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episode:4-13 【甘ったれ龍を穿つ】

 起きたのが遅いこともあり、少し買い物をしただけなのにもう夕方だ。

 俺が買った服の入った袋を嬉しそうに持っている一色を横目に、昨日寝るのが遅かったせいでズレた生活リズムをどうやって直そうか考える。


 一色は元々が外に出ることが少ないせいか、生活が非常に不規則だ。

 おそらく今日も好きなだけ絵を描いて、眠くなったら寝る、という行動をするだろう。

 今までそれで良かったのだから、これからもそれでいいと思ってもいいが……一色の保護者としてはちゃんとした人間らしい規則的な生活習慣を身につけてもらいたいところである。


 いや、保護者ではなく婚約者ではあるが。

 それと同時に、俺が同棲していることで一色を取り巻く環境は大きく変わることになる。人が鬱などの精神疾患にかかる理由の一つに、環境の極端な変化が挙げられる。


 軽い症状ならば五月病、あるいはマリッジブルーとでも言えばいいだけのものだが、一色の現状、少し躁鬱が激しいように見えるので、それが気掛かりだ。


 思い返せば、俺と出会ってからの一色は結構ロクでもない目に遭っている。変な男に毎日付き纏われ、変な女に盗みに入られ、変な生き物に殺されかけ、変な組織に協力させられ、変な男に告白され、変な男に家に住み着かれ、変な男にプロポーズされる。

 精神を病んでもおかしくない。


 一色は俺の方を見て、こてりと首をかしげる。


「どうかしました?」

「……いや、少し考え事をしていただけだ」


 まぁ、無理に一度に色々と要求するのも酷だろう。昨夜の様子を思うと、既に精神的に参っていそうだ。

 今日は楽しそうにしていたが、楽しいからと言ってもストレスがないわけでもない。危険がない場合に限り、しばらく好きにやらせてやろう。


 家に帰り、一色はパタパタと駆け足で家の中に入り、すぐにアトリエの方に向かってしまったと思うと、すぐに出てきて、リビングに俺の服が入った袋を置いていく。


「僕、絵を描いてきますね」

「ああ、根を詰めすぎないようにな」


 一色は嬉しそうにうなずて再びアトリエに入っていく。もう少しデートの余韻というか、ゆっくりとした時間を過ごしたかったが、まぁ仕方がないだろう。

 ソファにぐったりともたれて座りながら、大きく欠伸をする。少し休んだら、一色の名前を探すか。


 保険証とか、そういうものがあれば手っ取り早いのだが、この家は広く探しにくい上に、そもそもあるとも限らないのが面倒だ。

 まぁ、家事をしてくれている人とやらが来たら分かるだろう。

 一色がしばらく家を空けていてもきちんと家の維持をしてくれていることを考えると、一色がいなくとも頻繁に来ている筈だ。


 そうなると、結婚の時は近い。

 一色の保護者のように立ち振る舞うと決めた俺だが、それはそれで、これはこれである。

 決して性的な行為はしない。けれど、繋ぎ止めておくために結婚はする。


 一色は式とか挙げたいだろうか。呼ぶ友達が、俺も一色もまどかぐらいしかいないが。いや、そもそもそんな金がないか。

 大学の卒業も一年伸びたことだし、大学を卒業してから結婚式の資金を貯めるとなると結構な時間がかかりそうだ。


 その頃には一色も二十代前半……何も問題ない気がする。まぁ何にせよ一色の考えによるか。


 とりあえず、また探索の続きをしようと立ち上がると、ポケットに入れていたスマホが初期設定のままの呼び出し音を鳴らした。


 スマホを買ってはしゃいでいる一色か? それともまどかやセーラ、ヨミヨミなどが連絡のために……そう思いながら画面を覗くと、思いがけない文字が表示されていた。


「……『父親』」


 思えば登録したっきり、電話がかかってきたこともかけたこともない。決して不仲というわけではないが、忙しくしている父親に俺から電話をかけるのが憚られたからだ。


 少し驚くが緊張はない。おおよその要件は想像出来る。

 スマホを操作してから、耳元に近づける。


「もしもし、秋人です」

『ん? ああ、私だ。突然悪いな。今忙しいようなら後で掛け直すが』

「いや、大丈夫。何十分もってわけにはいかないけど」


 妙に距離のある入りから始まった会話。ソファに座り直す気にはなれず、そのまま立った状態で父親の話を聞く。


『ああ、まぁ声が聞けたのならば要件はないようなものなんだが。お前が通ってる大学の教授から電話があってな。『突然講義や試験に来なくなったが、行方不明になっていないか』と』


 予想通りの話だ。

 それの答えとしては、まぁ事件に巻き込まれて大学に通えなくなったのだから間違いではないが、いくら父親と言えども全てを話せるわけでもない。


「……あー、説明が面倒だから放っておいてほしいけど、母さんにもこの話は伝わってるか?」

『ああ、近くで聞いていたからな』

「じゃあ、説明しなかったら母さんから電話がくるだけか……。いや、当然なんだけど」

『理由を聞いてもいいか?』

「話せないこともあるけど。可能な限りは」


 まず何から話をすればいいか。 異世界、魔法、超能力、龍、暦史書、あたりは説明してはいけないだろう。それを察してしまうものもダメ。


『お前のことだ。怠けじゃないんだろ』

「まぁ、そうだな。……そうだな、まぁ時系列順に話すと、女の子に一目惚れして、女の子と事件に巻き込まれて大怪我を負って、事件が解決していないから女の子の実家に避難している、という具合だ」


 話せないことが多すぎてスカスカである。

 父親は納得したのか、それとも俺に対して興味がないのか、あまり気にした様子もなく話を続ける。


『……お前のそういう話を聞いたのは初めてだな』

「どっちだ? 怪我のことか、異性のことか」

『どちらもだが……。そうだな、怪我は大丈夫なのか? 私が診ようか?』

「問題はないな。……説明が遅れて悪かった。ごめん」


 超能力で治った傷なんて見せられるはずがない。

 ゆっくりと息を吐き出しながら傷跡が残っている左手を見る。


『それで、どんな具合だ。大学は続けられるか? 休学の手続きをしておいてもいいが』

「目処は立っていない。けどまぁ……今からなら何にせよ一年は伸びるから、来年の四月までにはなんとかなると思う」

『そうか。それでその恋人とはどうなんだ』

「……あー、遠くない内に結婚する予定で、父さん達にも紹介する予定ではあるけど……少し後になるかもしれない」

『それは、お前の怪我をした理由でもある問題のせいか?』

「いや、年齢の証明出来るものがないから探しているところだ」

『年齢の証明?』


 父親は不思議そうな声を出す。


「ああ、少しばかり、実年齢と見た目に差がある子で、結婚するのに問題があるように見えてしまうからな」

『……別に相手が何歳歳が離れていようが私は気にしないが。相手方のご家族にも挨拶する必要がある。私もあまり時間が取れるわけでもないから、何か決めたら連絡は早めにな。相手に迷惑をかけるわけにもいかないだろ』

「あー、いや、両親がいない子だから時間の都合は父さん達に合わせられる」

『……分かった』

「あと、結構変わった子なんだけど……母さんには会わせなくても大丈夫か?」

『それは大丈夫じゃないだろ。むしろ私よりも母さんの方が時間の都合が取れたりしやすいのだから、細かい日程や場所は母さんと決めてくれ』

「いや、そっちの都合に全面的に合わせるから、それは勘弁してくれ……母さんだと話が進まない」

『お前は母親を面倒くさがりすぎだ。ちゃんとコミュニケーションを取れ。私は仮眠したらすぐに仕事だから、もう切るぞ。母さんにも電話しろ』

「え、いや……マジでか」


 一方的に電話を切られて、俺はため息を吐き出した。

 悪い人ではないけれど、母は少しばかり面倒くさい。一色との折り合いも悪そうだ。

 すぐに電話をする気にはなれず、頰をかきながら家の探索を始めた。

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