episode:7-16【雨後の龍の子】
一色のことをゆっくりと持ち上げて、ベッドの隣に座らせる。
「別にな、一色の好意を疑ったりはしていない」
「してます。じゃないと、僕のことが好きなのにちゅーするのを嫌がるのなんて変です」
「いや、前は多少そういうところもあったけどな。保護者としてどうこうみたいなことも考えている」
「アキトさんは伴侶であって保護者ではないです」
「分かっている。でもな、一番の問題はそこじゃないんだ」
白い肌がうすらと赤ばんで、エアコンのスイッチを押してしまったせいで暑くなった室温のせいで汗がしっとりと滲んでいる。
体力もないのに小さな身体で俺を押し倒したせいか、少し息切れしているのもあってどうにも扇情的だ。
いや、肌も出しておらず身体の線も見えないような服装なのに、扇情的だとか、エロいとか、そう思うのがおかしいのだろうが。
なんとか誤魔化そうと思ったが、よく考えてみたら俺は口が上手くないし、友達とかもいないからそういう説得とか苦手だった。
そもそも説得に成功したのって一色に対する求婚ぐらいだろ。俺。
どうする……。いや、下手な嘘を吐いても一色には見破られる予感がある。
それだけ俺のことをよく知って、よく見てくれているのだろうが……今はそのせいで誤魔化しようがなくなっていて辛い。
「……アキトさん? その……もしかして、僕って変な匂いとかしていて、したくないとかですか?」
「いや違う。それは違う。いい匂いしかしない。むしろいい匂いがするのが問題というか……」
ダメだ。誤魔化しようがない。
一色の目を真っ直ぐに見ようとして、あまりの可愛さに直視出来ずに視線を下にやると、薄桃色の唇が見える。
ここもダメだ。見つめていたらキスの誘惑に勝てなくなる。
視線をもっと下に下げて小さな身体に目がいき、ここもやっぱりダメそうだ。
「……あのな、一色。俺は男で、一色は女だ」
「んぅ? そうですね」
「多くの動物もそうであるようにな、男にはそういう欲求があるわけだ」
「……そういう欲求?」
「…………その、まあ……好きな子と性的な行為をしたいという欲求だ」
一色は自分の身体を見つめてから、俺の方に目を向ける。
「したいんですか?」
こてり、と首を傾げる。しなを作って俺を誘うように手を握り、俺は思わず生唾を飲み込んで一色の身体を見る。
自分の不躾な視線に気がついて、視線を一色の方に戻す。
「……いいですよ?」
頭を抱えて一色から目を逸らす。絶対ダメだ。それはダメだ。条例だとか常識だとか、そういうのもあるが、一色に頼めば隠してくれるだろう。
一番の問題は……自分の腹を撫でている一色の方をチラリと見る。
……無理だろ。
「……アキトさんが、何を悩んでるか分からないです」
「……体格が違いすぎてな……30cm以上違うし、体重は倍差があるだろ。ちょっと無理をしたら怪我をさせてしまう」
流石に興奮して全てやらかすなんてことはないだろうが、それでも不意に押し倒してしまいそうだ。
一色の白く細い指先が俺の手を握る
スベスベとした感触。握り返せば折れてしまいそうなほどに細長い。
いや、実際に本気で握り返せば、ポキリと折れてしまうだろう。それだけ力の差があり、体格差がある。
一色は何を考えたのか俺の身体に寄りかかるようにして倒れ込む。
いい匂いがするとか暖かいとか柔らかいとか、そんな感触に浸っていたのは一瞬だけで、首元に走る痛みに意識が持っていかれる。
「イタッ、痛い痛い、一色、痛いからちょっと離せ……」
噛まれていると気がついて一色の肩に手を置くが、無理に引き離すのも怪我をさせそうで危ない。俺が声だけで反応していると、しばらく噛んでいた一色が「ぷはぁ」と口を離す。
一色の噛んでいた場所は彼女の唾液でてらてらと光を反射しており、くっきりと小さな歯形が付いて内出血になっていた。
「……怪我、させました。僕のこと嫌いになりましたか?」
「いや、嫌いにはならないけど……」
一色はティッシュで歯形の付いたところを拭いて、指ですりすりと撫でる。
「僕も同じです。好きな人に傷を付けたり、好きな人に傷を付けられたりするのは……嬉しいものです」
…………いや、そんなことはないだろ。
俺の想いを裏腹に、一色は腹が空いたら飯を食べるぐらい当然のことのように自らの思いを語っていく。
「自分の物である証として好きな人に傷を残す、反対に傷を付けられるというのはとても普通のことではないでしょうか。アキトさんは体格差から盛り上がって強引になった際に怪我をさせることを気にしてるみたいですけど、それは好き同士である僕たちの場合は喜んで然るべきことで、避けることではないです」
常識のように語るが……全然言ってることの意味が分からない。……いや、自信満々だし、女性はこういうものなのか?
交際経験が一色しかないからわからない。
「というわけで、どうぞ」
「……いや、俺は一色に怪我はさせたくないんだが」
「えっ、僕のこと好きじゃないんですか……?」
「いや、好きだから怪我をさせたくない……。一色も俺の怪我を心配してただろ」
「いえ、それは僕が付けた怪我じゃないじゃないですか」
一色の心底不思議そうな言葉で気がつく。
……あ、これ特殊性癖だ、と。
何が原因で歪んだのか分からない……というと嘘になる。間違いなく、一色の初恋の相手である俺がいつも傷だらけになっているせいだろう。
性的な情報を持っていないが、年相応の性欲はある上に毎日異性とベタベタ触れ合っていたせいで性的な欲求は高まっていたが、開放する術がなく溜め込んでいたのだろう。
禁欲に勤しむ宗教家が通常の性行為ではないものを好んでしまうように、開放されることのない欲望はズレて目覚めてしまう。
一色の場合は……SM趣味……というよりかは、傷や怪我への愛好に目覚めてしまったのだろう。
まどかの覗き趣味いい、一色の傷趣味といい、何故俺の周りはこんな性壁を拗らせているのかと思ったが……。もしかして、二人とも俺のせいで歪んだのか?
一色は間違いなく俺のせいだろうし、まどかのも俺のせいで特殊性癖に目覚めた可能性はある。
……どうしよう。
いや、俺も一色のせいでロリコンとかに目覚めてしまっているし、お互い様ということで……。
とりあえず、一色の肩を抑えて首を横に振る。
「……一色がそういうのが好きなのは分かったし、理解して協力しようとは思うが……それは、一般的な話じゃない」
「えっ……。だ、ダメでした!? す、すみません。ふ、普通のことかと!?」
「……まぁ、俺とのことだから全然大丈夫だが……」
「あ、良かったです。いいんですね」
……良くはないんだが。




