episode:4-15 【甘ったれ龍を穿つ】
一色との同棲生活が始まって数日。
毎日というわけではないが、一色が嫌に不安がって一緒に寝てほしがることが多い。
それなのに一緒のベッドに入ると照れて恥ずかしがって眠れないと、どうしても睡眠時間が不規則になってしまっていた。
寝ている一色のへそを見つめたあと、風邪を引かないようにゆっくりと布団をかけ直す。
最近は雨が降っていないからか、未だに進展がない。
このままのペースで来年の四月までに復学できるだろうか。復学したとしたら、ここからは通えないので俺の借りてるアパートで二人暮らしになるのだろうか。
いや、一色のアトリエの方が広いか。流石に狭い安アパートで二人は……一色には辛いだろう。俺としては一色と狭い場所にいるのは大歓迎だが。
そろそろ傷跡の抜糸をしなければ癒着してしまいそうだと思い。消毒液やらピンセットやらを用意してリビングの机の上に置く。
適当に抜いていると、スマホの呼び出し音が鳴ったので応答をしてからスピーカーに切り替える。
『もしもし、アキトくん。いまひま?』
「ああ、まどかか。抜糸をしているが、まぁ話すぐらいなら問題ないな」
『えっ、あっ、まぁうん。大丈夫ならいいんだけど。明日、この前行ってたアメリカからの応援の人がくるらしいから、もう一回顔合わせに集まらないかって』
「……そっちに行くだけで二時間近くかかるから面倒だな。まぁ、仕方ないから天気予報で雨が降りそうになければ向かおうと思う。一色の意見も聞くが」
抜糸を終えて、消毒をしてから新しい包帯を巻く。
左手の中指の爪が傷跡のせいで少し変な伸び方をしているので、軽く爪切りとヤスリで整えていく。
『そういえば、どんな感じ? そっちの生活は。シキちゃんの性格を考えたら、あまり変わってなさそうだけど』
「ああ、そういえばまどかには言ってなかったな。一色と結婚することになった」
スマホのスピーカー越しに『ガチャ』と物が落ちる音が聞こえた。
音量を弄っていないのに、少しばかり大きすぎるまどかの声がリビングに響く。
『え、あっ……ま、また、変な妄想を口にしてー。そろそろストーカー規制法とかで捕まるよ?』
「いや、一色の了承は得ている。一応、俺の親に紹介してからになるが」
『……騙したの?』
「騙そうとはしたけど騙せてない」
『脅したの?』
「未遂だ」
『……えっと、本当なの?』
「ああ。そりゃあ、世話になってるまどかに嘘を吐いたりはしない」
『そっか、うん。えっと……おめでと、よかったじゃん』
俺が礼の言葉を発する前に、プツリ、とスマホの音が消える。
どうやらまどかに切られたらしい。まどかが大切にしている一色と、まどかに一言も通さずに婚約するのはまずかっただろうか。
一色から隠れながらではあるが、一色の身の回りの世話を焼いていたりと保護者みたいなことをしていた。
プロポーズをするよりも前に一言断りをいれていくのが筋だったかもしれない。
それより、明日の顔合わせがどこで何時とか聞けていない。怒らせてしまったようだし、すぐに掛け直すのも悪いだろうか。
セーラ、いや電話が繋がりやすいヨミヨミの方がいいか。
そのまま電話を掛けると、すぐに反応があった。
「もしもし、ヨミヨミさん。少しいいですか?」
『アキトか、どうかしたか? ……ああ、明日の顔合わせのことか。どうする? 交通費なら出すが、無理にとは言わないぞ』
「雨でもないなら危険も少ないから大丈夫です。荷物も取りに戻りたいですしね。何時ぐらいにどこに行けばいいですか?」
『夕食を兼ねて、五時ぐらいに機構に来てくれていたら大丈夫だ』
「空港には行かなくても大丈夫ですか? しばらくこちらで生活するなら、結構な荷物とかありますよね」
『俺が行くから大丈夫だ』
「手伝いましょうか?」
『大丈夫だ』
まぁ、無理に同行する必要もないか。
少し雑談をしてから、アメリカから来る人員について尋ねる。
「そう言えば、どんな人なんですか? 日本語は話せますか? 俺は英語も話せますけど、一色は多分無理なんで」
『ああ、問題ない。リリィはあまり人当たりのいい奴じゃないが、悪いやつじゃないから何かあっても気を悪くしないでくれ』
「はぁ……まぁ、分かりました」
『天気予報だと明日は快晴らしいが、万が一のために機構の方での顔合わせになるな』
「まぁそうですよね。……あっ」
思いついた考えに、思わず声が漏れ出る。
ヨミヨミが怪訝そうな声を出して俺に尋ねる。
『どうかしたか?』
「……いや、話はズレるんですけど、天気予報で思いついたことがありまして」
考えを頭の中でまとめながら、ゆっくりと言葉にしていく。
「敵側がなぜこの国で龍人の実験を行なっているのか、という理由なんですが、まぁ単純にある程度の降水量があり、天気予報がそこそこ信頼出来る国となると結構絞れるなと」
『まぁ、十数ヶ国ぐらいか? セーラに聞けば具体的に判明するだろうが』
「そこまで多くない候補の中で、絵の作者である一色がいる国ならそのままそこで実験するのはおかしくないと思います。……でも、それ以上の必要性はないでしょう」
俺が続けて言おうとした言葉が何か、ヨミヨミには分かったのだろう。咎めるような口調で彼は話す。
『……他の国でもいいのだから、追い払うのは難しくない、か?』
「……まあ、そういうことですね」
『そういう考え方は、悪いものとは思えない。お前の立場からすれば当然だし、岸井の身を守ることを一番に考えるなら、むしろ確実な手を打つのは誠実とも言えるしな』
「意外ですね。もう少し、不快に思うかと」
俺はヨミヨミとの関わりはそれほどないが、彼の印象は真面目な英雄といったものだ。
人物像に対して英雄などと強い言葉を使うのは趣味ではないが、まさしく彼は英雄じみた性格をしている。
利他的且つ正義感があり、義や情に厚く、自身に厳しく、物事に積極的。強力な異能力や人間としての優秀さは彼の本質ではなく、その人格こそが彼であると俺は考えている。
だからこそ、意外だった。
『自分の考え方ややり方が一番正しいと思うほど狭量じゃない。俺としてはキッチリと決着を付けたいが、アキトとしては岸井を守れたらそれでいいんだろ』
「……それで、どうします?」
『……あー、そうだな。わざと泳がせてから捕まえるって手は取らない。わざと逃げるように追い込むことは、俺はしない』
つまり、俺が勝手にやる分には邪魔をしないというぐらいか。まぁ、かなりの譲歩だろう。
「了解です。じゃあ、また明日。一色が嫌がったら行きませんが」
『分かった。セーラもアキトと遊びたがっているから出来れば来てやってくれ。色々と遊び道具を用意していてな』
「……面倒くさい」
延々とトランプやら将棋やらチェスやらをやらされそうだ。
電話を切り、抜糸や爪切りをした後の道具などを片付ける。
一色が起きる前にもう一度寝顔を見にいくか。
……寝顔を写真に収めていいだろうか。待ち受け画面に使いたい。いや、不意に他の奴が俺のスマホを見て一色の寝顔を見られることになるのは避けたい。
一色にストーカーがついて、一色の写真を得るために俺のスマホを乗っ取ろうとする奴がいつ現れてもおかしくないし、スマホに一色の画像は入れない方がいいか。
やはり、電子媒体ではなく紙媒体に限る。おおよその奴なら、奪われそうになっても戦えば勝てるしな。
一色に一色の寝顔を描いてもらおう。 ……いや、それは無理か。一色は一色の寝顔を観測出来ないわけだし。
外部との接続機能がないカメラを買って現像するか、あるいは……俺が描けばいいのか? それは流石に難しいだろうか。




