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わたし、甘い蜜のような令嬢に溺愛されています  作者: りんご飴ツイン


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ある令嬢の日常だった光景

 

 シンシヴィニア=セレリーンは豪華な衣服を好んで身につけ、高価な料理を食して、豪勢な屋敷に住んでいる。とはいえ、度を過ぎて散財するわけでもない。ノブリスオブリージュ、貴族としてふさわしい生き方として『持っている』ものを消費しているに過ぎない。


 王様がみずぼらしい格好をしていては、国家そのものの評判に直結するだろう。つまりは、そのために。高貴なる血筋を受け継いでいるのならば、それに見合った生き方をしているだけなのだ。


 そう。

 全ては『周囲に合わせた』ものでしかない。


 シンシヴィニア=セレリーンがしたいからしているのではなく、するべきだからしている行為でしかない。ノブリスオブリージュ、そう、『義務』であるからだ。


 そんなシンシヴィニアでも、するべきという『義務』からではなく、したいからしてほしいと願うものもあった。


 数少ないわがまま、その一つ。

 毎朝、縦ロールを仕立てるのはメイドの中でもシンシヴィニア=セレリーンが指定した者が行うこととなっていた。


 過去の一幕、まだ『あの人たち』が生きていた頃、シンシヴィニアの縦ロールを仕立てるのはある中年女性のメイドの仕事であった。


『シンシヴィニア様、午後に暇があるからといってまた魔獣討伐に出かけるつもりかい? 伯爵家の人間であれば、矢面に立つことも少ないだろうに』


『ふにゅ、はふう。わらわには、「義務」があるもん。いざという、時……力がありませんなんて、言ってられない、んですわよ』


 シンシヴィニアは朝に弱い。

 そんな自分の弱さをさらけ出せる数少ない人物、それが中年メイドだったのだ。


『シンシヴィニア様は上に立つお立場なんだし、別に何でもかんでもできなきゃってこともないだろうに。ご令嬢が傷だらけになって魔獣討伐をこなして、いざという時の「力」を蓄える、なーんてやる必要ないと思うけどね』


 レモンファルナ。

 シンシヴィニアとは親と子くらい年齢の離れた中年女性であり、シンシヴィニアが生まれた頃から仕えてくれているメイドであり、シンシヴィニアとマトモに会話をするどころか会うことも少ない実の両親よりもよっぽど親だと思えるくらい様々なことを教えてくれた人物であった。


 例えば化粧の仕方を教わった、例えば花を使った冠の作り方を教わった、例えば男の胃袋を掴む料理の作り方を教わった、例えば喧嘩をした時にどうやって仲直りするべきかを教わった。


 おそらく特別なことなんて何もなかった。

 普通の家庭の、普通の母親が教えてくれるようなものだったのだろう。


 ゆえにその全ては貴族として必須の技能を押しつけてくるだけの家庭教師からは絶対に学べないものばかりだった。


 貴族として生きるには不要なそれらが、しかしシンシヴィニア=セレリーンにとってはどんな宝石よりも光り輝く価値あるものと思えた。


 ああ、そうだ、おそらく彼女にとってレモンファルナは親代わりだったのだ。


 貴族としての生き方を貫き、ロクに接してくれなかった両親に甘えられない分だけ、レモンファルナに甘えようとしていたのだろう。


『まったく、頑張り過ぎだよシンシヴィニア様。年頃の女の子なんだし、もっと楽しく遊ぶことも考えなくちゃっ』


『むにゃ。でも、わらわは貴族ですわよ。ノブリスオブリージュ、「持っている」からには、その分だけ「義務」を果たすべき、なんですわよ……』


『本当立派よね。うちの馬鹿娘とは大違いだよ。隙あらばぐーたら怠ける馬鹿娘にもちょっとは見習ってほしいわね、まったく』


 馬鹿娘、と。

 口ではそう言っておきながら、その声音は柔らかいものだった。件の馬鹿娘が愛されていることが存分に伝わってくるほどに。


『……むにゅう』


 シンシヴィニア=セレリーンは『持っている』。

 大抵のものは望めば望んだ分だけ人並み以上に手にできることだろう。


 だけど。

 そんなシンシヴィニアにも望んだって手に入らないものも存在する。


 あるいは『持っていない』のならば、誰かが与えてくれるべきなのではないか。ノブリスオブリージュ、余分に『持っている』ものを分け与えているのは、誰かが余分に『持っている』ものを欲していたのかもしれない。


 つまりは愛情。

 シンシヴィニアは人並み程度に愛して欲しかったのかもしれない。


 シンシヴィニアが生まれた頃から接してくれていた中年メイドに、どこにでもある家族の中に広がっている当たり前の愛情を与えて欲しかったのだ。


 レモンファルナの娘の立ち位置が欲しいわけではないが、その輪の中に入ることで余分な愛情を、シンシヴィニアが『持っていない』ものを与えて欲しかったのだ。


 ……もしかしたら、とっくに与えてもらっていたのかもしれないが、断言はできなかった。実際に言葉にしてもらわないと、判断をつける勇気が出ないからである。



 日常が崩れた『今』、もう二度と確認することはできない。

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