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episode:4-8 【甘ったれ龍を穿つ】

 頭が痛む。

 セーラの言葉を信じるならば、異能力による治療の副作用は寝ていても意識が失わないだけで器質的には問題がないそうだが……少し気が弱ってきた気がする。


 床で寝ていたせいで痛む節々を伸ばしながら立ち上がり、一色がまだ寝ているのを見る。掛け布団を脚で蹴っ飛ばしたらしく、足元に寄っていて、寝相が悪いせいかパジャマの裾がめくれていた。


 柔らかそうな白い腹部。形の良いへそに目を向ける。良い、とても、良い。

 ジッと見つめていると一色が身動ぎをしたので、勢いよく目を逸らした。

 横目で一色を見るが目を開ける様子はなく、俺は再び目を逸らして掛け布団を元に戻して一色の腹を隠す。


 弱っていた精神が回復した気がする。


 一色が起きる前に、歯を磨いて顔を洗う。急いで来すぎたせいで服の替えがないのが気になるが、それは仕方ないのでタオルで体を拭って下着だけ替えておく。


 腹が減っているが、一色をおいてどこかに行くのも不安だ。それに、昨日見た感じオートロックだったので、外に出たら一色が起きるまで外に放り出されることになる。


 外には出れない。けれど、中でやることもない。暇である。


「まどか、いるか?」


 何もない方へと話しかけるが返事はやってこない。まぁ、合計で何時間もかかるぐらい遠い場所なのだから、そう手軽にやってこれないか。


 今更だが……あいつ一人だけ暦史書管理機構に残してきたが、上手くやっているだろうか。あと、怒っていたりしないか。


 少し気になってスマホを見ると、案の定、まどかからメッセージが届いていた。


『私一人だけ置いて駆け落ち中のアキトくんへ。こちらはセーラの協力によって大方解決したよ。今は白い粉の解析中。少ししたらアメリカからの協力者もくるみたいだから、呼んだら遊んでないでちゃんと戻ってくるように。』


 ほんの少し怒りの感情が見え隠れしているが、気にせずに『了解』とだけ返事をして、昨日一色の下着のことで世話になったことを思い出したので続けて文を打つ。


『世話になっている。ありがとう。』


 文字を消そうかと迷って、そのまま送信した。

 ポケットにスマホを戻して、ソファに座ってもたれかかる。


 ほんの少し罪悪感を覚えるが、そもそもの原因はまどかが一色の絵を盗んで売ったからだ。そんなに親切にしてやる必要もないだろう。

 いや、でもそのおかげで一色と仲良くなれた側面もあるしな……そう思いながら、バッと立ち上がる。


 うだうだ考える意味もないので、とりあえずこの家の内部構造を探ることにしよう。とりあえず俺が寝れそうな部屋や洗濯機の場所ぐらいは知っておきたい。


 欠伸をしながら家の間取りを思い出す。確か、外で見た様子だと三階建てで地下があるのかは不明。来た時は夜中だったから広さの全貌は把握出来ていないが、一つ一つの部屋が大きいのではなく、そんなに大きくない部屋が多くあるといった具合だ。


 これは探索するのも骨が折れる。

 とりあえず近くの部屋から順に見ていくことに決めて、リビングから出て廊下に立つ。

 全体的に……家自体は広いのに部屋の一つ一つは小さかったり廊下が狭かったり、妙な造りに思える。


 近くの扉を開くと、そこは掃除用具の入れられた倉庫のようだった。窓があることなどを見るに、おそらく普通の部屋を物置代わりに使っているだけのようだ。


 次の扉を開けると、使用人の休憩に使っている部屋なのかそれらしい物が多少置かれている。


 また次の部屋、と見ていくけれど大したものは見当たらないというか……不必要な部屋を無理矢理使っているかのような造りだ。

 一色の活動は基本的にアトリエがコーヒーがあればいいだけなので、部屋が必要ないというのは分かるが……なら何でこんな立派な家を用意したんだという話だ。


 いくら金持ちでも無限に金があるわけでもないし、一色に欲がなく部屋が要らないように育てたのは家を用意した人物だ。


 一色の教育方針と屋敷の構造が噛み合っていない。

 ……世間一般は無駄があまりにも多く、思慮が足りない。けれど、一色は完璧な絵描きとして成長していて、それの教育を定めた者がそんなに愚かな人物だとは思いがたい。


 二階に上がり、また不毛な部屋を見ていく。

 興味が失われていくほど、意味がない。

 ……それを狙ってのことだろうか。狭い部屋にいると、外に出て色々なものが見たくなるが、他に部屋があれば先にそちらを見るだろう。


 そしてその部屋が無意味であれば、新たなことに挑戦しようとつまらないものしかないと思わせることが出来る……というのは、少しばかり論理が飛躍しているか。

 あり得ない話ではないが、それだけのためにこんなデカイ屋敷を用意なんて出来るのか。


 頭を掻いて、次の扉を開けようとして……慣れた油絵具の匂いが鼻腔に入る。

 一色のアトリエか。気になるが、ここは一色から許可を得るか、あるい招待されない限りは入らない方がいいだろう。


 水回りは二階にもあるらしく、風呂場と脱衣所や洗濯スペースやトイレなどがあるのを発見する。

 確か一階にも風呂場はあったような気がするが、ほんの少し湿気が残っていることから一色は昨日こちらの方を使ったのだろう。


 何故風呂場が二つあるんだ……? そう疑問に思うが、少し考えて疑問が晴れる。

 そもそもこの家は多くの人が住むように設計されているのだろう。そして、そこに一色が一人で住んでいるから違和感がある。

 学生寮やら、そんな用途の建物なのだろうか。……どちらにせよ、一色一人のために用意するようなものではないが。


 昨日、一色が入ったのか。

 洗濯機を一瞥し、脚を動かし、もう一度一瞥し、首を横に振ってから次の部屋に向かう。


 書斎だった。この家の中としては珍しく意味がありそうで、探索しがいがありそうな部屋だ。窓から入る光を避けるように、部屋の隅の方に配置された机と、その机と壁に挟まれるように置かれた椅子。


 部屋の角で壁を背にして座る形だ。

 妙な配置……ではあるが、意図は分かる。扉や窓が開けば気づく位置で、背後を何かに取られることはない。


 直感的に、ここは一色の部屋じゃないと分かる。

 一色は喫茶店の居抜きの方のアトリエで、出口に背を向けるような場所で絵を描いていた。それに平気でその場で横になって寝るようなやつだし、椅子もマトモに使わない変人だ。

 一色が使うためなら、椅子も机も撤去するか、あるいは喫茶店のようにオブジェのように見た目が綺麗な場所に置いているはずである。


 ……気持ちの悪い部屋だ。この部屋だけ、一色のための場所ではないように見えた。

 部屋の中の本棚を見てみれば、使っていた人は生物学者なのか小難しそうな生物に関しての分厚い本が並んでいる。ラインナップとしてはむしろ日本語の方が少ないぐらいで、様々な言語が目に入る。


 本棚の隅に、見たことのない言語の本がいくつか並んでいることに気がつく。

 適当に一冊手に取って開くが、知らない言語の本など読めるはずもない。機械印刷ではなく手書きであるらしいことはまた分かる。


「……表音文字?っぽいってことしか分からないな」


 音節らしい場所に隙間があることや文字の種類が少ないことで表音文字であることが分かるが……それ以上は分からない。

 適当にページをめくると、頻出する数字の表現だけは何となく判別がつく。どの単語がどの数字を表しているのかは分からないが。


「……今時、アラビア数字じゃない表現で、これだけ多くの数字を書いているのか。どんな偏屈な人間が書いたんだよ、これ」


 母国語の人からしても読みにくいことこの上ないだろう。書いたやつは馬鹿なのではないか。

 ほんの少し手が止まる。……そこまで古い本ではない、機械印刷ではなく手書きで、アラビア数字を用いていない……学術書。


 あり得ない。この本は。

 今時、機械印刷出来ないような文字は少数の人間しか使っていないようなものに限られる。そんな少数の人間だとしても、数字が重要な学術書を書くのならばアラビア数字を用いるだろう。


 それこそ……古い書物なら納得だが、そう古いようには見えない。

 その不自然に気がついたからか。本の紙の質感に違和感を覚える。インクの色や紙への染み方に妙な感覚が生える。

 俺が知らない製法で作られているらしい。


 またページをめくると挿絵があった。……どうやら、この部屋にある他の本と同じ生物に関する本らしい。

 肢が八つある……哺乳類に見える獣。


 頭を掻き毟り、深くため息を吐き出す。


「……これ、異世界の本かよ」


 どうなっているんだ。と、その本を本棚に直す。

 一色の腹で癒された精神が再びダメージを受けた。寝顔でも見に行こう。

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