episode:4-3 【甘ったれ龍を穿つ】
駅で二人分の切符を買う。
電車で新幹線のある駅まで向かうのだが……帰宅ラッシュと重なって少し人が多い。
一色もいることなので、少し時間をずらしてごちゃごちゃとした人混みを避けようかとも考えたが、新幹線の時間も調べるとあまりゆっくりもしていられない。
どうせ数駅だけなので諦めて電車に入ると、ほんの少し他の乗客が俺から離れているように感じる。
どうしてだろうかと考えていると、傷口から若干血液が染み出して服に赤いシミが線のようにして出来ていて、鉄臭い匂いがしていた。
申し訳なく思いながら、傷口を隠すように壁側へと身体を向ける。
「……新幹線、指定席買うか」
「んぅ……無理しないでくださいね?」
「まぁ、だるくなったら外に出る」
少し気だるいが、血が足りないのだけではなく、普通にずっと動いているせいもあるだろう。
休んでいたらなんとかなる筈だ。ぐったりと立ちながら、目的の駅に着くのを待った。
駅で降りて、新幹線の乗り場に移動して指定席を買い、時間まで少しあるので駅の中で缶コーヒーを飲みながら待つ。
疲れのせいかあまり腹が減っていない。先程までは何か食う気があったが、少しばかり落ち着ける状況になったせいか、どんどん瞼が重たくなってくる。
「大丈夫ですか? しんどそうですけど」
「あー、眠い。新幹線に乗ったらちょっと寝る」
「……はい。あの、駅に着いたら起こしますから」
眠くてフラつく頭を支えながら、飲み終わったコーヒーの缶をゴミ箱に捨てる。
よほど疲れた顔をしているのか、一色はしきりに俺の顔を覗き込んでいた。
「アキトさん、ごめんなさい。無理をさせて……」
「いや、好きでやっていることだ」
俺がそう言うと、一色は顔を赤らめて俯く。これ、好きでやっているという言葉が、一色が好きだからやっているという意味で捉えられてしまったような気がする。
いや、それで間違いはないが。
フラれたばかりだというのに、口説くようなことを言ってしまって、少しばかり気恥ずかしい。
新幹線に乗り込んで、人気のない車両で一色と隣り合って座る。
目を閉じてしまえば、すぐに眠気が襲ってくる。一時間ほどか、ちゃんと目を覚ませるか少し不安だ。声をかけられても目が覚めないかもしれない。
「一色、少しずるいことを言っていいか?」
「んぅ? なんですか?」
「俺は今日、とても頑張ったから、かなり疲れている。少しの間、一色が手を握っていてくれたら……疲れが吹き飛ぶ気がする」
一色の小さな手が俺の手に重ねられる。小さな熱がじんわりと伝わってくる。柔らかな感触がこそばゆく……自分で言い出したというのに、あまりに気恥ずかしく逃げるように腕を組んだ。
「……もういい」
「えっと、早くないですか?」
「手を握られると嬉しすぎて眠れないことが分かった。休めなくなるから別の機会に頼む」
「……もう、アキトさんから言い出したのに」
一色はクスリと笑って、眠ろうとしている俺の顔をちらりと見る。何が面白いのか、また小さく笑ってから、鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出していた。
徐々に身体が眠っていくのを感じる。異能力による治療の副作用のせいで、意識が飛ぶことはないが……それでも一色が近くにいてくれているおかげで、精神が安らいでいくのが分かる。
ぐったりと、背もたれにもたれかかって過ごして数十分。一色に肩をトントンと突かれて目を開ける。
「休めましたか?」
「ん、あー、そこそこ。どれぐらい歩くんだ?」
「駅を出て十分ぐらいですね」
駅の外に出るともう暗くなっていて、雲が星や月を隠しているのか、空を見上げても真っ暗で何も見えない。
まばらに見える人影が、少しこちらの様子を伺っているように感じる。まぁ……一色の見た目ぐらいの女の子が夜中に男と歩いていたら気になりはするか。
特に、俺と一色は全然似ていないので兄妹には到底見えないことも影響しているだろう。
通報される様子もないので、気にしないように一色に案内されながら隣を歩く。
もし通報されたら……俺の怪我のことの説明も出来ないし、一色との関係も説明出来ないということで面倒なことになっていたかもしれない。
ぬるい夜風が頰を撫でていくのを感じながら、人気のない方に歩く。
一色に目を向けると、彼女が不安そうな視線を俺に向けていたことに気がつく。
「アキトさんって、不安にならないんですか? 急にこんなことに巻き込まれて」
一色の脚の動きが少し遅くなる。疲れたわけではないだろう。
不安そうな瞳が、街灯の光を浴びて揺れる。
「僕は……その、アキトさんを巻き込んだのに、その、怪我の一つもしてなくて……」
「あの時……怪我しなかったことに罪悪感を覚えているのか?」
一色は分かりやすく、目を開く。図星だったのだろう。
また足取りが遅くなり、とん、とん、と……重い足音が沈んでいくように響いていく。
「あの、なんでわかったんですか?」
「俺が一色の立場だと似たように感じるだろうからな。巻き込んだやつだけ怪我をして、自分は何もないってなると、よほど図太くない限りは気に病むだろ」
「……その、はい」
「怪我はしない方がいい。それでいいだろ」
「……んぅ……分かってます」
「俺が怪我をしたのは一色のせいじゃない」
「……はい」
街灯の光が、パチパチと点滅を繰り返した。俺が足を止めると、一色は一歩だけ進んで、不安そうに振り返った。
「……俺は一色が思ってるような奴じゃない」
「えっ、あっ……その……」
「本音を言えばな、俺にとって悪い状況じゃないんだ。一色に怪我がないのはもちろんいいしな、それで俺が怪我をしてたら一色が気に病んで……俺から離れないでいてくれる」
驚いたような一色の視線。俺は乾いた喉を震わせるように声を出す。
「一色が自分のせいだと思ってくれたなら、その弱みに付け込んで……さっきの新幹線のときみたいに、手を握ってもらえる。俺にとっては良いこと尽くめだ。だから気にするな」
一色が何かを言おうとして、言葉を飲み込み、また言おうとして口を閉じ、また口を開く。
「……怪我、痛いですよね」
「それより、一色を触れる方がよほど大きい」
「……あの、その…………僕も、恋愛感情について分かってるつもりというか、あの、動物の本能として男性が異性と触れ合いたいというのは理解してるんですけど」
まるで人の感情としてではなく、人の生態として理解しているような口ぶりに苦笑する。
実際、そうなのだろう。
一色は人に感情をぶつけられるような経験がほとんどなく、けれども知識として動物としての人間のことは分かっている。
だから、俺の恋愛感情は一色にとって、雄が何としてでも雌を求めているというようにしか映らないのかもしれない。
実際、俺自身が理解していないだけで、人間の雄が、好みの同族の雌に自分の子を産ませるために動いているだけなのかもしれなかった。
「えっ、あっ、もしかして、違いましたか? その、お昼の、そういうことかと思っていたんですけど」
「……何というか、こういうところで一色は変な奴だと理解させられるな」
「えっ、す、すみません」
「いや、一色の考えの方が正しいのかもしれないが」
恋だの愛だの、そういうゴチャゴチャしたものが全てだと言い切るような気には到底なれない。
「その、えっと……アキトさんは僕のことが好き、何ですよね?」
「ああ、そうだな」
「だから守ろうとしてくれたというのは分かるんです。そこまではいいんですけど……その、僕はアキトさんの子供を身籠ったりしてないじゃないですか、なのにアキトさんが死んでしまったら、アキトさんからしたら本末転倒じゃないでしょうか?」
一色は、パーカーの上から腹部を撫でて、不思議そうな表情を浮かべる。
何というか、動物的な合理性を持った考え方……そんな感じがする。
あくまでも、感情がベースとなった考え方ではなく、人間をただの獣としか見てない考え方。
恋愛感情は、子孫を残すためにあるのだと考えているようだ。まぁ、世間の人間がどう感じるかは分からないが、俺からしてみると間違っているとは思えない。
俺が黙っていると、一色は考えが間違っているのかもと不安になったのか、わちゃわちゃと手を動かしながら口を開く。
「えっと、その、アキトさんは危ないのにわざわざ巻き込まれにきてるじゃないですか」
「ああ」
「そ、それは、僕のことが異性として好きだからじゃないですか」
一色は小さく首を傾げる。
「ああ」
「えっと、でも僕はアキトさんの子供を身籠ったりしてないじゃないですか」
一色の手が腹を撫でる。
「ああ」
「それでアキトさんが亡くなったら、本末転倒じゃないですか」
改めて纏められると……色々と酷く感じる。
「……一色の言ってることは、まぁ間違っていないと思うが。恋愛感情って、必ずしも繁殖するためだけの物でもないだろ」
「えっ、あっ、そ、そうなんですか。すみません、てっきり、アキトさんが僕に子供を産ませたいと思ってると勘違いしてしまいました。そういうわけじゃないんですね」
「……いや、まぁ……なんというか、そりゃ俺も男だからそういうことはあるにはあるが……好きだから幸せになってもらいたいとか、分からないか?」
「んぅ……難しい話をしてます?」
分からないのか。一色の頭をくしゃくしゃと撫でて、ほんの少しの寂しさを覚えながら前を向く。
「脚、止めてしまっていたな」
「あ、すみません」




