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第六話 懐かしき音の揺りかご

 

 炎、水、土、風。

 大きく分けて四つに分類される全属性、その初級に位置する第一章から第三章をピーチファルナは会得していた。今は亡き両親が教えてくれた知識と己が身から出力する魔力とを合わせて紡ぐ神秘の力である。


 年齢の割には優れているのかもしれない。だが天才というわけではない。世の中には魔女を名乗るような天才が存在する。文字を覚えた頃には第六章魔法、つまりは上級魔法を自在に操っていたような規格外の天才が。


 初級、それも四つの属性全てを網羅しているピーチファルナは年齢の割には優れてはいるが、未だ中級には手が届いていない。一人で上を目指せるほどの力はないのだ。


 そんなピーチファルナでも討伐した魔獣を風魔法で部位ごとに切り分けて、水魔法で血液などの汚れを洗い落とし、炎魔法で熱消毒を施し、土魔法で作った車輪つきの荷台で分解した魔獣を運ぶくらいはできる。


 ……たったそれだけの、他の冒険者だって出来るようなことを、レイ=レッドスプラッシュは一つ一つ褒めてくれた。凄いと、格好いいと、甘い言葉を耳にする度にピーチファルナは胸がポカポカ温かくなった。


「ふひい。やっとついたあ……」


 風魔法で補助していたとはいえ、獣一匹を乗せた荷台をひいて冒険者ギルドまで帰ってきたピーチファルナはくたくたであった。レイに良いところを見せようと必要以上に張り切ったせいもあるだろう。


 日も落ちかけて薄暗い街中にて、ピーチファルナと同じく一日中歩き通しだったとは思えないほど汗ひとつかいていない漆黒の美女は鼻歌でも漏らしそうなくらい表情を崩していた。


 レイの手が伸びる。どこからか取り出したハンカチでピーチファルナの額に浮かぶ汗を拭っていく。


 距離が縮まった分だけ蜜のように甘い匂いが濃厚に襲いかかってくるようであった。


「よく頑張ったでごぜーます。格好良かったでごぜーますよ」


「そうかなそうかなっ。わたし格好良かったかなっ?」


「ええ、とっても」


「そっかぁ。えへ、えへへっ」


 甘く、甘く。

 レイ=レッドスプラッシュの言葉が染み渡る。



 ーーー☆ーーー



 そのまま解散するものと思っていた。

 素材の納品を済ませたピーチファルナは『一日中付き合わせてごめんね』と口にするつもりだった。


 では現状を確認しよう。

 両親が残した木造の一軒家。一般家庭に普及している一階建ての思い出の場所。衣服やら家具やらを生活のために売り払っても、この思い出の場所だけはと死守してきたピーチファルナにとっての聖域。



 そんな一軒家の中にレイ=レッドスプラッシュと二人きりであった。そう、気がついたら自宅に招く形となっていたのだ。



(あれ、わたし、あれれ!?)


『ステーキでも食べに行こうでごぜーます。もちろん私の奢りでごぜーますよ』とレイに言われて、またあんなに高いものを奢ってもらうわけにはいかないと断った。


 その後押し問答があって、その末に『あまりお金をかけなかったらいいでごぜーますか?』という問いに頷いた結果、公爵令嬢を庶民の自宅に招くこととなった。『私がその辺に売っているありふれた食材で料理をご馳走するなら、そんなにお金はかからないでごぜーますよ。その代わり、くふふ☆ 私が泊まっている宿に厨房は備え付けられていないから、ピーチファルナちゃんの家にある厨房を借りることになるでごぜーますけど』、なんてことを言っていた気がする。


 というわけでピーチファルナはリビングに()()()()残っている椅子に座って、机に突っ伏していた。ここからは見えないが厨房からは微かな物音が聞こえる。近くで買ってきた食材を使い、レイが料理を作っているのだ。


「なんか凄いことになっちゃってるなあ」


 庶民のために公爵令嬢が料理を用意する、など前代未聞ではないか? 不敬だなんだを通り越しているはずだ。


 これならステーキ奢ってもらったほうがマシだったのでは、なんて思えてくるくらいであった。


 ……脅されているわけでも、威圧されているわけでもないのに、気がつけば押し切られていた。本来であれば断るべきものを、こうして受け入れている。


「おかしい、よね。まだ出逢って一日しか経ってないのに、家に招いてもいいと思ってるなんてさ」


 不敬だとか身分の差がどうだだとかを抜きに考えても『いつも』のピーチファルナであればあり得ないことだった。


 両親との思い出が詰まった聖域。

 誰にも足を踏み入らせないと頑なに守ってきた聖域へと、出逢って一日しか経っていない他人を招き入れている。


 特別に。

『いつも』のルールを破ってでも。


 気がつけばそんなにもレイの存在が大きくなっていた。出逢って一日しか経っていない、それこそ名前くらいしか知らない漆黒の美女が、である。


「…………、」


 瞼が重い、思考がゆっくりと鈍化していく。我慢しなきゃと思ってはいるが、気がつけば目を閉じていた。


 疲労が身体中に広がっていく感覚があった。意識していなかっただけで一日中歩き通しだったのが肉体に響いているのだ。


 と。

 目を閉じた先、黒しかない世界。


 だからこそ聴覚がより鮮明に音を捉える。

 トントントン、と規則正しく、懐かしい音。料理を作っているんだと聴覚に訴えかけてくる、それ。


 お母さんが生きていた頃は毎日料理ができるのをこんな風に待っていた……はずだ。今か今かと心待ちにしていた……はずだ。


 数年もすれば思い出も薄れていく。

 あるいは『いつも』と比べてあまりにも落差がある記憶を意識的に押さえつけようとしているのか。


「お母さん……」


 ピーチファルナを優しく包み込んでくれたお母さんはもういない。だけど、そう、今だって特別に包まれていた。ドロドロとした甘い蜜に沈むような心地が広がっていく。

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