第十九章 それは幸せを掴み取るための決戦
はじめから勝ち目などあるわけがなかった。
上級魔法にスキル『瞬奏』、後は腰の剣の斬撃力を底上げする『技術』、それがシンシヴィニア=セレリーンが使える力であるが──その全てをゼリシア=キラーゾーンは使用可能なのだ。
加えて魔法を吸収する、瞬間移動の移動先を予測する、物理現象を軽減するといった天敵に等しい力さえも使用可能である。
(……させない、ですわよ)
ゼリシア=キラーゾーンは多種多様な力を振るう。おまけに膨大な種類の超常を同時に使用してくるのだ。
腰の剣を引き抜き、構え、しかしシンシヴィニアは目の前の紫の女へと付け入る隙が見出せなかった。
幾度となく立ち向かい、幾度となく叩き潰された。
力の差というものを見せつけるように。
ぼたぼたと全身に刻まれた傷口から鮮血が流れる。荒い息の中、それでもシンシヴィニアは逃げようとは考えもしなかった。
ゼリシア=キラーゾーンは『何か』をした、あるいはしている最中である。それもレッドスプラッシュ公爵家が派閥を総動員してでもゼリシアを殺そうと思うほどの『何か』を、である。
暴力で覆い隠した先に何があるのかは分からない。分からないままで終わっていいわけがない。
止めるべきなのか、手伝うべきなのか。判断するにしてもゼリシアが抱える『何か』を暴き出さなければならない。
(決して、絶対に、ゼリシアをひとりぼっちにはさせないですわよ……ッ!!)
だから。
だから。
だから。
ゴッボァアアアッ!! と膨大な数の超常が解き放たれた。かろうじて立っているだけの、全身に刻まれた傷口から鮮血を流すシンシヴィニアに受け止められる上限を遥かに超えていた。
「もういいちゃん。その優しさは他の誰かに回すちゃん。ほら、あたしのほうがこんなにも『持っている』んだから、わざわざ分け与える必要ちゃんはないんだし」
ノブリスオブリージュ。
『持っている』からこその『義務』であるならば、確かにシンシヴィニアが力を貸す理由はないのかもしれない。
なぜならゼリシア=キラーゾーンのほうが多種多様な超常を『持っており』、なぜならゼリシア=キラーゾーンのほうが多くの権力や財力を『持っている』のだから。
分け与える必要はない。
『義務』なんてどこにもない。
だから、見捨てていい、とでも?
確かに、そう確かに『義務』はどこにもないのかもしれない。
だけど、と。
全て把握して、それでもシンシヴィニア=セレリーンは『だけど』と繋げた。
「それでも! だとしてもッ!!」
『義務』はない。
ノブリスオブリージュを貫くだけの理由はない。
分かっていて、『だけど』と繋げたからには『義務』以外の何かがあるはずだ。
その想いは、しかし迫る圧倒的な物量が押し流す。一つ一つを把握することも困難なほどに集まった超常の濁流がシンシヴィニア=セレリーンへと襲いかかる。
その。
寸前のことだった。
だんっ!! と。
シンシヴィニアを追い越し、圧倒的物量で迫る超常の濁流へと飛び込む少女が一人。
「な、ぁ……ピーチファルナ!? 待っ逃げるですわよ!!」
「大丈夫」
濁流のごとき超常の数々へと真っ直ぐに駆け抜ける少女の背中が静かに語る。
「こんなもん跡形もなく吹き飛ばしてやるから」
宣言の通りとなった。
ぱちゅんっっっ!!!! とピーチファルナの拳一つで膨大な数を誇る超常の濁流が弾けるように粉砕されたのだ。
「なん、え、今何をしたんですわよ!? というか、なんでここにいるんですわよ!?」
「そんなの決まってるじゃん」
振り返る。
大抵のものは『持っている』シンシヴィニアへと、足りないものをこれでもかと与えてくれた友達は当然のようにこう答えたのだ。
「シンシヴィニアちゃんの『願い』を叶える助けをしに来たんだよ」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。
いつだって足りないものを与えてくれる、温かな友達の言葉が染み渡る。
「……は、はは。本当、もう、格好いいですわね」
「そう? えへへっ。まあシンシヴィニアちゃんが何をしたいのかってのもわかってないんだけどさ! ぶっちゃけレイさんが色々話してくれたこともさっぱりだし!!」
いつだって、そうだった。
力なんてなくとも、権力や財力なんてなくとも、ピーチファルナはいつだって輝いていた。
そう。
ゼリシア=キラーゾーンがそうだったように、ピーチファルナもまた凝り固まった空気を変えてくれる。
仕方ないだの、こういうものだの、それ以外に選択肢が思い浮かばないだの、停滞と諦めに満ちた状況に対して、真っ直ぐに踏み込んでくる。
助けたいから。
それ以外には何もない。
どうやってなんて考えていないのだ。難しい話はみんなの力を合わせてなんとかすればいいのだから。
他力本願な甘え癖。
自分にできないなら、できる人にやって貰えばいい。
結果としてみんなが幸せになれるなら、それでいいのだから。
──あるいは、その考えはノブリスオブリージュに通ずるものがあるのかもしれない。
「ふん。穢れた聖女ちゃんが埋め込んだ力ちゃんね、それ」
ゆっくりと。
ゼリシア=キラーゾーンの口元が歪む。
「一律ちゃんで吹き飛ばしたところを見るに、写し埋め込んだのはローランのスキル『虚像打破』ちゃんみたいね。超常ちゃんの無効化ちゃんは確かに強大だけど、逆に言えば超常ちゃん以外は防げないちゃん」
「げっ、なんかバレてるし!」
ブォン!! とゼリシア=キラーゾーンの正面に出現するは剣、槍、斧、太刀、薙刀、鎌、鉤爪、など百に及ぶ武具の数々。宙に浮かぶそれらが風系統の魔法によって射出、ピーチファルナへと殺到する。
風系統魔法であれば(どんな理屈かはさておいて)ローランと同じ超常無効化スキルで対応できたかもしれない。が、無効化できるのは超常のみ。風に煽られて、勢いついた物理的な刃を防ぐ手段はない。
だから、しかし。
ピーチファルナはいつだってどこまでも他力本願にして甘え癖のままに頼りきる。その先にてみんなで幸せになれるならそれでいいのだから。
「まあわたしだけでどうこうできるわけないもんね。よっし、やっちゃえ!!」
ザッゾォンッッッ!!!! と。
百の武具を百の人間が薙ぎ払った。
あるいは騎士を目指す正義が、あるいはそんな正義が放っておけない少女が、あるいは赤ん坊の頃から見守ってきた令嬢を守護する組織が、あるいは治安を脅かす者を粉砕することで平和を維持する部隊が、あるいは聖女にふさわしくない穢れた力を宿す害悪だと迫害されながらも前に進んできた女が、あるいは『貴族として』の生き方しか知らないからこそ『貴族として』の愛し方しか知らない男が、あるいは『好き』のためなら幾千幾万幾億だって挑戦し続ける怪物が、迫る武具の数々を薙ぎ払ったのだ。
「説明してはもらったけど、ぶっちゃけ全知全能だとか、『旧世代』に『新世代』だとか、そんなもん理解してないし理解する必要もない。お前が背負っているものがなんであれ、どんな理由があったとしても! わたしの友達を傷つけていい理由にはならない!! もう、これ以上は、傷一つだってつけさせやしないんだから!!」
たった一人で抱え込んでいたら、ここで終わっていた。そうなっていたならシンシヴィニアもまたここで粉砕されていた。
それが嫌だから行動しているのだ。
だったら恥も外聞も捨てて、誰も彼も巻き込んででも、目指す幸せに向かって挑戦しなければならない。
手伝って、と。
たった一言を叫ぶ勇気があれば、みんな手を差し伸べてくれる。後は遠慮なく掴めばいい。
「みんな、やってやろう」
拳を突きつける。
ピーチファルナ一人ではどうしようもない脅威を前に、しかしみんながいれば挑み勝ち抜くだけの道も見える。
頼ることは悪いことではない。
結局のところ一人でできることなんて限りがあって、しかし幸せはより高い場所に転がっているのだ。その幸せを掴むために色んな人を頼ることが悪なわけがない。
そうやってみんながみんな、誰かの幸せのために『持っている』ものを分け与えることができたならば、巡り巡ってみんながみんな幸せを掴むことができるはずだから。
「完全無欠のハッピーエンドを掴み取るために!! なんか、こう、なんとかしてやろう!!!!」
宣戦布告は突きつけた。
後は激突するだけである。
ーーー☆ーーー
世界のどこかで女の呟きが一つ。
「わざわざ私チャンが運んでやったんだかラ、きちんと働いてよネ」




