第三章 はじめましてなのだと覆い隠しての邂逅
「は、ははは、ははははは!! 最高、最高です、ひゃっはーっ!! なにこれやばいもうこれ最高ですう!!」
街の片隅、空き地に歓喜に満ちた叫びが響いていた。
ケファミア。
白銀のツインテールや漆黒のマントを靡かせながら、刃こぼれが目立つ剣を縦横無尽に振り回す。
一撃一撃が何倍もの体躯の魔獣を両断するほどの威力を持ち、しかも連続した斬撃の嵐にて回避の幅を狭めて、防御の隙間を広げて、最後には防御の隙間から敵を狙い裂く連撃としての技術の高さも誇っている。
だというのに、だ。
ガギガリガンギンガガギィン!! と金属音が連続する。回避の幅を狭め、防御の隙間を広げ、その隙を狙う猛威を、しかし相手は的確に対処しているのだ。
ちなみに。
相手はくたびれた中年男性、つまりはピーチファルナの父親である。
「はぁ、なんであれだけシメたのにもういつも通りなのさ。ああ、脳筋だからか」
「おおっ、ケファミアもお父さんもなんか凄いっ。でもあれ怪我しないかな!?」
「ピーチファルナのお父上が受け身なだけあって、今のところは変に死闘に突入していないし大丈夫さ」
刃や身体が消えたり現れたりを繰り返している風に見えるほどの高速戦闘をピーチファルナとオリミアはわきで眺めていた。
太陽はもう真上にのぼっている。昼食時だというのに元気なものだと半ば呆れた目になっているのも無理はないだろう。
……世間話の中で家族の話題になったのが運の尽きだった。ピーチファルナが『お父さんは凄いんだよ! 冒険者として頑張ってるんだから!!』なんて言ったがばかりにこんな状況になっていた。シンシヴィニアは忙しそうということで、先にピーチファルナの父親に話を通すことになったというわけだ。
高速戦闘が途切れることはない。未だ魔法やスキルといった超常を抜きにしているばかりか、例の刃の幅を遥かに超えた破壊を撒き散らす斬撃すら放っていないのだから、これでも軽い運動程度なのだろうが。
「ねえねえおっ父様あ! どうして攻撃しないんですか、もっと熱くぶつかりましょうよ!! 強く、激しく、もっともっとですう!!」
「…………、」
対して。
ピーチファルナの父親はぶっきらぼうにこう返した。
「必要ない」
「……、へえ」
あくまで娘に頼まれたからこうして勝負に付き合っているだけで、娘と同じくらいの歳の女の子に攻撃なんてできないから攻撃なんてものは『必要ない』、というだけの話だった。そんなの、伝わるわけがなかった。
「はは、そうですか。攻撃する必要も見出せないくらい実力差が開いているとでも言いたいんですか、そうですかそうですか。そうやって余裕しゃくしゃく受け身で十分攻撃なんてしちゃったら死んじゃうもんね的に見下しているんですね、そうですか、ああはいそうですか。ははははは!! ぶった斬るッッッ!!!!」
ゾッパァァァン!!!! と。
凄まじい轟音が炸裂した。
あまりの威力に刃の幅を遥かに超えた亀裂を生み出す『本気の一撃』は、しかしするりと父親を避けるように軌道が歪み見当違いの方向に流れる。
エネルギーのベクトルを誘導することで直撃を回避する技術。単に剣で弾いたり、受けたりするのではない。軌道、炸裂点、力の内蔵量などを計算し尽くした斬撃をぶつけることでケファミアの本気を的確に受け流したのだ。
「な、ん……ッ!?」
「まだ、続けるのか?」
ケファミアには挑発にしか聞こえなかった。
父親にとってはもちろんそんなものではなかっただろうが。
「上ッッッ等です!! 絶対、絶対絶対絶対にい!! ぶった斬ってやります!!!!」
「……、シンシヴィニア様といい、剣を振り回すのが最近の女の子のブームなのか?」
さて、父親が困ったように眉根を寄せていることに何人が気づけたか。なんというか、不器用な男であった。
ーーー☆ーーー
「うう、ケファミアもお父さんも怪我しなきゃいいけど、大丈夫かなあ?」
街道を歩きながら、ピーチファルナは思わず呟いていた。今は一人である。ケファミアもオリミアも父親もそばにはいない。
昼食時だというのに無駄にハッスルしているケファミアが落ち着いたらご飯にしようということで買い出しに出ているのだ。オリミアがいないのは万が一ケファミアがやり過ぎそうになった時に力づくで止めるためである。
一応オリミアも冒険者の端くれではあるので、割って入ることで頭にのぼった血を冷ますことくらいはできるのだ。ケファミアの武者修行に付き合う形で女二人旅をこなせる程度の力はあるということだろう。
と。
その時だった。
カツン、と。
やけにはっきりと耳に届く足音が一つ。
街道にはぶつからないよう気をつけようと思うくらいの人混みはあった。ゆえに足音なんてそこらじゅうから響いているというのに、なぜかたった一つの足音だけが耳に残ったのだ。
音源は後ろ。
振り向き、そして──じゅわり、と甘い蜜のような匂いが漂ってきた……気がした。
「あ」
美しい女が立っていた。
黄金のごとき鮮やかな金髪、深淵に揺蕩う闇のごとき深き瞳、鎧さえも貫く鋭利な槍のごときスレンダーな身体。
シンプルな漆黒のドレスを身に纏う彼女から甘い蜜のような匂いがした気がしたのだが……それも一瞬のことだった。今は何も匂わない。どこかの店からでも蜜の匂いが流れてきた、のだろうか?
いいや。
彼女からは甘い匂いがするものだと思い込んでいた……気がする。なぜかは不明だが。
「はじめまして、と言うべきでごぜーますかね。きちんと頼るべきなんでしょうが、今はまだはじめましてとだけ言わせてほしいのでごぜーます」
「ええと、あれ? もしかしてわたしに声をかけてます!? じゃなくて、いますですでございますでしょうか!?」
レイ=レッドスプラッシュ。
ピーチファルナのような庶民でも知っている有名人。そう、あのレッドスプラッシュ公爵家のご令嬢である。しかも第一王子の婚約者であり、未来の王妃となることが決まっているほどである。
背筋をピンと伸ばして、とにかく敬語的アレソレを並べればそれっぽく聞こえるはずとヘンテコな語尾で誤魔化そうとしているピーチファルナを見つめて、天の上のご令嬢はゆっくりと笑みを広げていった。
「くふふ☆ ええ、貴女に声をかけたでごぜーますよ。それと、そんなに畏まった話し方をしなくともいいでごぜーます。いつも通りでいいのでごぜーますよ」
「そう? 後で問題になったりしない???」
「なるわけないでごぜーます。ごちゃごちゃ騒ぐ奴がいたなら、私が黙らせてやるでごぜーますよ」
「なら、まあうん。あんな変なの疲れるし、いつも通りでいいって言うならそうしようかな」
それより、と。
漆黒の美女を見つめ、ピーチファルナはコクンと首をかしげる。
「貴女、確かレッドスプラッシュ公爵令嬢様だよね? 『蠅の女王』が空に映し出す行事の映像とかで見たことあるし。そんな人がわたしに何の用?」
「そうでごぜーますね」
ほんの僅かに何かを迷うように眉根を寄せるレイ=レッドスプラッシュ。とはいえそれも一瞬のこと。気がついた時には甘く微笑み、手を差し出していた。
「私、この街に遊びに来たのでごぜーます。とはいえこの街に来たのは初めてだから、できれば案内役を務めてほしいのでごぜーます。いいで、ごぜーますか?」
「ん? わたしでいいなら、うん。大丈夫だよ!」
ぎゅっと。
差し出された手を何の躊躇もなく掴むくらいには積極的な反応を見て、レイ=レッドスプラッシュは嬉しそうに苦しそうに、どうにも一つの感情では表現できない表情を浮かべていた。




