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episode:7-14【雨後の龍の子】

 キスをするつもりはない。

 やはり一色はまだ精神的に幼く、興味本位で口にしているだけだと思ったからだ。


 世間一般として、十六歳。学年で言えば高校一年生であり、妹よりも一つ歳下だ。

 そのぐらいの年齢だと、キスを経験している子が多いとは思わないが、いないわけではないだろう


 しかしながら一色の見た目は実年齢よりも遥かに幼く、それ以上に心が幼い。


 俺のことを好きだと言っているのも恋愛感情ではなく、ただの愛着関係を始めて結べたのが俺だというだけの親愛かもしれない。

 そんな騙すような真似をしてキスなどしても良いものなのか。良い訳がない。


 それを言うなら、騙して判断がおぼつかない内に急いで結婚しようとしている方がよほど悪質だが、一色が欲しいという欲求だけは抑えられる気がしない。

 誘拐して閉じ込めるのよりかはマシだし……。


 自分の中で言い訳をしながら、歯をシャコシャコと磨く。

 キスをするつもりというわけではない。そういうつもりではないが、歯磨きを終えてからコンビニで買ってきた口臭ケアの粒を口の中に放り込んで飲む。


 いや、違う。これはキスに備えて、変な臭いがしないかを気にしてのことではない。

 洗面所でバシャバシャと顔を洗って、頭を冷やす。


 ……もう気にしなくていいのではないだろうか。

 何としてでも、何を引き換えにしてでも一色を永遠に自分のものにするつもりなのだし、将来的に一色が俺を嫌いになったとしても手放す気はない。

 だったら、騙すようで気が引けるとか、公的良俗に反するとか……そんなことを言っている場合でもないだろう。


 今は一色が俺を拒否していないからマトモのフリをしているが、拒否をしていたら何の迷いもなく誘拐していたことだろう。

 精神性は完全に悪党のそれであり、善人ぶっても嘘でしかない。


 ……というか、一色のあの様子を見ていると……キスどころではなく、その先の何をしようと嫌がり抵抗するようなことはないのではないだろうか。……ないだろうか!


 そんな不埒な想像を始めた頭を冷やすために、水が出っ放しの洗面台に頭を突っ込んで無理矢理頭を冷やす。


「落ち着け。落ち着け。……よし、ちょっと走ってこよう」


 走ればこの気持ちも落ち着けるはずだ。

 適当に水に濡れた頭を拭ってから、外に出て人の少ない場所に行き全力で走り続ける。


 途中「何で俺はこんなに走っているんだ?」と考えてしまうが、走っている内に息が苦しくなってどうでも良くなってくる。

 悩みが吹っ飛ぶなんてことはないが、酸素が頭にまで回っていないからか、悩みが沈むように感じられなくなってくる。


 しばらく走り続け、ぐったりとした身体を公園のベンチに預ける。


 休んでいると、また悩みが頭の表層に出てきてしまい。もう一度走ろうかと考えていると「あっ」という女性の声が背後から聞こえる。


「時雨さん?」


 振り返ると、昼に見た竜生九子の関係者らしき女性……たしか花街……だっただろうか。


「……ああ、昼の。調べ物は出来たのか?」

「えっ、あっ……まぁ、その……いえ、あんまりです」


 偶然だと思っていると、女性は犬の散歩中だったのか犬を連れている。

 グルルと唸り、俺に威嚇している。


「す、すみません。いつもはいい子なんですけど」

「いや、大丈夫」


 昔から犬にはよく吠えられるので、花街の言葉は嘘じゃないだろう。邪魔しても悪いなと思って立ち上がり、早足でその場から離れようとすると何故か花街が追いかけてくる。


 何かあったのかと振り返ると、彼女は焦った表情で口を開く。


「す、ストーカーじゃないですからねっ。たまたま見かけただけで、後をつけたとかそういうのではなく」

「えっ、あ、はい」

「本当ですからね?」

「ああ、分かってる」


 そもそも一度暦史書管理機構の中に入ったのにストーキングなんてまどか以外には出来るはずもないし……。

 なんだコイツと思っていると犬を連れてどこかに行ってしまった。


 ……なんだったんだ。

 謎の言動のおかげで少し気が晴れたような感覚があり、また走り出そうとしていると、思いっきり背に何かがぶつかる。


「おー、アキト、何してんだこんなところで」

「……角か。そっちこそこんなところで何を……」


 知り合いの声に振り返ると、誕生日にでもつけていそうな三角錐の帽子を被り、マグロらしき魚をビチビチと腕の中で跳ねさせ、額から血を流していた。


「いや、マジで何やってるんだ?」

「……アキト、俺は何をやっているんだ?」


 マグロの生臭さに負けない酒臭さ。

 ふらふらと倒れそうな角を仕方なく支え、先程のベンチに運ぶ。自販機で水とスポーツドリンクを買い、角に押し付ける。


「……よく分からないが、大丈夫か?」

「……おー、ありがとう」

「そういや最近見てなかったけど、何かあったのか?」

「あー、蒼の奴を探していてな」

「蒼? ……あー、行方不明になった水元って奴か」

「ああ……結構面倒を見ている奴だったから、無事を待つのも……不安でな。少し探していたんだ」


 海で行方不明になったから、そこで探していたからマグロがいたのか。いや、マグロを取っててくるのは意味不明だが。


「……アイツ、もう子供が産まれるってのに……ヘマしやがって」

「……おそらく無事だそうだが。というか、今、海に行くのは……」

「……ああ、分かってる。悪いな」


 グッタリとしているのは酒のせいだけではないだろう。もうそろそろ暗くなるので帰りたいが、放っておくのも憚られる。


「強い奴って聞いたが、心配なのか?」

「そりゃあなぁ……アイツが13歳の時から面倒見てるしな……少しは……」


 なんて答えたらいいのか。変な慰めを言うのもおかしいが、突き放すのも妙な感じだ。

 角とも多少付き合いも長くなっているが、あまり話した覚えはない。


「……お前が怪我していたら仕方ないだろ」


 白髪混じりの髪の毛を掴み、出血している場所を見つけてから、さっき買った水を傷口にかけて軽く海水を洗い落とす。


「出血は多いけど軽く鋭い物で血管を切ってるだけだな。手当てしてやるからついて来い」

「んー、ああ」

「あと、酒飲むな。夕方になって海から引き上げてから飲んだんだろうが、だとしても服を着替えてからにしろ」

「……ああ、悪い」

「本当にな。俺は今から一色といるってのに、魚くささが移ったらどうすんだよ」


 不安を解消するためにか、完全に呑みすぎてふらふらになっている角にスポーツドリンクを飲ませてからペットボトルを捨てて角の身体を背負い上げる。


「……ったく、見つかるわけねえだろ。海の中にまだいたとしてもよ。どれだけ広いと思ってんだ」


 ダメなおっさんだ。無駄に筋肉質で重いし……。


「ああ……」

「それに、せめて相談しろよ」

「止めるだろ」

「止めるために言ってんだよ。こんなフラフラになるまで飲みやがって」

「いや、酒じゃなくてな」

「酒の話をしてんだよ。禁酒しろ」


 暦史書管理機構の中に入り、空いている一室に角を下ろし、軽く手当てをする。


「生臭いが、シャワーは浴びるなよ。水場で気を失ったら最悪死ぬからな。俺の着替えとタオルを持ってきてやるからちょっと待ってろ。あと、仰向けに寝るなよ。吐いたときに肺に詰まらせる可能性がある」

「……あ、ああ」


 アホらしいと思いながらさっさと借りている一室に戻って言っていた物を持ってきて角に押し付ける。


「……小さいな」

「お前がデカイんだよ。……まぁ丈がすこしちんちくりん過ぎるか。服、脱いだの寄越せ、洗っといてやる。肌着は入院用に買った新しいのだからそのまま持ってるか捨てるかしろ」

「……面倒みいいんだな、お前。ああ、いや……あの岸井と一緒にいるぐらいだから、そりゃそうか」


 やりたくてやってるわけじゃねえよ。

 ダメ人間過ぎるな、コイツは本当に……。親しい人間の危機で取り乱しているのだろうが、もう少し落ち着きを……。


 ガリガリと頭を掻く。


「……一色との約束があるから、またな。勝手にまた海に出るなよ」

「……ああ」


 もしも俺が一色の危機を知ったら、アレどころの取り乱し方ではないだろう。

 ……酒に逃げるのはまだしも、海に行って探そうとする気持ちは分からなくはない。馬鹿としか言いようもないが。


 まぁ……明日、ちゃんと話を聞いてやるか。

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