episode:4-17 【甘ったれ龍を穿つ】
一色は食事の時は無口になる。
別に話すことが嫌だとか、育ちがいいお嬢様だからとか、そういう理由ではなく、話しながら食べるという行為が不慣れだからのようだ。
元々、一色が嫌にならないよう少なめかつ柔らかく作っていた朝食はすぐに食べ終えられた。
俺が食器の片付けをしている間に一色は歯磨きをしに行く。一色は歯磨きをしているところを見られるのが恥ずかしいらしいので、少し時間をずらすようにしている。
一色の羞恥の基準がよく分からない。
あまり物事を気にしないような言動が多いけれど、添い寝をしたり、腹を見たり、好意を伝えたり、食事をじっと見たり、歯磨きをしているところを見ると恥ずかしがる。
その割に、平気で子供を作りたいのかとか聞いてきたりもするので不思議である。
無闇に恥ずかしい思いをさせるのも良くないので、一度どういう基準で羞恥を感じるのか聞いてみようか。
歯磨きを終えた一色がトコトコと洗い物をしている俺の近くに来て、ぺたりと床に座る。
「手伝うことありますか?」
「もう洗い終わるから大丈夫だ。……一色って、将来的に子供が欲しかったりするのか?」
「んぅ……? アキトさんが欲しいのでしたら、何人でも頑張ります」
やはり照れたりはしないようだ。
一色は自分の腹を軽く触ってから、小さく頷く。
まぁ結婚はすぐにするけれど、子供やら何やらはもっと後の話だ。一色の身体が細すぎることもあるが俺もまだ学生で収入がない。
一色の持っている財産を使ったり一色の絵を金に変えれば問題はないだろうし、俺が働いたところでその収入では到底太刀打ち出来ないだろうが、一色に任せきりというのはよくない。俺が保護者なわけだし。
洗い物を終えて、俺は歯磨きをして、一色はスケッチブックなどを用意してから玄関で集まる。
「じゃあ、行くか。気になるものがあっても一人でどっか行くなよ? 俺も寄り道を嫌がったりはしないからな」
「んぅ、子供じゃないんですから大丈夫ですよ」
五歳も歳が離れていたら子供扱いも仕方ないだろう。
見た目も精神も実年齢以上に子供っぽいわけだし。
パタパタと急かすように俺の手を引く一色に連れられて外に出る。
一歩出た瞬間、あまりの暑さに顔が歪むのが分かる。一色も想像以上に日差しが辛かったのか、パッとフード被って顔を隠してしまう。
明らかに元気がなくなった一色は、弱々しく俺の服の袖を掴みながら、くいくいと手を引く。
「行きましょうか……」
「まぁ、水族館に付いたら冷房とか効いてるだろうから。というか、その格好暑くないか?」
いつも通りの黒いズボンと灰色のパーカー。春ならば大丈夫かもしれないが、もうすぐ八月に差しかかる真夏にその服装だと暑いだろう。
「ん、んぅ……これ以外の服はほとんど持ってないので」
「……今までよく生活出来たな」
「外に出る必要もなかったので」
一色は暑そうにしながらも俺に寄り添うようにくっついて歩く。
よほど、俺の怪我のことが心配なのだろう。
「……一色、もう怪我は大丈夫だぞ?」
「んぅ、引っ付きたいから引っ付いてるだけですよ」
「……なら、別にいいが」
暑くはないのだろうか。俺としては我慢出来ないほどの暑さでもなく、一色とはぐれる心配がなくなるので歓迎だが。
まぁ、もしはぐれたとしても一色のスマホの位置はGPSで分かるようにしてあるから問題はない。はぐれた隙に他の男にナンパとかされないか心配なぐらいだ。
「アキトさんは、見たい生き物とかいますか?」
「特に考えてはいないが……」
一色を喜ばせたいだけだったので、さして目的の生物がいるわけではない。あえて言うならば笑顔の一色ではあるが、そんな臭いことを口に出来るはずもない。
少し考えてから、無難なものを口にする。
「ペンギンとかは少し見たいな」
「ペンギン! いいですね、ペンギンは。細かくて独特な質感の羽毛は描き応えがありそうです。知ってますか、あの羽毛は空気をたくさん含める仕組みになっていて、海の中でも羽毛の中の空気の層によって肌に直接水が触れないから体温が保持出来るのです」
「ペンギン好きなのか?」
「もちろん、だいたいの生き物は好きですよ。あ、それでですね、泳いでいるときにその空気の層を外に出すことによって、一瞬だけ摩擦を軽減して加速することが出来るんです。一瞬だけですけど、三倍ぐらいの速度になります」
「……すごいな、それは」
ドヤ、とばかりに解説する一色を見ていると「知っている」とは言いにくく、知らないフリをしながらよしよしと一色の頭を撫でてその知識を褒める。
「そう言えば、好きな動物……はだいたいそうだろうが、絵のモチーフにすることが多い動物ってなんだ?」
「んぅ、人間が多いですね」
なんとなくズレた返答である。
「……まぁ、人間も動物か。どんな奴を書くことが多いんだ」
「えっと、たぶん今までで一番描いてるのは架空のキャラクターですね。織ちゃんというオリジナルキャラクターなんですけど」
一色の意外な返答に目を開く。
彼女が頼まれればどんな絵でも描くのは知っていたが、好き好んで描くのは実在しているものだとばかり思っていた。
オリジナルの女の子のキャラクターをよく描いているというのは、なんだか少し可愛らしい。
「どんなキャラクターなんだ?」
「えっと、色んな男の人にモテてる女の子ですね」
「お、おう……そうか。意外な趣味だな」
逆ハーレム願望でもあるのか。
最近気が付いたが、俺は独占欲がかなり強いようでそういうのは考えるだけで少し眉にしわが寄ってしまう。
一色は目を遠くにやり、懐かしむような表情をする。
「スナクさんって方がよく頼んできたんです。船の上で時間がいくらでもあったので、頼まれただけ描いていまして」
「……ああ、他の奴の趣味か。よかった」
一色は手に持ったスケッチブックにペンを走らせる。
「こんな人です。身長は180cmぐらいで、背に剣を背負っている感じの」
「そんな人間、現代に存在するのか……?」
スケッチブックを覗くと、凛々しい表情をした国籍の分からない女性の絵が描かれていた。どうにも人種が分かりにくく……なんとなく、この前に見た敵の男を思い出す。
やはり、一色を異世界に連れていった奴が連作シンリュウを利用している犯人ということで間違いはなさそうだ。
一色はそれに気がついていない様子で、俺としても一色が騙されていることに気がついて傷つくようなことはない方がいいから黙っておくか。
「スナクさんはいい人でした。元気にしてるでしょうか……」
「……仲よかったのか?」
「んぅ……難しいですね。えっと、アキトさんとの関係とは違いますし、怪盗さんとの関係とも……。アキトさんとセーラさんの関係みたいな感じでした」
「ああ、ビジネスライクな」
歩きながら描くのは危ないからと一色からスケッチブックを取り上げる。不満げに睨まれて、ごまかすために彼女の頭を軽く撫でる。
「駅に着いたら返すって。また転けるぞ?」
「んぅ、絵を描いていても、絵を描いてなくても転けるときは転けます。なら、描いていた方がお得じゃないでしょうか」
「転けない努力をしてくれ」
俺が近くにいればすぐに支えられるが、いつも一緒にいられるわけでもない。
一色はスケッチブックがなくなり手持ち無沙汰になったからか、落ち着かない様子でキョロキョロとしながら俺の服の裾を握る。
「えっと、アキトさんの昔のことが知りたいです」
「普通に学生をしていたからな。あまり話すようなこともな……昔から友達もいないしな」
「……優秀すぎたから、ですか?」
どこかで聞いた言葉。俺はゆっくりとため息を吐き出して首を横に振る。
「セーラが言っていたのか? ……別に、それが理由ってわけでもない。多少運動や勉強が人より出来たからって、人間関係に影響なんて及ぼさねえよ。それに、セーラは俺のことを買い被ってるだけだ」
「じゃあ、なんで友達がいなかったんです? 優しいですし、いい人なのに」
「……さあな」




