる」
一色が不安そうに俺の手を取る。俺は一色の頭を軽く撫でながらセーラに続きを促す。
『日本を研究場所に選んだのは、あっちの組織の内部事情のせいだって』
「それも嘘だな。というか、理由になっていない。内部事情がどうであれ、いくつかの候補地が使えないことはあっても日本の特定の都市に限定されるなんてことはないだろ」
『敵対の意思はない、むしろ集めたデータを共有するから手伝えってさ』
「嘘ばかりだな。まだ勝ちも負けもしていない状態なのにそんなことを言い出すなら、実験を開始する前に言ってくるだろ。無駄に敵対心を煽るようなことをする意味はない」
『だよねぇ。ずっと黙秘するとか、上手い嘘を吐くなら分かるんだけど、こんな露骨な嘘を吐くのはよく分からないよね』
「時間稼ぎをするにしても、もっと検証に時間がかかるような嘘を吐くだろうしな」
ゆっくりと息を吐き出して、頭を掻く。
「今日突然吐いたのか?」
『うん。ずっと黙ってたんだけど、突然話し始めてね。別にそんな無茶なことをしたりしてないし、割と人道的に聞いてたんだけど』
「何か変わったことをしたか? あと、日や時計が見えて日付が分かるとかあるか?」
『んー、ご飯にプリンを付けてあげたぐらいかなぁ。食事の時間もめちゃくちゃにしてるし、そういう日付とかは分からないようにしてるけど、時間感覚が優れてる人なら分かるかも』
「……俺が直接話す方が手っ取り早そうだな」
『そうかも。こういう対人技能みたいなのはアッキーの方が得意だよね』
少し考えてから電話を切ろうとし、ハッとする。
「重要なことを聞き忘れていた。尋問をするとき……スマホを持ちこんでいないよな?」
『えっ? どうだっけ、普通に持っていたような……』
「……今日に限らずだ」
『そりゃ、だいたいは持ち歩いてるけど……この通り、なくしたりしてないよ?』
「今すぐにスマホの中を確認しろ。もし遠隔操作をするための物が仕込まれていたら……」
通話が切れて、すぐにもう一度かかってくる。
『……やられた』
「ッ……。今すぐ、こっちにヨミヨミさんを寄越せ」
『ごめん。了解』
いつセーラのスマホにそんなアプリやソフトが仕込まれたのかは定かではないが、多少器用な奴ならば異能力者でなかったとしてもそれぐらいは可能だろう。
今日になって突然嘘の情報を話したのは、状況が変化したことでセーラが信頼している相手に連絡をとらせ、その相手を見つけるためだ。
今日まで尋問されようと何も話さなかったのは、物事の動きが活発な時であれば色々な人に連絡を取るせいで誰を襲うべきかの判断が難しくなるからだろう。
何もない日に何かが起きたとき、真っ先に連絡される者は大抵の場合で重要な人物だからだ。
冷房の効いている室内で冷や汗がたらりと垂れる。
一色が不思議そうな目でこちらを見て首を傾げた。俺は彼女の身体を抱き寄せながら、身体の調子を確かめる。
異能力による治療のおかげか、あるいは一色の献身的な支えのおかげか、傷はほとんど塞がっていて、激しく動いても傷が開くことはないだろう。
血も充分足りている。しばらくの運動不足もあって本調子とはいかないが……ある程度の無理は効く。
「一色、悪い。デートは一度中断だ。逃げる必要が出来た」
「えっ、逃げる? 何からです?」
「説明は後からする。とりあえず、水場からは離れた方がいい」
おそらく龍人は来ないだろうが、可能性がある以上は避けた方が無難だ。
襲われること自体が取り越し苦労で、勘違いという可能性もあるが、その時は早とちりをしたと笑い話にすればいいだけだ。
とりあえず今は、全力で一色を安全な場所に移動させる。
スマホの電源を落としてポケットに突っ込む。
ヨミヨミさんも敵も東京の辺りから来るとしたら、あまり到着時間に差はないだろう。懸念事項としては、一色の家を監視している者がいてそいつが襲ってくることか。
流石に一色を連れて何時間も逃げまわったりは出来ない。
いや、一時的に居場所はバレただろうが、俺の顔を知っている奴は軟禁されているわけだから、そこまで警戒する必要はないか。
むしろ警戒しすぎて挙動不審になった方が見つかる可能性が上がってしまうかもしれない。
ゆっくりと息を吐き出してから、一色の手を引く。
へらりと口元を緩めさせて、無理な笑顔を浮かべる。
「あー、初デートの思い出ってことで、何か買って帰るか?」
「えっ、あっ、大丈夫なんですか?」
「それぐらいはな。おおよそ、何もなしで済むだろうしな」
落ち着いて、ゆっくりと過ごせばいい。それが一番確実なやり方だ。




