episode:4-6 【甘ったれ龍を穿つ】
「コンビニの場所、分からないですよ?」
「スマホで調べる」
スマホの画面にいくつかの候補が出てくる。一番近くのコンビニは……少し近すぎるな、散歩にはならない。
適当に景色が良さそうな道を決めて、スマホをポケットに戻す。
「じゃ、行くか」
「あの……どうしてまたコンビニに?」
「とりあえず、飲み物とホットスナック、それに何か遊べる物でも買うか。トランプとか売ってた気がする。あと雑誌とか」
「えっと……コーヒーって売ってます?」
「売ってる。種類も色々あるぞ」
少し遠くに車のライトが見え、一色の方に半歩寄る。車の臭いを孕んだ風が俺たちの身体にぶつかる。
一色の肩が俺の腕に当たる。俺は、逃げようとした一色の手を捕まえて軽く握った。
「明日は……買い物をするついでに映画館にでも行くか? あとカラオケとかにも。行ったことあるか?」
「ど、どっちもないです」
一色の方を見ると、俺が手を握っているからか、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いていた。
ただでさえ歩幅が違うのに、手まで繋ぐと歩きにくい。歩きにくいせいでコンビニまでの道のりが遠くなり……それが、嫌じゃない。
「あー、カラオケは二人とも流行りの曲とか知らないからダメか。ボーリングとかボルダリングとか……は、一色が筋肉痛になりそうだな」
「んぅ? そんなに弱くないですよ。行ったことないですけど。絵を描くのにも筋肉使ってるんですから、そんなひ弱みたいに扱われても困ります」
一色は「ふんすっ」と言いながら俺と繋いでいない方の腕を上げて力こぶを作ろうとするが……どうにもパーカーの上からじゃ何も分からない。
手を離して一色の二の腕を触ってみるが、ふにふにである。
「ん、どうですか、マッチョでしょう」
「……いや、マッチョではないな」
「マッチョかマッチョじゃないかの二択なら、マッチョ寄りでしょう?」
「マッチョ寄りでもないな」
「……」
「貧弱だろ」
「いえ、いえ……ほら、多分アキトさん、性差を考慮してませんよ。アキトさん、僕以外の女の子の腕を触ったことなんてないですよね? それで分からないだけです」
「まぁないけど、それにしても一色の筋肉がないことぐらいは分かるぞ」
「僕はあります。サンプル数が多い僕の発言の方が信憑性が高いのは自明です」
理不尽な。そう思っていると、一色が俺の腕を突く。
「アキトさんはマッチョじゃないですよね」
「一色よりかはある」
腕を曲げて力こぶを作ると、一色は目を見開いて俺の二の腕を握るが、一色程度の握力ではビクともしない。
「えっ、すごいです。固いです……それに大きくて……。男の人って、みんなこうなってるんですか?」
「人によるとは思うが……」
一色にペタペタと触られている感覚がこそばゆい。
「あと、水族館とか動物園とか、一色も興味ありそうだよな」
「あっ、行きたいです。それは、行ってみたかったんです。行きましょう!」
「まぁ、時間はあるんだし、そう急ぐ必要もないだろ」
俺がそう言うと、一色は小さく……止めていた脚を動かす。
「あるんですか? 時間」
「……あー、まぁ可能な限りはな。そりゃ、延々と大学にも行かない働きもしないってわけにもいかないが……まぁ、しばらくは大丈夫だし、大学とかに復学してからも一緒にいることは出来るから心配はするな」
結婚すればずっと一緒にいられる。と言おうとした口を閉じる。
ぬるい風が背を押すように流れて、それを無視しながら一色の頭にポンと手を置く。
「明日、何したい?」
「えっと、絵を描いて、動物園に行って……あと、アキトさんとお話しして、動物の絵を描いたり……」
「ああ、分かった。道とか調べておく」
そんな話をしているうちに、コンビニの灯りが見えてくる。もっと遠くのコンビニにしておけば良かったと後悔しながら、腰が引けている一色の前を歩いて中に入る。
気の抜けた店員はこちらを一瞥してから、やる気がなさそうに棚卸しの作業に戻った。
「本当に空いてましたね」
「そりゃな。……歯ブラシとか買っとくか。一色もいるよな」
「んぅ、そうですね。どこに置いてるか分からないので……」
あとは適当に下着でも買っておくか。
一色はキョロキョロと俺の後ろに張り付きながら周りを見渡して、雑誌コーナーの方に目を向けていた。
目線の先は明らかにR18の雑誌へと向いていて、それに引き寄せられるようにそろそろと歩いていく。
「……一色。一色にはまだ早い」
「えっ、あっ、でも、絵の参考になるかなぁって」
「同性の裸を見て面白いのか?」
「面白い? いえ、笑ったり出来るわけじゃないですけど……。でも、僕は人間の絵を描く必要があるのに……人の裸を知らないって問題かと思いまして」
「……こういうのは画像編集ソフトで修正されている物だから参考にはならないぞ」
一色は不思議そうに首をかしげる。
「なんで修正するんです?」
「そりゃ、胸とか尻とかデカくて、腰とか腹とか細い方が魅力的に見えるからじゃないか?」
「……あ、そういうものでしたね」
一色は納得したように頷いて飲み物コーナーに目を向ける。
「んー、色々種類ありますね」
「コーヒーはこっちでもあるが、あちらの乳製品のコーナーでも、コーヒーメーカーで淹れてくれるのもあるな」
「……とりあえず全部買ってみましょうか」
「やめとけ、冷蔵庫の位置すら把握してないだろ。夜中に探し回りたくないぞ」
「でも、買ってないとまた飲みたくなるかもですよ?」
「また買いに来たらいいだろ」
「……一緒に来てくれます?」
「ああ」
少し迷った様子を見せてから、乳製品のコーナーで一番小さな容器に入ったコーヒーを手に取る。
俺はコーラを籠に入れて、ついでにおにぎりも買っておくことにする。
「一色も何か食うもの買えよ? 何も食ってないだろ」
「んぅ、もう夜遅いですからいいじゃないですか。健康に良くないですし」
「何も食わない方が悪いに決まってるだろ。やっぱり柔らかいものの方が好きか?」
「飲み込みやすいのなら……」
「普通は味覚がなくても食欲はあるものなんだけどな」
「んぅ、ちゃんとちょっとは食べてますよ。怪盗さんに怒られますから」
怒られなくてもちゃんと食べろよ。一色は少し躊躇ったように手を止めてから、ゆっくりと俺が籠に入れたものと同じものを籠に入れる。
「あ、あと雑誌も……」
フラフラと一色が雑誌のコーナーに行こうとして、その手を掴んで止める。
「18歳未満は買えないぞ」
「うぅ……ならアキトさんが買ってくれたら……」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行くぞ」
「はい……」
「……一応、水着なら大丈夫だったはずだが」
「えっ、本当ですか? ありがとうございます!」
一色はウキウキとした様子で水着の写真が載った雑誌を見て、首を傾げる。
「これ、肌の色とか骨格とかおかしくないですか?」
「だから、魅力的に見えるように編集してるんだって」
一色は「むぅ……」と不満そうにして雑誌を睨む。
「アキトさんもこういうの好きなんですか?」
「……どういう意図で聞いているのか分からないな」
「……好きなんですね」
じとりとした目で俺を見ながら、一色は籠に雑誌を入れる。
それでも買うのかと、少し呆れながら俺はレジに持っていき、ついでにホットスナックを購入した。




