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episode:4-16 【甘ったれ龍を穿つ】

 一色が目をゆっくりと開く。

 ほんの少しの緊張と、分かりきった反応への期待。


 一色は幸福そうな緩みきった笑みを浮かべてぼーっとしながら、焦点が合っているのかいないのかも分からない視線を俺に向けて、にへらー、と口を開ける。


「おはよーございます」

「おはよう。起きるか?」

「んぅ……もうちょっと寝たいです」


 一色はそう言いながら、俺が掛け直した布団を退かすように両手を広げる。

 来い、という意味だろう。今日は二度寝をしたいらしい。


 喉奥が乾くような緊張感。おずおずとベッドに乗ると、一色の手が俺の腰を引っ張る。昼夜の感覚が無茶苦茶だし、ダメ人間まっしぐらだ。

 けれども、分かっていれども、この状況から逃れられるほど俺の精神力は強くない。


 一色は猫のように俺の胸に頭を擦り付けて甘える。マーキングか何かなのだろうか。


「えへへー、おやすみです」


 ……襲っていいのだろうか。いや、法律上はまだ結婚していないので許されないが、そんなの通報するものがいなければ何ら問題ない。

 ここで重要なのは、ゴロゴロと俺に引っ付いている一色が、俺に襲われてもいいと考えているかどうかである。


 一色は突然ハッとしたように俺の胸元から頭を離して、パチクリとした目を俺に向ける。


「あ、す、すみません。怪我、痛くなかったですか?」

「ああ、大丈夫だ。もうほとんど塞がってるから気にしなくても大丈夫だぞ」

「ん、んぅ……はい……」


 一色は手をパタパタと動かし、手探りでベッドの横に置いてあるエアコンのリモコンを探し、ぽちぽちと操作する。

 少し冷えた風が吹いて、一色は肌寒そうに布団に潜り込み、俺の手をくいくいと引く。


 寒いならエアコンを付けなければいい。少し前にそう思って聞いたが、一色は首を横に振っていた。

 どうやら布団の中に隠れながらなら、べったりと触り合っても恥ずかしさがマシになるらしく、俺に身体を触られたいときはこうしてエアコンの温度を下げて布団の中に入れようとするようだった。


 一つの布団の中に入ると手狭で、否応無く一色と身体が触れ合う。

 好きな女の子に対する性的な興奮も当然覚え、おそらく一色も俺の欲情には気がついているだろうが、逃げようとすることはない。我慢出来るという信頼だろう。


 布団の中で、一色の小さな手がスリスリと俺の脚を撫でる。

 堪えきれずに一色の肩を掴むと、彼女はビクッと動いて、ばっと布団を退ける。


「あ、そ、その、目が覚めました。えっと、おはようございます」

「……いや、眠いんだろ」

「も、もう朝ですからっ!」


 俺の手から抜け出し、ボサボサに跳ねた髪を抑えながら部屋の外に逃げていってしまった。

 興奮で昂ぶった心臓が、一色がいなくなったベッドの上で徐々に平常に戻っていく。


 ハシゴを外されたような感覚である。

 一色からは触ってくるのに、俺が触ろうとすると逃げるのは少し酷くないだろうか。

 俺も男で、好意を持っている少女に触れられるとその気になる。悶々とした気分を晴らすために深く息を吐き出すが、そう簡単に晴れることはない。


 一色の温もりと匂いが残る布団の中で、ふてくされながらスマートフォンを弄る。最近あまり見れていなかったニュースを見ていく。

 当然のように龍人についての話題などはなく、少し不自然なぐらいだ。


 あれだけの巨体、いくら雨天で人が少ないとは言えど目撃者がいないはずもない。

 東京の地下に広がったトンネルを思い出して頭を掻く。あれだけ無茶苦茶な組織ならば、情報の操作ぐらい出来そうだ。


 今までも俺のような一般人がそういう異常な存在に気がつかないような情報操作をしていて俺が知り得なかっただけで、このような事件は珍しくないことなのかもしれない。

 まどかも知っていたようだし、ある程度、表に出ないだけで知っている奴は知っているとしてもおかしくはないだろう。


 そう色々と考えるが、枕からめちゃくちゃ好きな匂いがするせいで思考が中断してしまう。

 ……同じ枕を購入してすり替えたり出来ないだろうか。綺麗に使ってあるとはいえ、流石に新品と交換したらバレるか。


 枕に顔を埋めて匂いを堪能していたら、扉が開く音が聞こえ、そちらに目を向けると一色が不思議そうに首を傾げていた。


「あ、あの、何してるんです?」

「……寝ていた」

「あ、そうですか。えっと、今日はどうしますか?」


 一色は照れた様子を見せながらも俺が横になっているベッドに腰掛けて、俺の前髪をあげるようにして頭を撫でる。


「今日の話じゃないんだが、明日、アメリカから来る奴がいるから集まらないかと誘われた」

「あ……えっと……セーラさんも、いますよね」

「……一色、セーラが苦手だったのか?」

「いえ、いい人ですし苦手というわけではないですけど、その、アキトさんと仲がいいので……」

「別に仲良くはないだろ」


 不安そうな一色に頭を撫でられる。まぁ無理に行く必要もないだろう。絵の提供という役割は、顔合わせをしなくても果たせる。

 一応色々と策を練ったりしたいのでどんな人物か知っておいたほうがいいのは確かではあるが、嫌がる一色を連れていくほどでもない。


「……じゃあ、断りの連絡を入れておく」

「あ、その、行くのが嫌なわけではないです。でも、セーラさんのところに寝泊まりするのはちょっと……」

「それなら、適当な部屋を使わせてもらえば大丈夫だな」


 一色は本当に俺のことが好きじゃないのだろうか。独占欲とかもあるようだし、スキンシップも多いし、好かれているのではないか。

 ……婚約しているのだから、キスぐらいしても許されるのではないだろうか。一色の小さな桃色の唇に目を向けて、生唾を飲み込む。


「んぅ、どうかしました?」

「……いや、今日はどうするって話だったな。少し前に言っていた水族館にでも行くか?」

「本当ですか! 行きます! 行きたいです!!」


 両手をパタパタとさせながらはしゃぐ一色を見て、ゆっくりと唇から目を逸らす。保護者の真似事をするのだから、キスはダメだろう。キスは。

 いや、頬とかなら保護者的にもセーフか? ……日本的にはアウトだが、アメリカ的にはセーフだろう。


「……一色はアメリカ好きか?」

「んぅ? よく知らないのでなんとも……行きたいんですか?」

「いや、そういうわけじゃない」

「……? 不思議なアキトさんです」


 少し寝転んでいたせいで少しシワが出来ている服を整えながら、寝巻き姿の一色に目を向ける。


「ああ、朝食……というほどの時間でもないが、簡単な軽食を作っておいたから、それを食べてから出るか」

「ん、んぅ……ご飯……」

「いやでも少しは食えよ?」

「いやというわけではないです。いつも用意してもらってばかりで悪いなって、思いまして」

「俺が好きでやっていることだから気にするな」


 一色に任せたら二日に一食とかになりかねない。まともな生活を送るには、俺が全面的に一色を支えるしかないだろう。


 一色は小さく頷いてから、小さな口をもごもごと動かす。


「あの、夜なんですけど、僕が作ってもいいですか?」


 思いがけない言葉に目を開く。

 食事に一切の興味がない一色が言い出したことに驚きを隠さずにいると、彼女はパタパタと手を動かす。


「えと、ちゃんと習ったレシピがあるから大丈夫ですよ? 味は分からないですけど、レシピ通りに作るので」

「……まぁ、一色の手料理が食べられるのは嬉しいが」


 包丁とかちゃんと使えるのだろうか。いや、異様に手先が器用だから失敗とかはしにくいだろうが、生活力は低いので少し心配だ。

 ……洗濯も自分でやっているし、最低限ぐらいは出来るのだろうか。……作るときは近くにいよう。

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