episode:4-5 【甘ったれ龍を穿つ】
「そう言えば一色さ」
「ん、どうかしましたか?」
「俺がセーラとかまどかと引っ付いていたら、かなり嫌がってたよな。あれ、なんでだ?」
「嫌だったからですけど……?」
その理由を聞いているんだが、一色は自分でもよく分かっていないのか話そうとしない。
俺に都合よく解釈をすると、一色自身が気がついてないだけで俺のことを好いてくれていて、嫉妬してくれているのかもしれないが……一色って、かなり変な奴なので、そんな普通な解釈が通じそうにはなかった。
「あ、さっきなんですけど、自画像を描こうとしたんです。約束の」
「……あー、連作【シンリュウ】を取り返す報酬だっけか。別に無理に描かなくてもいいぞ?」
「全然、びっくりするぐらい描けなかったんです。なんていうか、見た目をそのまましか描けなくて……。んぅ……ちょっと時間がかかるかもです」
「……百年ぐらい後でもいいぞ、受け取るの」
一色はブンブンと首を横に振る。
「いえ、そんなにお待たせするわけにもいかないので」
「……一色って、迂遠な言い回しが通じないよな」
「んぅ?」
「百年後でも会えるような関係でありたいって言ったんだよ」
一色は俺の言葉を聞いて首を傾げる。
「えっ、会ったらいいんじゃないですか?」
「……あー、そっか、お前、人と別れることとか経験してないのか。案外な、人ってすぐに会えなくなるんだよ」
「…………えっ、なんでですか?」
「あの日、初めて会ったあの後……俺が一色に会いに行かなければ、それで終わりだっただろ。今も、俺が家に帰れば終いだ。それだけで、縁が切れるだろ」
「んぅ? 僕が会いに行ったらいいだけじゃないです?」
窓の外に虫の鈴のような鳴き声が響く。瞬きを忘れ目が痛んだ。不思議そうな表情をしている一色の方から目を逸らす。
「……来てくれるのか?」
「ダメなんですか?」
「……いや、嬉しい」
嬉しいというよりも安心か。一色が嫌がっているのに俺はストーカーのように押しかけているのではないか、そう疑ってしまっていた。
俺の恋愛としての好意とは別物でも、一色も俺に好意を向けてくれているのは、嬉しくて仕方がない。それを悟られないように、ゆっくりと頷く。
「じゃあ、これからも一緒にいられるな」
「ん、そうですね」
一色の薄い生地のパジャマの袖が俺の指先に触れる。
「じゃあ、さっさとくれ」
「んぅ……なんで僕の絵がほしいんですか?」
「そりゃ、一色と会えないときに見たいからな」
「えっと……」
一色は俺の顔を見て、目を合わせて……赤らめた顔を隠すようにゆっくりと頷いた。
恥ずかしがる姿が可愛らしく、ついついわざと困らせるようなことを口に出してしまう。
「……会ったらいいです。そういう時は」
「いや、絵の邪魔になるって追い出されただろ。今日とか」
「だって、今日は、すごくいい絵が描けそうで……急に好きって言われて、その……と、とにかく、よく分からなかったんです」
「……フラれたわけじゃなかったのか?」
「んぅ……何がですか? フラれたって、よく分からないです」
「いや、俺、告白しただろ?」
「何をです?」
「一色に好意があると」
「それは聞きましたけど、フラれたってどういう意味ですか?」
一色は不思議そうに首を傾げる。
「いや、だからフっただろ?」
「えっと…………何をですか?」
「俺をだよ」
「えっ、僕、そんなに筋力ないですよ」
「何の話をしているんだ」
「僕がアキトさんを振り回したって話ですけど」
「……いや、だから何の話をしているんだ」
「えっ、アキトさんが言い出したんですよね?」
そんな訳が分からないことを言い出すはずがないだろ。
肩と肩が触れ合うソファの上。少し横に退けばいいだけだが、どうにもそういう気にはなれず、一色の肩の感触に集中しながら口を開く。
「……一色、告白って分かるか?」
「秘密にしていたことを打ち明けることですよね」
「そうだな、一色は何も間違っていない。……あれだ、俺が悪かったな、一色はそういうやつだ」
大きく息を吐き出して、ソファに深くもたれかかる。
一色に「好きだ」と言おうとも、付き合うとかそういうことにはならないのか。
いや、そりゃあそうか。そういうのは日本の独特な文化なわけだし、学校に通ったことがなく人間とあまり関わっていない一色が知る故もない。
「交際って分かるか? 一色」
「関係を持つって意味ですよね、友人とか知り合いとか」
「……お前は何も間違っていない。あれだ、俺はな……一色と恋人になりたかったんだ、恋人なら分かるな?」
「ん、それぐらい分かりますよ。あれですよね、番い」
「……なんか違う」
ぐったりとしながら一色を見る。
「んぅ……えっと、違うんです? 婚姻関係がない番いみたいなものだと……」
「その言い方だと、俺が責任は取らずにやることやりたいクソ野郎みたいになるだろ」
「えっと……よく分からないです」
「俺は一色と異性として関係を持ちたいんだよ」
「…………僕との子供がほしいってことです?」
顔を真っ赤にしている一色を見ながら、俺は頭を抱えた。常識があまりに違う人間に対して、上手い説明はないものだろうか。
俺の肩にもたれかかっている一色の身体を支えながら、後で何かしらの恋愛を取り扱った作品でも探して見せてみようかと考える。
「ぼ、僕……頑張りますね」
「……何をだ」
「あ、あの、絵を描いてきますっ!」
引き留めようかとも思ったが、これ以上話しても勘違いが悪化するとしか思えなかったので諦めることにして、そのまま目を閉じる。
フラれていなかったのか。いや、そもそも意図が伝わっていなかったのか。
喜んでいいのかは分からないが……まだチャンスは多くありそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
深夜の二時頃だろう、ペタペタと素足で床を歩く音が聞こえて薄く目を開ける。
もう夏が来る。空調を動かしていないからだろう、俺の寝ているリビングは蒸し暑く、服が汗で肌に張り付いていた。
蒸し暑い部屋の中、小さな人影は寒そうに腕を前で抱きながら、何も言わずに俺の隣に座り、ゆっくりと俺の方に身体を寄せた。
「……どうした?」
怯えたような表情。 先程まで絵を描いていたのか、彼女の頰には絵の具が付いていた。
「ご、ごめんなさい。起こすつもりはなくて……」
「別にいい。……どうかしたのか?」
「……よくわからないです。でも、なんだか……その、一人でいるのが怖くて」
一色の肌にも汗が浮かんでいて、身体が冷えているというわけではなさそうだ。
「……こんな気持ちになったのは、初めてなんです」
甘酸っぱい言葉に聞こえるけれど、その声は震えていて……痛々しい。
夏らしい薄い寝巻きを、寒そうにぎゅっと抱きしめて、懇願するように俺に目を向ける。
「シュイロンを見たとき、この生き物が少し動けば自分は死ぬと思いました。鬱陶しい羽虫を払うような動きで、気まぐれに進む道を変えれば、軽く伸びをすれば、簡単に自分は死ぬのだと」
一色の白く細い指先が、寝巻きから離れてゆっくりと俺の方に向かう。
俺はただ、一色の言葉の邪魔にならないようにゆっくりと頷いた。
「アキトさんを守ろうと龍人の前に立ったとき、次の一瞬には死ぬと分かってました」
一色は涙を堪えるように、何度も何度も、瞬きを繰り返す。
「怖くなかったんです。死ぬのが。なのに今は……遠くにある死が恐ろしくて、怖くて、たまらないんです」
俺は左手で俺の脚に乗せられた一色の手を包むように握りしめて、右手で彼女の肩を抱き寄せる。
「いつか、消えてなくなるんです。楽しいと思ったことも、嬉しいと思ったことも、今のように怖いことも、アキトさんに好きって言われたことも、全部なくなって、消えて……なくなったことを悲しむことも出来ず、ただ、ただ、何もない」
「……あまり難しく考えるな」
「でも、それは分かってたのに、前は怖くなかったんです。今は、怖くて、眠れないです」
死ぬのが怖くて眠れないか。俺も昔そう思ったことがあったような気がする。
その時はどうやって乗り越えたんだったか……ああ、忙しくて考える暇がなくなっただけか。
「コンビニでも行くか」
「えっ、あっ、あの」
「買い食いしたことないだろ? というか、コンビニ自体行ったことないか」
「えっと、えっと……深夜ですよ? お店は閉まってますよ」
「コンビニは基本ずっと開いてる。本当に行ったことなかったのか」
こんな屋敷に住んでいて、思っていた以上に箱入り娘として育てられてきたらしい。
「ちょっと着替えてくるから、玄関で集合な」
「えっ、まだ行くと決めたわけじゃ……」
「眠れないんだろ。なら、深夜の買い食いに付き合ってくれよ」
「あ、あの……わ、分かりました」
一色の部屋から出て、借りている客室に入り、昼間に着ていた服に着直す。一日中着ていたせいで少し汗臭いかもしれないが、一色は気にしないだろう。
財布とスマホをポケットに突っ込み、上着を羽織る。
玄関に行って少し待つと、いつもの灰色のパーカーを着た一色が照れ臭そうにパタパタと歩いてくる。
「えと、おまたせしました」
「ああ、待った」
「ご、ごめんなさい」
「冗談だ。じゃあ、行くか。暗いから足元に気をつけろよ」
玄関の先に段差があるので、一色の手を取って足を滑らせないようにエスコートの真似事をする。




