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episode:4-2 【甘ったれ龍を穿つ】

 灰色のパーカー。 黒い七分丈のズボン。

 一色の服装はいつもこれで、他に持っているのは俺と購入した服ぐらい……いや、あれは龍人のドサクサでなくなったんだったか。


 タンスを開けると店の陳列のように同じ灰色のパーカーが並んでいたので、少し苦笑しながら畳んであるのを崩さないよう袋に詰めていく。


 別の引き出しを開けると、小さく畳まれた白い布が見える。靴下だろうと思い手に取り、妙に感触が柔らかいことに気がつく。


 靴下ではない。勿論服でも、ズボンでもない。

 パラリと纏められていたのが解けて、その全容が目に入る。


 下着だ。パンツである。

 そう理解するのには、通常では考えられないほどの時間がかかった。


 俺のこれまでの人生は、ひどく女子から遠いものだった。昔から友人が少なく、いつもクラスの端にいたような存在である俺が女子と話すなんてことは、大学に入ってからしかなく、それも簡単な世間話が限度だ。


 当然生きていれば女子の下着を目にすることはあったが……なんというか、今まで見た下着とはあまりに違って見える。


 見た目や形にそう差異があるものではない。けれど、存在感が違うと言えばいいのか……まるで札束を手にしているかのように、気にしないことや無視することが叶わない。


 当然だ。好きな娘のパンツだ。

 これまでに見たどのような物体よりも価値があるように見える。いや、見えるのではなく、実際に価値があるのだろう。

 もしもこれが購入出来るならば、数百万借金をしてでも買う。


 そんな馬鹿なことを考えているうちに、ふと気がつく。


「……これ、どうやって畳むんだ」


 冷や汗がべとりと頰を伝う。

 いくら一色が変人と言えど、人並みの羞恥心は持っているだろう。

 男がベタベタと自身の下着を触り回し、息を荒くして興奮していると知れば気持ち悪がるに違いない。


 一色と交際したい俺としては避けたい事態であり、証拠の隠滅を図りたいが……畳み方が分からない。まどかに電話をして聞くか?


 スマホを取り出した瞬間、パタパタと足音が聞こえてすぐさまポケットに戻す。傷が開く可能性を無視して勢いよくタンスを閉じて、一色のパンツを持っている手を後ろにやる。


「あっ、アキトさん、やっぱり悪いですから、服とかも自分で用意しようかなぁって……どうかしました?」

「いや、なんでもない。なんでも」


 手に持っているのは不安なので後ろポケットに隠す。


「えっと、本当に大丈夫ですか?」

「何がだ」

「体調悪そうですけど」

「大丈夫。俺、元気」

「ならいいですけど……」

「俺、アトリエ、行く、新幹線、予約する」

「……大丈夫です? 本当に」


 カクカクと頷いて、一色に背を見せないようにゆっくりと部屋から出る。

 出た瞬間に冷や汗がダラダラと流れ、ぎこちない足取りでアトリエの方に戻る。

 コーヒーの香りで少し落ち着きを取り戻し、ポケットからパンツを取り出す。


 一色らしい飾り気のない下着だ。けれど仕立てはいいのか、なんとなく触り心地がよいように感じ、カタリ、と物音に反応して急いでポケットに戻す。


 どうやら外で風が吹いて窓が揺れただけらしいが、心臓が爆発するかと思った。


「……手にしておくには、あまりにも危険か」


 魅力的ではあるが、持っているだけで心臓が爆ぜそうになるし、物音一つに大きく怯えてしまうようなものを持っているわけにはいかない。


 けれど、気がつかれないように元の位置に戻すには……畳む必要があるが、肝心の畳み方が分からない。

 改めて、スマホを取り出してまどかに電話をかける。


 二、三コールの後、まどかの声が耳に入る。


『もしもし? あっ、心配してくれてたの? こっちなら大丈夫だよ』

「……いや、こちらがピンチだ」

『何かあったの?』


 まどかの真剣な声色。俺はゆっくりと、確かに肯定する。


「ああ……不手際で、一色の下着、パンツを所持してしまった。気がつかれないように元の場所に戻したいんだが……畳み方が分からない」

『…………アキトくん』

「なんだ」

『自首しよ?』

「わざとじゃないんだ。まどかなら信じてくれると思って相談している、分かってくれ」

『いや……流石に信じられないよ。たまたま隠れてパンツを盗み出してしまうなんてパターンある? ないでしょ、ね? アキトくんが思春期特有の気の迷いで下着を取っちゃったのは責めないけど、ちゃんと謝ったほうがいいよ』

「二十歳だぞ、思春期じゃない」


 呆れたようなまどかの声が聞こえる。

 纏められている一色の画材などを横目で見ながら、小さくため息を吐く。


「一度、一色の実家に避難することになってな。荷物を纏めていたんだが、靴下と間違えて手に取ってしまった」

『わざとじゃなくて?』

「よく考えてくれ。俺はこのまま自宅に戻らず一色の実家に行くんだ。隠したりすることは出来ないから、リスクだけが高い」

『……そういう言い訳が出来るように今取ったとか?』

「それに、盗むなら洗濯して畳んであるのじゃなくて、脱いだ後だろ、普通」

『お、おまわりさーん』

「違うんだ、信じてくれ!」


 まどかはなかなか信じてくれようとしないが、必死に説得を続ける。


「俺が下着を盗むような奴に見えるか?」

『わりと』

「……いや、本当に違うんだ。分かるだろ、分かってくれ」

『ちゃんと謝った方がいいと思うよ?』

「ここで嫌われたら終わりだろ……フラれたばかりだぞ」

『うーん、仕方ないなぁ』


 まどかは渋々といった具合に、俺に下着の畳み方を伝授する。


「まどか、手が震えてうまく持てない」

『アキトくんって、そこそこキモいよね。もういいから洗濯機の中に放り込んでて、後で洗濯して返しておくから』

「分かった。助かる」


 電話を切って、急いで廊下を歩き、洗濯機の中に下着を突っ込む。ひとつだけポツンとあるのはすこし妙に見えるので、開けても下着が見えないよう適当に近くにあったタオルを放り込んでおく。


 安心してアトリエの方に戻ると、一色も用意を終えて戻っていた。


「あっ、アキトさん。用意出来ました。……そろそろ夕方なので、着くのは夜になっちゃいそうですね」

「あー、そうだな。半分持つから貸してくれ」

「大丈夫ですか? あっ、もう」


 半ば強引に一色の手から荷物を取り、背中に背負う。昼に傷が開いたが、まぁ激しく動いたりすることはないので多分大丈夫だろう。


「じゃあ、行きましょうか。んぅ、アキトさん、家に着いたらゆっくりしていてくださいよ?」


 ふと、一色が俺の提案に頷いた理由が分かった。

 俺の手のひらの傷に向けられる心配そうな視線、俺は隠すように手を背中にやり、へらりと笑ってみせる。


 俺がまた怪我をしたり、無理をしないためか。


 つくづく、いい子だ。


 そんな優しい子の下着を持って慌てていたのかと、少し落ち込みながらアトリエから出る。


「……あー、夕飯、新幹線で駅弁でも買うか」

「んぅ、僕、別にいいですよ」

「食えよ。食いたくないのは分かるが、健康に悪い。……明日、スマホを買いに行くついでにミキサーでも買うか? 液体状にすれば食えるんだろ」

「別に普通に食べれますよ。そんな変なことをしなくても」

「スムージーとか流行ってるから変でもねえよ。若い女性がよくやってる」


 一色はアトリエの方に身体を向けて、小さく礼をしてから前を向く。

 そういえば、大学はテスト期間か。もう単位は諦めるしかないが……父親に説明するのが面倒だ。

 大怪我の分も含めて、好きな女の子のためと言えば納得してくれそうではあるか。


 ボリボリと頭をかいて、一色と共に駅へと向かった。

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