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わたし、甘い蜜のような令嬢に溺愛されています  作者: りんご飴ツイン


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点と点との繋がりは未だ見えず

 

 シンシヴィニア=セレリーン。

 セレリーン伯爵家が長女にして、ピーチファルナが住む街を含む一帯を支配する領主の娘である。


 貴族として、また未来の領主としての『義務』を果たせ、それが父親である領主の口癖だったか。言葉の通りに父親は領地のために尽力していた……のだろう。シンシヴィニアがそれを好ましく思わなかったのは単に彼女が理想主義者だったから……なのだろう。


 セレリーン伯爵家は国内に存在する四大派閥のうち、レッドスプラッシュ公爵家を頂点とする派閥に属していた。ゆえにレッドスプラッシュ公爵家からの命であれば、何だって聞き入れていた。あるいはそれこそが貴族としての『義務』なのだろう。世渡りの一貫、波風立てないために必要なことだったのだろう。


 ──領主の娘は、シンシヴィニア=セレリーンは絶対に受け入れられそうにないが。


(ノブリスオブリージュ。高貴なる身分であるならば、それにふさわしい生き方をするべきですわよ。わらわたち貴族は、いいえ『持っている』者は余分なものを周囲に分け与えるべきなんですわよ)


 おそらく父親である領主が伝えたかったそれと、領主の娘が考えるそれとは差異があるのだろう。だから領主は事態を静観しており、だから領主の娘は事態に介入しているのだ。


「が、ぁ、……ごぶべぶっ!!」


 街の一角にて仰向けに倒れるシンシヴィニア=セレリーンの口から血の塊が吐き出される。騎士の剣持つ者に胴体を盛大に叩き斬られたせいか、先程から出血が止まらない。


 それでも。

 シンシヴィニア=セレリーンはゆっくりと、だが着実に四肢に力を加える。


「あの、クソ女騎士め……今度会ったら、タダじゃおかないんですわよ」


 騎士の剣持つ者はすでに立ち去っていた。

 領主の娘としての『義務』の一貫として訓練や実戦で磨いて手にした暴力を剣の一振りで断ち切ったほどの怪物である。見た目ほど重傷ではなく、致命傷ではないことくらいは見抜いていただろうに、なぜかトドメを刺さずに立ち去っていったのだ。


 あの女が何を考えているのかは、シンシヴィニアには分からない。そしてそんなものはどうでもいい。


 ノブリスオブリージュ。

 貴族としての『義務』、それをシンシヴィニアは余分に『持っている』なら、それを分け与えるなりそれに匹敵する何かを果たすことと定義していた。


 ゆえに貴族は私財でもって慈善事業を行ったり、領地運営のために働く『義務』がある。


 全ては『持っている』から。

 余分に『持っている』なら、『持っていない』者に分け与えたほうが有意義ではないか。


 だから。

 だから。

 だから。



「わらわはいずれここら一帯を支配する女王ですわよ。そう、そうですわよ、ここら一帯全てはわらわの所有物なんですわよ!! それを、好き勝手貪りやがって……ッ!! 貴族の『義務』として差し出すのは当然? なわけあるか、クソが!! 何を分け与えて、何を所有するかはわらわが決めることですわよ。『持っている』からといって、何でもかんでも差し出すとでも思うんじゃないですわよっ!! 奪われたものは取り戻し、()()()()報いは受けさせてやるから覚悟しておくんですわよお!!」



 ぶしゅ、ぶしゅう!! と傷口から鮮血を噴き出しながらも、領主の娘は立ち上がる。『持っている』からなんだ。それは好き勝手に奪われていい理由にも、()()()()いい理由にもならない。


 ノブリスオブリージュ。

 貴族としての『義務』をどう果たすかはシンシヴィニア=セレリーンが決めることである。上から目線で押しつけられた『義務』に従う義理はない。


 そう。

 押しつけられたそれを良しとするか悪しきとするかはシンシヴィニア=セレリーンが決めることなのである。ゆえに支配者は決した、それは悪しきことであると。


 ならば罰する必要があり、抗う必要がある。

 ノブリスオブリージュ、貴族としての『義務』は決して『上』の言いなりとなれなんて安っぽい理屈ではないからだ。



 ーーー☆ーーー



 騎士の剣持つ女は街の外に出ていた。

 その手に握る剣は血に染まっていた。領主の娘を斬り、しかしトドメまでは刺せなかった。


 どこまでも中途半端。

 だが、そう、一時的に足止めができたならばそれでいい。


「オリミア……」


 街にはある噂が流れていた。


 ──なあ、聞いたか。女の騎士様が犯罪者庇って逃走中だとよ。


 件の女騎士こそ彼女であった。

 彼女は冤罪(と信じている)幼馴染みの少女を救うために剣を握ってしまった。本来であれば、女騎士の手で犯罪者たる幼馴染みの少女を捕らえなければならなかったのに、だ。


 ──聞いた聞いた。結構有名な騎士だってのに、何をやってんだかな。せっかく武勲を積み上げて、相応の地位を築き上げたってのに『不浄汚染罪』で犯罪者の仲間入りってんだろ。もったいねえ。


『不浄汚染罪』。

 くしくもレイ=レッドスプラッシュと同じような形で罪人と落ちた女騎士は、それでも幼馴染みの少女を救うと決めていた。


 だから、である。

 一時でもいい、犯罪者というレッテルを剥がし、国外まで逃亡できるだけの道筋ができたならば、後は辺鄙な田舎町にでも身を隠せばいい。


 そのための『お仕事』であった。

 追っ手を殺せと命じられていたが、その辺りはどうとでもできる。一時でいい、追っ手を無力化して、報酬として幼馴染みと自分の罪を冤罪という形で処理してもらい、後は『蠅の女王』の手が届かない国外まで逃げてしまえばいいのだ。


 だから女騎士は剣を握る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()追っ手どもを足止めする、なんてつまらない『お仕事』を果たさんとする。


 正義は犯罪者たる幼馴染みを救うために切り捨てた。であれば、どんな外道に落ちようとも幼馴染みだけは救ってみせろ。



 ーーー☆ーーー



 過去の一幕。

 袖が長いのか、ぷらんぷらんの余った袖を揺らす黄色パーカー姿の女エルフへと声をかける影が一つ。


『どーも、スカウトちゃんですよーっと』


『スカウト、カモ?』


『そうちゃんですよっと。「魔の極致」ちゃんって知ってる? ああいや()ってつけるべき??? ネフィレンスちゃんを筆頭とした「旧世代」ちゃんどもを遥かに凌駕した、「新世代」ちゃんの集まりだし』


『旧でも新でも何でもいいワケだけど、それが何カモ?』


『だーかーらー、新「魔の極致」ちゃんにご招待ちゃんってこと。今なら第四席の座をプレゼントちゃんしちゃうよ』


『四席、カモ? アタシも舐められたものカモ。世界最強こそアタシが掲げるべき看板なワケ。四番目なんかで済ませてやるワケないカモ』


『ええー? これでもプライドちゃんに考慮して四番目ちゃんということにしてるんだけどなー。将来性ちゃんとか諸々込みでの第四席ちゃん扱いなわけなんだけど、ここまで生意気ちゃんならそのプライドちゃんを一度粉々にしたほうがいいかもね』


『何が言いたいカモ?』


『世界ちゃんの広さを知るためにもこのあたし、新「魔の極致」ちゃんが第二席が叩き潰してやるって言ってるんだよ。相手ちゃん、してくれるよね?』


『いひひ。アタシ、売られた喧嘩は片っ端から買うことにしてるカモ』


『結構ちゃん。だったら、まあ、無駄に肥大化したプライドちゃん粉々にしちゃうから』


 瞬間。

 激突があった。

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