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第三話 身体が熱くなる理由は

 

 ピーチファルナは食いしん坊である。

 今でこそお金がないため我慢しているが、両親が健在だった頃は年頃の男の子よりもたくさん食べるほどだった。そのため今の質素な食事では到底足らず、常に空腹のようなものだった。


 つまり何が言いたいかと言うと。

 気がついたら自分に用意されていたステーキどころかレイ=レッドスプラッシュのステーキまで食べて、しかも追加で五皿ほど平らげていた。


 一切れでピーチファルナが何年も何十年も働いてようやく手が届くかどうかといったレベルの、同程度の重さの宝石よりも遥かに高級なお肉を、である。


 食後のデザートまで(レイに『あーん』してもらう形で)平らげたピーチファルナの口からふへえっと気の抜けた声が漏れる。しっかりと完食してから、ようやく自分が何をやったのか認識が及んだ。


「……、あれ? わたし、あれ、あれれ!?」


 積み重なった皿、そして金欠のせいで満足に食事をとることもできず空腹に苛まれていたお腹の充足感。何をやったのか、すぐにわかった。


 じゅわり、と粘着質な蜜が絡みつくような匂いを滲ませながら、レイが口を開く。


「満足でごぜーますか?」


「あ、はい、それはもう。じゃなくて! うわ、わたし、わわっ、食べちゃった、なんかメッチャいっぱい食べちゃったーっ!! これいくらするのっていうか少なくとも払えるわけないじゃんどうしよう!?」


 それこそ金銀財宝を貪ったに等しい行いだった。いくら常にお腹が空いているからといって、いくら思考が吹っ飛ぶくらい美味しいお肉だったからといって、考えなしにもりもり食べていいものではないというのに。


 今更ながらに背筋に悪寒が走るピーチファルナ。

 小動物みたいに震える少女を見つめ、恵まれに恵まれた美女はくすくすと静かに笑い声をあげる。


「奢りと言ったでごぜーますよ。ですからそんなに心配する必要ないでごぜーます」


「いや、でも、これ絶対高くて、わたしばっかり食べたのに全部奢りってのは……」


「ちなみにここのステーキ、一皿で民家をダース単位で購入できるくらいの値段でごぜーますけど……払えるでごぜーますか?」


「あわ、あわあわあわ……っ!!」


 一皿でダース単位の民家を買い占めるだけの金額、であれば何皿も貪った末の合計金額は?



「そんなの無理に決まってるよお! お願い奢ってえ!!」


「ええ、もちろんいいでごぜーますよ。というか、はじめから奢ると言っているでごぜーますしね」



 完全に涙目で叫ぶピーチファルナを見つめ、氷が溶けるようにじんわりと笑みを広げるレイ。蜜のように甘い匂いを漂わせて、ぐいっと身を乗り出した公爵令嬢の手が伸びる。


 ぷにゅ、と。

 右の頬へと人差し指ですくい上げるように触れて、一言。


「かわいいなぁ」


「は、はひっ!?」


 領主の娘に向けていた、凍えるような雰囲気などどこにもない。甘ったるく蕩けるような雰囲気だけが噴出していた。心からの言葉だと、本当にそう思っているのだと、言葉の端々から滲む甘さが伝えてくる。


 頬をぷにぷにしている人差し指からはひんやりとした冷たさを感じているはずなのに、触れられた箇所から熱が走る。広がる。


 のぼせ上がったように全身が熱い。

 身体の調子がおかしいと、ピーチファルナの茹だった頭をよぎる疑問。


 ああ、これは、



(めちゃんこ高いお肉食べたせいだ!? あまりにも場違いというかふさわしくないというか身の丈にあっていないというか、とにかく高すぎるもの食べちゃったせいで身体がびっくりしてるよお!!)



 …………。

 …………。

 …………、少なくとも、ピーチファルナはそう結論づけた。



 ーーー☆ーーー



 土下座であった。

 もうピーチファルナにできることといったら、誠心誠意謝ることくらいだった。


「ほんっっっとうに! ごめんなさい!!」


 ダース単位の民家を買い占めることができるほどの肉をしこたま貪ったのだ。いかに奢るつもりであったとはいえ限度がある。そこらの安い肉ではないのだ。アホみたいに貪ることを前提とした値段設定をしてはいないのだ。


「もういいでごぜーますよ」


「でもっ!!」


「本当に気にする必要ないでごぜーますよ。お金よりも価値あるものを見せてもらったでごぜーますから」


「え……?」


「幸せそうな笑顔でお肉を食べるピーチファルナちゃんを見れたでごぜーますもの。その笑顔に比べたら、ステーキ代なんて微々たるものでごぜーますよ」


「いや、でも……申し訳なくて。あのっ、何かわたしにできることあるかなっ、じゃなくて、ええと、ありますでございますでしょうか!?」


 今更ながらに公爵令嬢が相手だと思い出したピーチファルナ、渾身の敬語であった。それっぽい語尾を繋げれば繋げるだけ敬う感じになるんじゃないか、と考えた末であった。


「わたし、その、わたしにできることならなんだってやるですわよでございますですわ!!」


「…………、」


 しばし困ったように眉根を寄せて。

 レイ=レッドスプラッシュはこう告げた。


「とりあえず普段通り話してほしいでごぜーますね」


「ぅえ!? でも公爵令嬢様だしきちんとした言葉遣いしないと不敬ってヤツだし、ええと!」


「形だけの言葉遣いに意味なんてないでごぜーますよ。もちろん公的な場ではそれなりの形式に従う必要があるでごぜーますが、今は私的な場でごぜーますもの。言葉遣いなんて話しやすいようにすればいいでごぜーます」


「け、けど」


「私だって『ごぜーます』なんておよそ公的な場では使えないような語尾を使っているでごぜーます。ピーチファルナちゃんも気にせずに普段通り話してほしいでごぜーますよ。私、そっちのほうが嬉しいでごぜーますもの」


「……、分かりましたですます、じゃなくて」


 ぱちん、と軽く両頬を挟むように叩き、ピーチファルナはゆっくりと深呼吸を一つ。


 そして、


「分かったよ」


「くふふ☆ やっぱりかわいいなぁ」


「まっまたかわいいって、うううっ」


 ぱふん! と顔を真っ赤にしたピーチファルナを見つめて、やっぱりかわいいなぁ、とレイは蕩けるような笑みを広げていく。

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