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episode:4-11 【甘ったれ龍を穿つ】

 今すぐにでも踊り出したいような気分ではあるが、一色を放っておくわけにもいかない。

 顔を真っ赤にしている一色から目を逸らし、ゆっくりと立ち上がる。


「腹も減ったし、そろそろ出るか」

「ん、んぅ……そ、そうですね」

「一色は食べたいものとかないよな? スマホを買えるところの近くの店とかで適当に食うか」

「は、はい。……アキトさんは、切り替え早いですよね」

「そりゃ、今から叫んで喜んでいいならそうするけど、そうするわけにもいかないからな」


 一色へのプロポーズが成功した喜びは筆舌しがたいほどだ。

 何というべきなのかは分からないが、嬉しい。人生において一番嬉しい事柄……というよりか、今までの人生のすべての幸福を足したものを遥かに超えるほどの幸福に包まれている。

 今ならセーラのつまらない冗談も笑って流せる気がするぐらいだ。


「んぅ……確かに叫ばれるのは困りますけど。あの、僕だけ気まずく思うのも違うんじゃないでしょうか。何か、ずるいというか」

「いや、俺も表に出ないようにしてるだけで緊張はしているぞ? ただでさえ、好きな子の前だしな」

「そ、そういうことを言うところです」


 一色はパーカーの裾を引っ張りながら「んぅ」と声をあげて立ち上がる。


「行きます。行きますからね」

「ああ、そうするか」


 まずは食事を摂るのが先だろう。スマホで道を調べてから外に出る。

 都会と言えるような場所ではないので、駅まで少し歩かなければならないが、この喜びで浮かんだ熱を冷ますのにも丁度良く、一色も外に出たことで少し落ち着いたように息を吐き出した。


「……あの、アキトさんのご両親ってご健在ですか?」

「ん? ああ、二人とも生きているな。ああ、多少面倒だけど、説明する必要があるもんな」


 父親は息子に対してとやかく言うような人ではないので問題ないだろうが、面倒なのは母親だ。

 悪い人ではないが、何かと大袈裟な反応を示すので、俺の婚約を喜ぶにせよ反対するにせよ、対応するのが面倒くさい。


「えっと、ご挨拶の仕方が分からないです。スーツとか着たらいいんでしょうか」

「気が早いな。……とりあえず、本名が分からないとダメだろ。あと、年齢が証明出来るようなものがないとな……。一色は16歳にも見えない。16歳でも、結婚には早すぎるが」

「……帰ったら、家の中探してみましょうか」


 俺は頷きかけて、ハッとする。書斎にあった異世界の本が一色に見つかったら事だ。それ以外にも、一色の目に触れない方がいいものがある可能性は充分に考えられる。


「……一色は絵を描きたいんだろ。俺は時間が空いて暇をすることになるから、その間にでも探しておく」

「んぅ、でも、申し訳ないです」

「気にする必要はない。俺が俺のために知りたいだけだからな」

「……えっと、僕も結婚したくないってわけじゃないですよ?……あの、アキトさん、何か隠してますか?」


 心臓が跳ねる。思わぬ追及に一瞬だけ目が泳いだことを自覚する。


「……ああ」


 下手な嘘は吐くべきではない。嘘をつくなら、バレないタイミングでだ。

 一色は妙なところで勘がいい。今、何か誤魔化そうとしたら気がつかれるだろう。


 少女の黒い瞳は真っ直ぐに俺の表情を伺っていて、どんな些細な機微も逃さないようにしているように見えた。


「……隠しているが、気にしないでいてくれないか」

「えっ……ええっ……。あの、えっと……いくつか聞いてもいいですか?」

「答えられる範囲なら」

「アキトさんは変わった人です……では、まず……」


 一色は歩きながらも不安そうに俺を見て、目を逸らす。


「あの……浮気、じゃ、ないですよね?」

「そりゃそうだろ」

「あ、なら、大丈夫です。気にしないことにします」

「……まぁ、一色がそれでいいならいいけど」


 駅まで着いたので、切符を買って電車が来るのを待つ。平日の昼間とは言え、駅に人がいない光景は少し物珍しく見える。


「スマートフォン、アキトさんと同じのがいいでしょうか。使い方とか聞けますし」

「あ、前の話は本当にそれで良かったのか。……まぁ、気に入ったのがなければそれでいいと思うが」

「んぅ……アキトさんと怪盗さんと暦史書管理機構の人と連絡が取れたら問題ないですから、こだわりはないです」


 それならお子様携帯とか、そういうものを渡した方がいいかもしれない。いや、変に機能が制限されている必要もないか、一色が妙な使い方をするとは思えないしな。


「……一色って、カメラの性能とか気にするか?」

「んぅ? いえ、自分で描いた方が正確なので、特に使う予定はないです」

「ゲームとかしたいか?」

「ゲーム? んぅ……運動は苦手です」

「いや、試合って意味のゲームではなく、電子ゲームのことだ」

「アキトさんがしてないなら、特には……」


 本当に連絡にしか使わないつもりのようだ。

 まぁ、無駄に迷うのよりかは俺と同じのを買って、教えやすい方が都合もいいか。


 電車に乗って移動する。

 その間も一色はスケッチブックで外の景色の絵を描いていおり、走る電車の中からの景色を正確に絵を描ける動体視力の良さに少し驚く。


「……僕、絵が上手くなってませんか? 気のせいでしょうか」

「一色がそう思うならそうなんじゃないか? 俺のような素人には、ある程度の上手さを超えるとそれ以上はよく分からなくなる」

「……えっ、アキトさんって、僕の絵がどれぐらいなのか分かってなかったんです?」

「初めて会った時に言っただろ」

「……えっ、じゃあなんで僕のことが好きなんです?」


 一色は心底不思議そうに首を傾げる。

 俺は周りに人がいないかを見回し、いないことに安心して息を吐く。

 流石に即座に通報されたりはしないだろうが、一色のような子供っぽい娘とそんな話をしていたら、怪しい目で見られてもおかしくない。


「いや、別に絵を描くのが上手いから好きってわけじゃないぞ。そりゃあ、絵を描いている時の顔は、凛々しくて綺麗だと思っているが」

「えっ、あっ、そ、そうですか」


 一色は顔を赤らめて、スケッチブックを閉じる。


「……アキトさんって、どこまで僕の話を信じてますか?」

「全部信じているな。いや、結婚してくれるかは半信半疑だけど」

「結婚はしてあげます。 んぅ……異世界とかも信じてるんですよね?」

「今更疑うものでもないしな」

「……絶対、色々ややこしいのに、僕のことが好きなんですね。その、僕が人より優れてるの、絵だけで、それはどうでもいいのにっておかしくないですか?」

「好意を抱く理由は優劣だけの問題じゃないだろ」


 やっぱり、俺の好意はそれほど伝わっていないらしい。

 ため息を吐いたのと同時に電車が止まる。


「行くか、トイレとか大丈夫か?」

「大丈夫ですよ」

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