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episode:4-10 【甘ったれ龍を穿つ】

 一色を見ていると、彼女はまだ眠たいのか、ぼうっとしてから目を擦り小さく欠伸をする。


「んっ、あ、着替えますね。顔も洗ったりするので、ちょっと待っててください」

「ああ、リビングにいるから、終わったら声をかけてくれ」


 やっと一色が起きたのに、ほとんど話せずに部屋から追い出された。

 そう言えば、まだ探索しきれていないだけかもしれないが、この家にはテレビやパソコンがないように見える。

 一色の感性を育てるのに、不必要な低俗な娯楽や浅い知識が入らないようにするためだろうか。


 分からないことが多すぎる。

 連作【シンリュウ】を描かせたあとの一色を放っておいたのは何故だ。こうやって邪魔をする可能性も十分に考えられたはずだ。


 まさか、会ってもいないのに親心というはずもない。


 全く関係ないが、未成年での結婚って親の同意が必要だったはずだが……一色の場合はどうなるのだろうか。と、不意に気になった。

 一色をなんとかして言いくるめるなり騙すなりして婚姻届にサインをしてもらっても、親がいないから未成年では結婚出来ないとなると四年も待つことになる。


 一色が来るまでの間にスマホを弄って未成年者の婚姻について検索する。


「……死んでたら必要ないのか。……一色の養父が、死亡している扱いになっているかどうかが重要だな」


 おそらく、死んでいることになっているはずだから……一色を言いくるめることさえ出来たら結婚することが可能なのか。

 証人で二十歳以上の捺印が二人分必要らしいが、セーラ……は外国籍かもしれないので、ヨミヨミさんと角にでも頼めばいい。


 俺の親は婚姻した後に適当に説明すればいい。むしろ、怪我の説明を結婚という衝撃で押し飛ばすことが出来そうで都合が良いぐらいだ。


 つまり、必要なのは一色の同意だけということになる。

 色々な案を頭の中で巡らせていると、ガチャリと扉が開いた。


「あっ、アキトさん。お待たせしました」

「いや、早かったな」

「んぅ……? そうですか?」

「ああ、今からすぐに出かけるのはしんどいか?」

「えっと、そうですね。スケッチブックとか取ってこないと……」


 体の調子の話をしていたつもりなんだが。それにそれは必須なものというわけでもないだろう。

 ほんの少しの呆れを一色に向けていると、彼女はぽすんと俺の隣に座る。


「なぁ一色、一色って少し年齢よりも幼く見えるだろ」

「んぅ? そうですか? こんなものじゃないでしょうか」

「二歳しか違わないまどかと比べて、小さいだろ」

「んぅ……それはそうですね」

「それに対して俺は年齢相応か、少し上ぐらいに見られることが多い。あと、人相もそんなに良くないだろ」


 一色はまじまじと俺の顔を見て、首を傾げる。


「優しそうに見えますよ?」

「……初めて言われた。まぁ、あまり人から良く見られる顔じゃないんだ。一色とは顔の系統が大きく違うから、兄妹には見えないだろうな」

「えっ、はい。兄妹には見えないと思いますけど」

「警察に通報されたり、職務質問をされると、関係の説明が出来ないだろ。俺の怪我のこともあって、事件性があると見られて深く突っ込まれる可能性がある」

「……よく分からないですけど、アキトさんがそう言うならそうなんですよね」


 俺はゆっくりと頷き、緊張しないよう一色の方を見ずに言う。


「とりあえず、役所に婚姻届を出しておかないか。そうすれば諸々の問題は解決出来る」

「はい。 ……はい? んぅ……えっ?」

「いや、だから、諸問題を解決するために婚姻届を……」


 一色がうろたえたような様子で目線を右往左往させて、明らかに混乱しながら口をパクパクと動かす。


「あ、あの……それ、アキトさんが僕と結婚したいだけなんじゃ……」

「……とりあえず、一色の連絡用のスマホを買いに行くか」

「……アキトさんって変わってますよね」

「一色にだけは言われたくない」


 一色はいつものパーカーの裾をぎゅっと掴んで、シワがよるのも気にした様子もなくそれを引っ張る。

 頰が赤く、羞恥で頭に血がのぼっているのが見て取れた。


 離れていってしまわないか不安に思ったが、一色は逃げたりはせずにそのままそこにいてくれている。


「……いいですよ。そうしましょうか」

「……は?」

「えっ?」

「えっ?」

「……あの、ですからいいですよ、って」


 想定外の返答に視線や身体が固まる。

 俺の浅はかすぎる企みは簡単に看破されていたはずだ。気持ちが先走っていたせいで、言いくるめるための理由は些か不自然なもので、そもそもの話として……無理に言いくるめて結婚とか普通出来ないだろ。


 なら「いい」と言われたのは聞き間違えか。いや、聞き間違えじゃなかったような。……夢? いや、今の俺は異能力による治療の副作用で夢は見ないはずだ。


「……あのな、一色。俺がさっき言った理由は全部、一色を騙して結婚するための方便だ。信じる必要はない」

「それは気づいてますけど。……んぅ、あの、僕ってあまり物を知らないじゃないですか? いえ、知らないというか、実感を伴った知識になっていないというか」

「自覚はあったのか」

「なので、一般論から考えようと思ったんです」


 話がよく分からない方向に進んでいると思いながら、ソファに深く座り直して頷く。


「まず、結婚において重要なものって何があると思いますか?」

「……当人の気持ち、家同士の関係、経済的な問題。あたりか?」

「家同士というのは考えてなかったんですけど、まぁアキトさんは自分から言い出すぐらいなので大丈夫だと思います。僕の方はいないですし。経済的な面も、お金に詳しくはないですけど多分大丈夫な気がします」


 まぁ……と、この家を見れば裕福なのは分かる。


「そうなると、アキトさんと僕の気持ちが問題になります」

「……俺は一色が好きで仕方ないが、一色はどうなんだ」

「んぅ……それはよく分からないです。 でも、一般論から考えるとですね。動物が番を選ぶ場合なんですけど」


 一般論の話で動物の生態について語られるとは思っていなかった。


「基本的に、生存に有利だったり繁殖しやすい個体が繁殖相手に選ばれがちですよね。どんな生き物でも」

「まぁ、そりゃあな」

「あと、人間の場合は男女で子供を育てるので、子育てをするのにおいて有利な方が選ばれやすいです」

「……ああ」

「アキトさんは身を呈してでも守ってくれる人ですし、頭も良くて身体能力も高いですよね。つまり、一般論から考えると、僕はアキトさんのことが好きなはずです」

「……いや、それはどうだろうか?」


 何故俺が結婚を止める方にまわっているのか。

 元々騙してでもサインさせるつもりだったが、こういう対応をされると思いとどまってしまう。


 ……いや、違うか。俺は一色にも、俺と同じような恋愛感情を持っていてほしかっただけだ。

 一色の心が欲しい。恋愛感情を向けられたいというのは……ワガママだろうか。


 大きくため息を吐く。自分の馬鹿さ加減に嫌気が差してきた。


「……いつか、一色にも好きな人が出来ると思う。俺から言い出しておいたことだが……ちゃんと考えた方がいい」


 情けなさを感じながらそう言うと、一色は先程までの声とは違う、ポツリと小さく呟くような声で話した。


「……僕が好きになる人は。アキトさんですよ」


 一色の声は、心臓の音にかき消されるほどに小さくか細い。さっきの堂々とした口調ではなく、気弱な、今にも壊れてしまいそうな、空気に溶けてしまいそうな話し方。

 一色の薄い桃色の唇が震え、震えながらも口を開くけれど、上手く声が出ないかのように何度か息を繰り返していた。


「一般論とか、動物とか。そういうのじゃなくて……僕が、好きになるのは、アキトさんです」


 ぎゅっと、握られた灰色のパーカー。一色は真っ赤になった頰を隠すように俯きながら、絞り出すように言葉を続ける。俺が一色を見つめると、彼女は逃げるように反対側に顔を向ける。


「あと、どれぐらい時間がかかるのか、分からないです。あとどれだけ話せば、触れ合えば、あなたのことを知れば……好きになるのか、分からないです。でも、あなたのことを好きになります」


 だから。

 少女の声が、触れ合った手を越して、その手の震えを通して伝わる。


「一緒にいてください」


 俺の声が彼女に伝わるように、その手を握り返した。


「ああ」

「一緒にいたいんです」

「……ああ」

「だから、アキトさんが結婚したいなら、します」

「……ああ。……一色が好きになってくれるまで待つ……と、格好つけて言いたいが、もしかしたら耐えれなくなるかもしれない」

「はい」

「最悪、今日の夕方頃には我慢出来なくなってサインを求めるかもしれない」

「……先に書いて渡しておきましょうか?」

「……いや、それは……なんというか、まぁ……うん、あれだ」


 一色がそれでいいならそうさせてもらいたい気もする。いや、でも、届けを出すなら二人で出したいような……。

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