それは甘美な現実が吹き散らした苦い現実
「ネフィレンス、感謝するでごぜーます」
「別にいいわヨ。なーんか最近便利屋扱いされすぎて慣れちゃったしサ」
「ついでに、こうして助けて貰っておいてこんなこと言うのもどうかと思うのでごぜーますが……『魔の極致』第七席の座は返上するでごぜーます」
「ヘェ。どうしテ?」
「好きを見つけたでごぜーますから。ピーチファルナちゃん以外を私の中にいれておくのは不純で不誠実でおぞましいことでごぜーますよ。ほら、それ以外を持っていたら、その分だけ好きに向ける感情が減ってしまうでごぜーますもの」
「ハァ。勝手にすればいいでしょうヨ」
「くふふ☆ 随分と聞き分けがいいでごぜーますね。ここらで殺し合うのも覚悟していたのでごぜーますが」
「慣れたからネ。いやこんな展開に慣れたくはなかったんだけどサ。とにかく、抜けたいってんなら抜ければいいわヨ。まあ、でも、一つだけ覚えておくことネ。──そうやって愛でるのは、甘ちゃんな人間どもは嫌がるものヨ」
「確かにその通りかもしれないでごぜーますね。だから? そんなのどうでもいいでごぜーますよ。好きのためならなんだってやる、女の子なら誰だってやるべき当然のことでごぜーますもの」
「……、ハァ。もしかして『魔の極致』ってこんな奴ばっかりなワケ? よくよく考えれば第一席からして見てるだけでメチャクチャ重たいシ、第八席は女体化した自分の身体こそ最高の美だからと自分の肉体を模した土人形を量産して侍らせているシ、第五席はメイド長に一目惚れしたから近づくためにメイドになったり四六時中ストーキングしているシ、第九席は悪魔っ娘ヤンデレハーレムに追い回されているシ、第二席はネコミミに骨抜きにされているシ、今まさに第七席が女一人のために脱退したしサァ!!」
「よくわからないけど、ネフィレンスも大変でごぜーますね」
「ワォ、まさかそんなこと言うとは思ってなかったわヨ!! お前も頭痛のタネの一つだからネ!!」
「くふふ☆ これでも悪いとは思っているのでごぜーますよ。だからこそ、でごぜーます。このようにピーチファルナちゃん以外に何らかの感情を割り振ってしまうのを防ぐために切り捨てたのでごぜーますよ。ああ、不純で不誠実でおぞましいでごぜーます。今すぐ『魔の極致』としての私なんて切り捨てて、ピーチファルナちゃんのためだけの私になるでごぜーますからね」
「……、なんというカ、好きを得ても何も変わらないわネ、ベルゼ」
「変わるわけないでごぜーますよ。私は私でごぜーますから。ああ、そうでごぜーます。別にネフィレンスがどう呼ぼうがどうでもいいでごぜーますが、一応訂正を。今の私はレイ=レッドスプラッシュでごぜーますよ」
「ふぅン。まぁなんでもいいケド。ああそうそう『蠅の女王』貰っちゃっていいわよネ? 今のベル、じゃなくてレイには必要ないものだしサ」
「構わないでごぜーますよ。そもそも切り離して、自律的に動いているガラクタでごぜーますもの。懐柔できるのであれば、勝手に使い潰すでごぜーます」
ーーー☆ーーー
「ん、ぁ……ふぁ」
微睡みの中、レイ=レッドスプラッシュと誰かとの会話を聞いたような気がするピーチファルナは、ぼんやりと霞む視界にそれを捉えた。
つまりはレイ=レッドスプラッシュがボロボロな漆黒のドレスを脱いでいる光景を、それはもうバッチリと捉えたのだ。
「ひゃっ、ひゃふう!?」
記憶の端に引っかかっていた何かなんて即座に吹き飛んだ。よくわからない会話なんて思い返している暇があったら、ボーナスステージかくありな現実を直視するべきなのだ。
肌色が、真っ白な雪原さえも凌駕する無垢なる白が眼前に広がっていく。
「あ、ピーチファルナちゃんっ。良かった目が覚めたのでごぜーますねっ」
「え、あう、はうあ!?」
飛び込んできた。
シンプルな漆黒のドレスを剥ぎ取った、神秘性さえ感じさせる美が真正面から抱きついてきたのだ。
ふわり、と。
ピーチファルナと違って、それはもう自己主張が激しい胸部が直に感じられる。熱が、すべすべな肌から染み込んでくる。
ぽふんっ!! とピーチファルナの顔が爆発したかのように瞬間的に真っ赤に染まった。
「れ、れいひゃん、ひゃあんっ!!」
「ネフィレンスに治癒させたから大丈夫とは思うでごぜーますが、どこか痛い所とかないでごぜーますか? 大丈夫でごぜーますよね!?」
「あう、あ、ひゃ、い。大丈夫、だよ」
びくっびく! と痙攣しながら、あまりの衝撃にトロンと目を蕩けさせて、思考が完全にショートしているピーチファルナは疑問をそのまま口にしていた。
「それより、ネフィレンスって誰なの?」
「ネフィレンスは……あ、ああっ!? 私ってばこんな、ピーチファルナちゃん以外に感情を割り振っているでごぜーます! ごめんねピーチファルナちゃんっ、未だに切り捨てきれていない私を許して欲しいでごぜーます!! 今にでも、すぐにでも、ピーチファルナちゃんのためだけの私になるでごぜーますから!!」
「? ???」
そんな早口でまくしたてられても、至福の感触に思考がショートしているピーチファルナが認識できるわけもなかった。
まったくもって聞き取れておらず、微塵も理解できておらず、ただただ反射的に口だけを動かす。
よく分からないが、レイ=レッドスプラッシュが自分のために頑張ってくれているような気はしたから。
「ありがと……?」
「っ!! うん、うん、私頑張るでごぜーますからね!!」
甘い匂いはどこにもなく。
だけど甘い感触が広がっていく。
ドロドロとした幸せに頭の先から爪先まで浸って、沈んで、溶け込んで──奥底に蠢く何かは未だ見えず。




