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第五話 褒め称えられるべき偉業のように

 

「くふふ☆ たまには外を歩くのもいいものでごぜーますね」


「ええと、本当にいいの? 公爵令嬢がこんなことしてるってバレたら色々とマズイ気がするんだけど」


「気にする必要ないでごぜーますよ。私的な場で何をしようが構わないでごぜーますから」


「いいのかなあ……?」


 街の外れにある森の中をピーチファルナとレイ=レッドスプラッシュは並んで歩いていた。


 冒険者ギルドで出会った後、レイにこれからの予定を聞かれて素直に答えなければこんなことにはならなかったと、ピーチファルナは後悔していた。


 低級魔獣討伐の依頼を受けたと、そんなこと答えなければ良かったのだ。


 ……まさかの『ついていきたいでごぜーます』だった。気がつけば公爵令嬢を連れてのお仕事の時間である。


(この辺の魔獣が相手なら一撃で倒せるし問題ないと思うけど、本来であれば連れてくるべきじゃなかったよね)


 分かっていて、拒絶できなかった。

 突き放してしまえば、もう二度とこうして話すことができなくなるのではと怖くなったのだ。


「ピーチファルナちゃん、魔獣討伐ってことだったけど標的は何でごぜーますか?」


「え、ええと、ケルベロスだよ」


 ケルベロス。

 三つの頭を持つ狼に似た四足歩行の魔獣である。


 魔法を使うこともできず、狼の二倍ほどの身体能力しか持ち合わせていない、低級魔獣の代表格であった。……大陸の外では地獄の門番などと呼ばれている個体もいるようだが、少なくともこの大陸のケルベロスは駆け出し冒険者の標的にふさわしい低級魔獣である。


「倒すのは何とかなるんだけど、探すのが大変なんだよねえ」


「そうなのでごぜーますか?」


「うん。何せ街の近くだもん。こんなところにうじゃうじゃ魔獣がいたら危険じゃん。ってことでこの辺の魔獣はあらかた狩り尽くされているんだよね。まあもうちょっと遠くにいけば探しやすいんだろうけど、そしたらわたしじゃ太刀打ちできないような魔獣と遭遇するリスクも高くなるんだよね」


 だからここらを歩き回って、残っているかも分からないケルベロスを探すしかないの、と呟くピーチファルナ。


 困ったような顔で彼女は口を開く。


「ってわけで今から歩き通しなんだよね。退屈だし、疲れるし、嫌になったらすぐに言ってね」


「くふふ☆ 嫌になったら、でごぜーますか」


 じゅわり、と草木や土の匂いを塗り潰す、甘ったるい蜜のような香りを振りまきながら、レイ=レッドスプラッシュは歌うようにこう続けた。


「ピーチファルナちゃんが一緒でごぜーますもの。退屈になるわけないし、疲れなんて感じないでごぜーますよ。だから嫌になることはないでごぜーますね」


「そ、そうなの?」


「そうでごぜーますよ。くふふ☆ せっかく森の中に二人きりでごぜーます。楽しく過ごそうでごぜーますよ」


『いつも』悪意と侮蔑をぶつけられてきた。犯罪者の娘だというレッテルを貼られて、腫れ物扱いされてきた。そんな自分と一緒でも楽しいと思ってくれるんだと分かった瞬間、胸の奥から温かいものが溢れてきた。


 甘い蜜のような香りに包まれながら、気がつけばピーチファルナは屈託のない笑顔を浮かべていた。



 ーーー☆ーーー



 夕日が森を赤く染めていた。

 朝っぱらから歩き通しだというのに、一匹も見つけることができなかった。


 ダラダラと古着を汗でびっしょり濡らしたピーチファルナは夕日の赤が目にうつったことで、ようやく『いつも』のように長時間歩き通してしまっていたことに気づいた。


 自分一人ならまだしも、レイ=レッドスプラッシュも一緒だというのに、である。


「れっレイさんごめんねっ。こんな時間まで付き合わせちゃってっ」


「くふふ☆ 別にいいでごぜーますよ。ピーチファルナちゃんとのお散歩デートでごぜーますもの」


「しかも、結局一匹も見つけられなかったし。情けないったらないよね。あは、ははは」


「…………、」


「そろそろ切り上げないと夜になっちゃうし、帰ろうか」


 俯き、情けなさをごまかすように頬をかくピーチファルナ。そんな彼女を、自分よりも年下でちっちゃい女の子を見下ろして、レイ=レッドスプラッシュは微かに目を細める。底知れぬ、這い寄るような何かが噴出する。


 と。

 その時だった。



 ガォッ! と。

 咆哮と共に三つの頭を持つ魔獣がピーチファルナたちの進行方向を塞ぐように飛び出してきた。



 低級魔獣の代表格、ケルベロス。

 狼のごときアギトを開き、肺腑に響くような咆哮を轟かせるケルベロスを見据えて、蜜のように甘い匂いを振りまきながらレイ=レッドスプラッシュは言う。温かい声音で。


「ピーチファルナちゃん、あれがケルベロスでごぜーますかね?」


「え、あ、うんっ。うわっ、わわわっ、なんかサラッと出てきたんだけど!?」


「で、ここからどうするのでごぜーます?」


 問われて、ピーチファルナは先ほどまでの暗い気持ちを振り払うようにパンパンッと頬を挟むように叩く。切り替える。


 漆黒のドレス姿の美女を庇うように前に出る。


「わたしがやっつけるから、レイさんは下がってて!」


「ピーチファルナちゃん、頑張るでごぜーます」


「……っ。うんっ、がんばる!」


 たった一言。

 その一言が胸の奥まで響く。


 身体がポカポカと温かい。今なら何にだって勝てると断言できるくらいの全能感が湧き上がる。


 右手を突き出し、魔法陣を展開。

 後は力ある言葉を紡ぐだけでいい。


「『風の書』第三章第一節───風刃っ」


 空気が圧縮され、二メートル前後の刃を形成。ズゾァ!! と矢を放つがごとき勢いで放たれた。


 風の刃は真っ直ぐにケルベロスへと殺到、右と中央の頭の間へと突き刺さり、バターのように軽々と切り裂く。


 ごとり、と魔獣の身体が二つに分かれて地面に転がる。まさしく一撃必殺であった。


「ふう。レイさん、もう大丈──」


「くふふ☆ 凄いでごぜーますっ、ピーチファルナちゃん!」


「ふわ、あわわっ!?」


 ぎゅう! とピーチファルナを覆うように後ろから抱きつくレイ=レッドスプラッシュ。小柄なピーチファルナが漆黒の美女に包まれていく。


 まだまだ控えめなピーチファルナと違って、それはもう自己主張の激しい胸部が背中に当たる。柔らかさをこれでもかというほど伝えてくる。


「すぱんって切ったでごぜーますねっ。あんなに鮮やかにケルベロスを倒せるなんて、本当凄いでごぜーますっ」


「い、いや、あれくらい大したことないって。第三章のような初級魔法なら使える冒険者はいっぱいいるだろうし」


「そんなことないでごぜーます。さっきのピーチファルナちゃん、とっても格好良かったでごぜーますよ!」


「そ、そうかな?」


 なんだか照れ臭くなって、レイの腕の中で身体をよじらせるピーチファルナ。その仕草がツボにハマったのか、レイの両腕に力が入る。ぎゅうぎゅうとくっつく。


「え、えへへ」


 蜜のように甘い匂いに包まれて、茹だったようにぼんやりとしながら、ピーチファルナはむず痒そうに、それでいて嬉しそうに笑うのだった。

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