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episode:4-14 【甘ったれ龍を穿つ】

 朝、というか昼の続きから探索しようか。一階と二階は軽くではあるが目を通したので、次は三階に向かう。

 おおよその作りはほとんど共通している。


 部屋数が多く、一室一室が小さいという構造。家具やベッドが置かれていたりはしないが、部屋の構造を見ると、多くの人が共同生活を送るために使われているような造りをしているように見える。


「……いや、その通りなのかもしれないな」


 目的があって一色という天才を生み出した。だが、そもそも教育なんて酷く不確かなものだ。

 多くの子供を絵描きとして育てて上手くいった奴を使う、ぐらいの方が確実な成功を得られるだろう。


 そのため、この寮のような家なのだろう。だが、実際には一色しかこの場所で育っていない。


「必要がなかったからか」


 その手始めの一人目が……一色という規格外の化け物だった。だから、他の子供を育てる必要がなくなった。

 無茶苦茶な推理ではあるが、あり得ないことだとも思えない。それだけ一色は並外れていて、特別な才能を持っている。


 そんな理由なんて想像でしかないが、とりあえずこの家に感じている違和感はなくなった。

 気を取り直して三階を見ていくが、無理矢理部屋を使うことも諦めたのか、何もない部屋が続いている。

 とりあえず、この辺りの部屋を借りようか。ずっとリビングで生活するわけにもいかないしな。


 三階には結構な広さのベランダがあるらしく、洗濯物を干したりするのに良さそうだ。乾燥機があるから干すことはなさそうだが。

 問題は、結局ベッドが一色の私室にしかなかったことか。

 最近色々と金を使いすぎて、このままのペースだと金が尽きる。


 大学の卒業が一年伸びたのに仕送りを増やしてくれと言えるはずもないし、高校時代に暇つぶしでアルバイトをしていた時の貯金も多くはない。


「……大学入ってからもバイトしてた方が良かったな」


 いや、そんな時間はなかったが。

 世間の彼女がいる大学生はどうやって金を捻出しているのだろうか。講義を受けて単位を取るのに時間がかかるのに、彼女との時間とバイトの時間……身体が一つでは足りないだろう。


 とにかく、今はベッドは諦めてもいいが、デート代が欲しい。金がないことがバレたら間違いなく一色が金を出すだろう。

 荷物を持たせて、金も出させて、家にも居候して……と、なると完全にヒモになってしまう。


 ……セーラに頼るか。アイツ、大学卒業後に組織で働かないとか誘ってきていたし、無碍にはしないだろう。

 まどかに頼む手もあるが、それは間接的に一色の金を使うことになるのでナシである。


 でも、セーラに頼って金を出してもらったら、本格的に組織への加入が決まってしまうんだよな……。セーラとはそこそこ気が合うし、ヨミヨミとも悪くない関係なので個人的な感覚としては問題ないが、組織全体として得体が知れないのでどうにも乗り気にはなれない。


 どれほどの規模なのだろうか。あの組織は。

 むしろ、大企業に内内定が出たみたいなノリで、在学中はそこで仕事を覚えるためにバイトしてます。みたいな感じで行こうか。


 ……どれぐらい給料が出るのだろうか。

 このままだと龍人の問題が解決しても、一色を育てた奴らに狙われないように何かしらの裏組織に身を寄せる必要があり、当てがあるのはそことまどかの怪盗団ぐらいだ。


 とりあえず、セーラにメッセージで組織の給料について聞いてみるか。


 それはさておき、一色の身分証だ。流石に使用人が別の場所に保管しているとは思えないし、この家にあるのだろうが、どこだろうか。

 まぁ必要になることはあるだろうから、分かりにくいところにはないだろう。俺なら一階の休憩室のようなところに置くだろうし、そこをとりあえず探してみるか。


 手早く降りて、おそらく働いている人の私物と思われるものには触れないように部屋の中を漁っていく。

 それらしいものが入っている棚を見つけて中を見てみると、それらしいものが見つかり、ゆっくりと手に取って椅子に座る。


「……呆気なく見つかったな。一色が自分に興味なさすぎて探していなかっただけか」


 見つけたはいいが、名前を確認するのにも勇気がいる。

 ……いや、まぁ……知ったからといって何か変わるわけでもないか。


 ゆっくりと保険証に目を落とす。


「……軽葉(カルハ) 流華(ルカ)。 ……か。まぁ、親に紹介するとき以外は一色のままでいいか」


 そう言えば、誕生日はいつなのだろうか。近かったらお祝いをしてやろう。

 そう思って目を落とすと、生年月日は2003年の8月12日になっていた。だいぶ誕生日近いな。何かプレゼントでもしようか。

 そう思っていると、違和感に気がつく。


「……ん、んんん? 今年って2019年だよな……あれ? ……まだ15歳じゃないか? ……いや、まさか……流石の一色も年齢を間違えたりは……」


 見直してみるが、やはりまだ16歳ではない。

 なるべく気にしないように、ゆっくりと深呼吸をする。


「ま、まぁ……あと2週間ぐらいだし、誤差だな、誤差」


 ほとんど16歳だ。

 普通はプロポーズをするような年齢の子でないのは、15歳でも16歳でも同様だ。聞いていたよりも一歳幼かったとしても、どちらにせよ世間体が悪いのには変わりないだろう。


 そうなると、婚姻届を出すのは最速で8月11日か。確か、法律上は年齢を重ねるのは誕生日の前日のはずだった。


 保険証とその近くにあった他の身分証になりそうなものを持ってリビングに戻り、机の上に置く。

 呼んだ方がいいか、それとも一色が来るのを待つか。あまり一色の邪魔をしたくないが、一応気にしていたようなので早く教えにいった方がいいか。


 一色のアトリエに向かい、軽くノックをしてから中に入る。

 前に書いていた人の手の絵ではないらしく、普段通りの雑多な絵だ。


「あ、アキトさん。寂しくなってきちゃったんですか?」

「いや、保険証が見つかった」


 一色は戸惑ったように目を泳がしてから、不安そうに俺からそれを受け取る。


「……軽葉……流華……ですか」

「ああ、そうらしい」


 一色は瞬きを繰り返してから、俺に乞うような視線を向ける。

 不安そうなその表情。俺は一色の描いている絵に目を向けた。


「……絵、上手いな」

「は、はい。ありがとう……ございます」


 一色はべったりと絵の具が付いたままの手で自分のパーカーの裾を強く握り、下に引っ張っていた。恐れているように手の先が震えていて、痛々しさを感じる。


「一色のままでいいか。呼び方」

「えっ、あっ、い、いいんですか?」

「別に、本名で呼ばなければならないなんて決まりもないしな。一色の呼ばれたい方で呼ぶが」

「じゃ、じゃあ、一色って、呼んでください。僕、一色なので」


 縋るような目付き。

 俺は喉を鳴らして、絵の具に濡れた一色の手を握る。


「大丈夫だ」

「……は、はい」

「俺が一色の嫌がることをすると思うか?」

「…………えっと、ときどき」

「……何か悪いことしてたか?」

「えっと……あの、いえ……べつに、です。あの、その、他の子と、ベタベタするのが、少し」

「……してないだろ」

「してます」


 一色は小さく何度か頷いて、俺の手を握り返した。


「……あの、僕……たぶん、アキトさんに、好きと言えないです。恥ずかしいですから」


 それ、もう言っているようなものなのではないだろうか、そんな言葉を飲み込み、一色の顔を見つめる。顔を赤く染めながら、一色は柔らかく安心したように微笑んでいた。


「……一色、生年月日も載ってたけど、お前まだ15歳じゃねえか」

「えっ、んぅ? 覚え間違えてました?」

「……まぁ、すぐ誕生日だし、べつにいいが」

「じゃあ、その日に結婚しますか? あっ、でも挨拶とかもしないと……」

「あー、まぁ近いうちに都合がつくようにしておく」


 あと、セーラにも報告しておいた方がいいか、将来の給料のことも聞きたいしな。

 一色の手を離して、絵の具に濡れた手が服に当たらないようにしながら、近くにあった椅子に座る。


「絵、描きますね」

「ああ」

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