ある令嬢の目標となった男との出会い
その日は午後に時間があったため、遠出をして魔獣討伐に繰り出していた。実戦でもって鍛えることでいざという時に貴族としての『義務』を果たすためにである。
山岳地帯の一角、麓に近い場所にて十メートルクラスのドラゴンが上空より急降下してくる所だった。その口が開かれ、ゴッア!! と猛火が放射される。
魔力による炎、ドラゴンブレスを前にシンシヴィニアが縦ロールを靡かせながら魔法陣を展開、水の槍で吹き散らそうとした、その時。
だんっ!! と。
猛火へと飛びかかる影が一つ。
その影は拳を握りしめていた。民家をダース単位で焼き尽くすドラゴンブレスへと拳を叩きつけたのだ。
何らかの魔法を使っていたのではない。
武具や防具の特性を底上げする不可視のエネルギー『技術』を纏っていたわけでもない。
スキル。
基本的には先天的な超常でもって灼熱の一撃はぱちゅん!! と霧散したのだ。
『な、んですって!?』
これはその後知ることであるのだが──逆に言えば知ることができるだけの付き合いとなるのだが──先の現象は魔法や『技術』、スキルといった超常を一律で無効化する力である。
スキル『虚像打破』。力の大小を無視して作用する、超常無効化能力の使い手は灼熱の猛火を殴り、吹き散らした時には腰の剣を抜いていた。ギラリと陽光に照らされし刃へと不可視のエネルギーを凝集、『切断』という特性を底上げする。
『技術』。
不可視のエネルギーを片手に猛烈な勢いで迫り来るドラゴンと対峙する。
『ガァアアアッ!!』
『ふっ!!』
交差と共に全ては決した。
ありきたりな刃が十メートルを超える異形を軽々と『切断』したのだ。
ズズン……ッ!! と地震と錯覚するほどの振動を炸裂させながら左右に切り分けられたドラゴンが落ちる。
遅れて地面に降り立ったその影は静かに剣を振るい、こびりついたドラゴンの体液を振り落としていた。
『な、なな……っ!!』
その影は何年も使っているのかくたびれたマントを羽織った中年男性だった。無精髭を生やした、酒場に入り浸っていそうな外見の男であった。
ドラゴンブレスの無効化。
ドラゴンを両断可能なほどの技能。
領地の治安を司る治安維持部隊の人間だってそこまでの力を持ち合わせている者は少ないだろう。
だから。
だから。
だから。
『何をしているんですわよ!? よもやわらわが通りすがりの力を借りねばならぬほど軟弱だとでも思っているんですわよ!?』
ノブリスオブリージュ。
『持っている』からこその『義務』。
逆に言えば『持っていない』のであれば、分け与えられるべきという思想である。そう、シンシヴィニア=セレリーンを助けるということは、状況を打破するだけの力を『持っていない』と判断されたと同義である。
あの程度の状況、シンシヴィニア=セレリーンでも対処できた。その力でもってドラゴンブレスを打ち破り、ドラゴンにダメージを与えるくらいはこなせたのである(一撃で倒せたとは言えないのが悔しい話でもあった)。
伯爵家の人間として、また将来の領主として、そのような不当に低い評価を受けるわけにはいかない。舐められないため、というのがノブリスオブリージュを掲げる理由の一つであるのだから。
対して中年男性はどこか困ったように眉根を寄せて、
『すまない。つい、手が出てしまった。ギルドからの依頼であったのならば、あのドラゴンはキミが討伐したということにしてくれていい』
『……っっっ!!!! 舐めて、いるんですわね!? そうやって分け与えるべきだと思うくらい下に見ているんですわねえ!!』
『む。待ってくれ。気分を害したのならば申し訳ない。決してキミの技能を下に見ているのではなく、だな』
やはりどこか困ったように眉根を寄せて、中年男性はこう続けた。
『キミが娘と同じくらいの年齢だったから、黙って見ていられなかったんだよ。私が力を貸すまでもないと分かってはいたのだがね』
それが彼との出会いだった。
ローラン。シンシヴィニア=セレリーンの縦ロールを仕立てることを許された数少ないメイドの一人であるレモンファルナの夫にして、ピーチファルナの父親であった。
ローランとレモンファルナ。
『あの人たち』は確かにシンシヴィニア=セレリーンの人生に深く関与していたのだ。




