幾度となく挑みし軌跡
『レッド、スプラッシュ公爵令嬢、様?』
『ふん、小娘ごときが軽々しく話しかけるんじゃないでごぜーます』
ぐるぐる、と。
まるでいびつな円を描くようなものだった。
『ケファミア、オリミア、わたしレッドスプラッシュ公爵令嬢様と知り合っちゃった! いやあ、わたしみたいな庶民が天の上の人と会話できる日がくるなんて思わなかったよ、うんうん』
『いや待ってください、ピーチファルナっ。レッドスプラッシュ公爵令嬢ってロクな噂聞いたことない気がするんですが、酷いことされたりしなかったですか!?』
『軽々しく話しかけるなって言われたくらいかなあ』
『し、心臓に悪い……なんでピーチファルナって無駄に積極性があるのさ?』
いつか、どこかで。
交わり、繋がっていた。
『シンシヴィニアちゃーん、あーそーぼーっ!!』
『わらわ、これでも領主の娘なのですわよ? せめて敬語を使うくらいすべきですわよ?』
『今更シンシヴィニアちゃんに敬語使って距離を取れとでも? そんなことできるわけないって!!』
『まあ今更ピーチファルナがわらわに敬語使っているほうが違和感ありまくりですが、それはそれですわよ! こういったことはきちんとしておくべきで──』
『うるうる』
『そっそんな涙目で見上げてきたって発言は撤回しないというか、そもそも口でうるうるとか言ってる時点で嘘泣きなんですわよね!?』
『うるうるっ』
『う、ぐうう! わかったわかったですわよ!! 好きにすればいいですわよ!!』
『やったっ。……それにしても、あれだね、シンシヴィニアちゃんってばちょろいよね』
『なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたんですわよ!!』
では、『今』は?
『レイさーん!! 大好きーっ!!』
『ごぶ、べぶばふっ!? ぴ、ピーチファルナちゃんはどうしてそう積極的なのでごぜーますか?』
『好きなものは好きだし、我慢する理由がないの! 好意は伝えてこそだよ、レイさん!!』
『そういうもので……ごぜーますか』
『というわけで、はいっ! レイさんも素直に言っちゃおうよ!!』
『…………、ちょっと時間が欲しいでごぜーます』
『ええー? 答えはわかりきってるのに、なんで焦らすんだよーっ!!』
『だっ誰かを好きになったのこれがハジメテでごぜーますから、そういった触れ合いをするのにも心の準備が必要になってくるのでごぜーますよお!!』
『私だってレイさんに対する「好き」はハジメテのことだよ、こんにゃろーっ!!』
『な、え、えええ!?』
『う、うおおお、なんかすっごく顔が熱くなってきた!? これはもうレイさんにも言ってもらわないと割に合わないよね!!』
『いや、ええと、ピーチファルナちゃん、待ってほしいでごぜーますっ!!』
『やだ! 答えは分かってるけど、それでもレイさんの言葉で言ってほしいもん!!』
『う、うぬう……。わ、私も、その、ええと……ピーチファルナちゃんが好きでごぜーます』
『…………、』
『なっ何か言って欲しいのでごぜーますが!?』
『う、うへへえ。そっかぁ、レイさんはわたしが好きなのかあ』
『ちょっ待っなんでいきなり抱きついてきたのでごぜーますか!?』
『えへ、えへへっ。何度聞いてもいいものだね、これ。よおし、レイさんキスしようよキスう!!』
『ぶふべぼばふ!? なんでそうピーチファルナちゃんは積極的なのでごぜーますか!?』
『むう。嫌なの?』
『いや、それは、その……嫌じゃないでごぜーますが』
『じゃあいっちゃおーっ!!』
『待っ待つでごぜーますだから心の準備が、んむう!?』
矛盾する繋がりは、しかし確かにそこにあった。
『今』どうなっているかは知っての通りではあるが。
ーーー☆ーーー
『魔の極致』。
人間よりも遥かに強大な力を持つ魔族の中でも上位ランカーを指す名称である(どうやら『旧』やら『新』やらとあるようだが?)。
魔法一つとっても人間のそれが霞んでみえるほどであるばかりか、スキルに至ってはありとあらゆるものを消し去るなんて幼児の妄想を具現化したような暴虐を平然と持ち出してくるほどである。
それほどまでに強大な力を『持っている』からこそ、だろうか。いつかどこかの時間軸、『今』よりも六百年ほど前の大規模な戦争後の混乱期、どさくさに紛れて一つの国家の頂点に君臨した『魔の極致』第七席は退屈していた。
(くだらない『衝動』は私が作った『ハニートラップ』で封殺できたでごぜーます。だからといって何かが変わったわけでもないのでごぜーますが)
女王というものはある種の憧れであるらしい。だからなってみた。それこそ明日の夕飯は焼肉にしよう、程度の軽いノリで一国の頂点に君臨できるだけの力があるからこそ、彼女は『魔の極致』と呼ばれているのだろう。
(どいつもこいつもちょっと手を加えれば簡単に傅くものでごぜーます。ゆえに女王なんてなるのは簡単で、まあその程度でごぜーますよね。退屈、退屈、ああ退屈でごぜーます)
魔法道具『ハニートラップ』を代表として、彼女は『魔法みたいなオーバーテクノロジー』を生み出すことができるスキルを持っている。
スキル『玩具錬金』。
土くれさえあれば望む効果を宿す道具を生み出すことができるスキルである。
とはいえ万能というわけでもない。
生み出された魔法道具は魔力を動力源とするため、あらかじめ充填しておいた魔力が切れると効果を発揮しない。つまり定期的に魔力の充填が必要である。
加えて魔法道具には必ず制限が付加されている。
望む効果を宿す道具を生み出すことはできるのだが、その道具には必ず何らかの制限がかけられることになる。
例えば『ハニートラップ』。
無自覚を埋め込む効果を発揮するには二つの条件を達する必要がある。
一つ、『ハニートラップ』から分泌される甘い匂いを嗅がせること。その匂いを体内で変異させることで体内環境を狂わせ、無自覚を埋め込んでいるからだ。
一つ、甘い匂いを感じさせないこと。本来の意味でのハニートラップがバレたら効果を発揮しないように、魔法道具『ハニートラップ』もまた対象に甘い匂いがバレてしまったら効果を発揮しない。とはいえ魔法道具という名称らしく超常現象によって匂いそのものを感じさせないようにしてはいるので、それこそ超常を無効化するなんて反則でも持ち出さない限り、対象が甘い匂いを感じることはないだろう。
現に魔法道具『ハニートラップ』は存分に効果を発揮した。無自覚に引っ張られる形で行動を操作可能なのだから、個だろうが群だろうがいかようにも支配することができる。
『魔の極致』第七席は国家の頂点に君臨した。
だからといって、満たされるとは限らないのだが。
『こんなの、いらないでごぜーますね』
だから、だろうか。
『持っている』からこその、贅沢な悩みだったのか。
簡単に手に入るからこそ価値が見出せないのならば、簡単に手に入らないようにすればいいと考えた。
すなわち、捨てたのだ。
国家の頂点という地位、なんてレベルではない。それだけの地位を確立できるだけの『力』の源たる肉体を捨てたのだ。
この日、初代女王ベルゼ=クイーンエッジは肉体を捨てることで『持っている』力の全てを失った。世間では『蠅の女王』を構築するために肉体を捧げることで、悪が蔓延ることのない世界を作ろうとしたなんてことになっているが、そんなものはベルゼ=クイーンエッジという『力』を有効活用したかった当時の国家上層部が捏造したものでしかない。
ベルゼ=クイーンエッジが望むは一つ。
空虚な一生を変える『何か』を手に入れること、それだけである。




