第十七章 例え全知全能が相手だとしても
瞬く間であった。
視覚や聴覚や味覚や嗅覚や触覚を潰し、神経伝達速度を低下させたり空気の粘度を増幅することで身動きを封じ、超常の性能を底上げするスキルを展開、炎や水や風や土の魔法、剣や槍や矢や薙刀や鉤爪や斧に『技術』を纏った武具、破砕性能を宿す閃光や分子運動を停止させる衝撃波やマイクロ単位で切り刻む飛ぶ斬撃を生み出すスキルがシンシヴィニアへと襲いかかったのだ。
把握できるだけでそれほどの物量であった。シンシヴィニアにはあの一瞬に詰め込まれた全てを観測することすら不可能であった。
ゆえに風や土系統の魔法で防壁を展開するので精一杯だった。防壁は、しかし圧倒的な物量に押し流され、踏み砕かれ、叩き潰された。
轟音が炸裂する。
圧倒的な超常の物量がシンシヴィニアの全身をくまなく叩いた音であった。
「が、ぁ……がぶべぶっ!?」
吹き飛ぶ、転がる。
血反吐を撒き散らしながら、縦ロールを土に汚しながら、シンシヴィニア=セレリーンの華奢な肉体が赤く染まっていく。
「は、はぐっ、あう……っ!!」
全身をヤスリにでもかけられたようであった。激痛が響く。目の端に涙が浮かぶ。実戦にて経験を積み上げてきたシンシヴィニアだからこそどれだけのダメージを受けたか実感させられる。
こんなダメージ──
「世界の記憶ちゃんに施されていた偽造ちゃんは剥ぎ取ったちゃん。だから今を含む全時間軸ちゃんでの出来事ちゃんは手に取るように把握ちゃんできているちゃん。だからシンシヴィニアちゃんがなんでここに来たのかも把握ちゃんしてる、で通じるちゃん? まあ通じててもいなくても言うことは変わらないちゃんけど。ねえシンシヴィニアちゃん、真っ直ぐ生きるのもいいけど、たまには曲がっちゃうのもいいちゃんよ?」
声が聞こえた。
いつのまに接近していたのか、仰向けに倒れるシンシヴィニアを見下ろす影が一つ。
八本の銀の三つ編みがだらりと下がっていた。紫を基調としたドレスや装飾品のせいなのか、いつも軽薄な笑みを浮かべているからか、毒々しい印象を受ける令嬢である。
ゼリシア=キラーゾーン。
前半については何を言っているのか理解できなかったが、後半に込められた想いについては理解できた。
たまには曲がったほうがいい。
すなわち真っ直ぐに問われることを嫌がる程度の『何か』をやっていると認めたに等しい。
ゆえに、である。
真っ直ぐに、目の前の大馬鹿野郎を睨みつける。
「ゼリシアには……土人形を、作るくらいの力しかない、って聞いていたけど、どうやらもっと多く、もっと強大な力を、持っていたみたいですわね」
「理解できたちゃん? ここはシンシヴィニアちゃんが来ていい場所じゃないちゃん。そのことは身をもって思い知ったところちゃん。場違いちゃんで、力不足ちゃんで、似合わないちゃん。だから、ほら、大人しく逃げることちゃん。なぁに、たまには自分ってヤツを曲げるのも賢い生き方ってものちゃん」
その通りなのかもしれない。
そもそも未だにゼリシア=キラーゾーンが『何を』したからこそレッドスプラッシュ公爵家を敵に回すことになったのかも、『何を』目指しているのかもわかっていないのだ。
力不足の上に周回遅れ。
そんな少女がこの場に留まったとして、できることなど何もないのかもしれない。
だから。
だから。
だから。
「だけど……それでも。だとしてもッ!!」
叫ぶ。
跳ね除ける。
口の端から鮮血をこぼしながら、シンシヴィニア=セレリーンは折れそうになる気力を振り絞り、くじけそうになる意思に喝を入れて、己が心のままに前に進む。
手を伸ばす。
真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐにゼリシア=キラーゾーンへと。
「そんなところにゼリシア一人を置いていったりはしないですわよお!!!!」
ゴッバァ!! と展開された魔法陣より紅蓮の猛火が噴き出す。まさしく濁流のごとき勢いで解き放たれた炎は、しかし、
真横に一振り。
ゼリシアの腕の動きに合わせて複数の魔法陣が展開される。水の盾が炎を弱め、風の剣が横から、土の槍が下から、炎の矢が正面から殺到したのだ。
シンシヴィニアが放った炎はものの見事に相殺された。だから、それでも、シンシヴィニアは決して屈したりはしない。
水と炎が接触した際に生まれた水蒸気に隠れて後方に転がるように移動する。距離を取り、悲鳴をあげる肉体を無理に動かしてでも勢いよく立ち上がる。
「で、どうするちゃん? 距離ちゃんとって、立ち上がって、だから??? ねえシンシヴィニアちゃん、どうやら力の差ちゃんってのを理解ちゃんできていないようだから教えてあげるけど、あたしの真の能力ちゃんは全知──」
「どうでもいいですわよ」
切り捨てる。
ぐいっと口の端に残った血を手の甲で拭い、歯をむき出しにして獰猛に言い放つ。
「ゼリシアがどれだけ強いかなんて関係ないですわよ。何をコソコソやっているのか言いたくないならそれでもいいですわよ。説得、取引、交渉、懐柔、調査、そういった回りくどい方法で時間を無駄にしたりはしないですわよ。曲げたりしない、絶対に曲がってやったりしないですわよっ。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに! その軽薄な笑みが懺悔に歪むまでボコボコにして!! 思わせぶりなセリフで誤魔化す程度のしょーもない企みをゼリシアの口から引きずり出してやるですわよ!!!!」
世間一般においてゼリシア=キラーゾーンは土人形を生み出す魔法くらいしか使えないと噂されている。住まいである別荘の管理は土人形に任せて、広大な屋敷にたった一人で住んでいるのだ。
どうやら土人形を生み出す魔法以外にも多種多様な力を持ち合わせているようだが、そんなものは関係ない。ゼリシアがどれだけ強かろうが、シンシヴィニアがやることは初めから決まっていた。
目の前の少女が『何を』やったのか、その全てを引きずり出して、今後どうするかを判断する。レッドスプラッシュ公爵家からの命令だからとかそんなふざけきった理由ではなく、己が心でもって今後どうするかを判断しなければならない。
誰に憚るような真似をしてはいない。
ならば堂々と、真っ直ぐに、挑めばいい。
「……、ばか」
小さく、本当に小さく紡がれたその言葉はシンシヴィニアには届かなかった。だけど、ゼリシア=キラーゾーンが浮かべる表情がいつもの軽薄なそれとは違ったことは見て取れた。
それもすぐに軽薄な笑みに塗り潰されてしまったが。
「どうやらシンシヴィニアちゃんはあたしの想像ちゃん以上に分からず屋ちゃんだったようね。なら仕方ないちゃん。力の差も理解できない愚か者ちゃんにはふさわしい末路ちゃんをプレゼントしてやるちゃん!!」
次の瞬間には世界が変わっていた。
ゴッッッゾォンッッッ!!!! と。
一つ一つを視認することもできないほどに圧倒的な超常の物量がシンシヴィニアの視界を埋め尽くす。




