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To my dearest〜想いの果てに〜

作者: 天之奏唄(そらのかなた)
掲載日:2019/02/16

YouTubeにも朗読作品として投稿した物語です。

 土曜日。

 賑やかなショッピングモール内。

 派手な看板やお洒落な壁のデザイン。

 中央通りの人混み。

 某モールに行けばよく目にする光景で、今までも何度も見てきた、見飽きた光景だ。

だけど、今までとは、少し違う。

 隣に、貴方がいるから。

「手、離さないでくださいね」

 僕は慣れない様子で貴方の手を握り、その人混みの中を進んでいる。

「…もう、ユヅキ君ったら緊張しすぎ(笑)ただのお買い物デートじゃない」

 先輩は軽々しくそう言うけれど、

「そのデートって言うことが緊張の原因なんじゃないですか!!」

 僕にとっては初めての彼女と、もちろん初めてのデート真っ最中なのだ。何をしたらいいのかもわからないし、それに、相手は一つ年上の部活の先輩。緊張するに決まってるじゃないですか。

「で、雑貨屋さんでしたっけ?」

 2階の渡り廊下に立てられている案内図の前に立って、僕は振り返る。

そこには、私服と化粧で色っぽく着飾られた先輩の姿があって、僕に応えて、その小さな口が動いた。

「そうそう。冬なんだし、部屋にも冬っぽい飾り付けをしたいからね?今日はその中の一つとして私が思いついた品を、後輩くん、君に奢ってもらおうと言う訳なのよ〜!」

 楽しそうにそう言う先輩は、着飾られているからかいつもより可愛く見えて、少し恥ずかしくなった僕は目をそらしてしまった。

 それをごまかすようにして、

「で、そ、その…先輩が言う品とは!?」

「いや、そんな盛り上がるようなものでもないんだけどね?」

 照れ隠しの焦りからか、尋ねる声が上ずってしまい、先輩も何だか苦笑していた。

「スノードーム、机に飾ろうと思ってね」

 今さっきとは違った落ち着いた声音で、先輩は品を言ってきた。

「スノードーム、ですか、いいですね!冬っぽいです!」

 僕は少し大げさにそう返した。すると先輩は、

「でしょっ!さすがユヅキ君、分かってるぅ〜!」

 と、嬉しそうに笑ってくれた。

 そんな先輩がやっぱり可愛くて、守ってあげたくて、僕はーー


『先輩、好きです』


 そう言わずには、いられなかった。

「んふふ…しってる」

 先輩は少し頬を赤く染めて、それでも、いたずらっぽく笑ってみせた。









 先輩に告白されたのは、3週間と4日前の事。

 美術部のグループLINEで会話している中、くるみ先輩から個人LINEで通知が来た。

『明日は部活休みだけど、ユヅキ君はなんか予定ある?』

「明日の予定、か」

 カレンダーに目をやって予定が開いているのを確認した後、僕は返信した。

『特にありませんよ(^^)』

 何か仕事でもあるのだろうか。しかも部活が休みの日に。

 明日は火曜日なわけで、何か買いに行くのだとしたら放課後になる。そんな時間帯に後輩である僕を連れ出すなんて、何かよっぽどの事でもあるのだろう。

 なんて一人で考えていると、先輩から返信が来た。

『明日の放課後、悪いけど文房具屋まで付き合ってくれる?』

 やっぱり、何か買うのだろう。

「『了解しました!』っと」

 僕はベッドにスマホを放り投げた。布団の上で一度バウンドしてからその場に収まったスマホを見届けて、数学のワーク広げる。

 それ以降のグループLINEの通知は無視して、明日提出のそのワークを終わらせることに専念した。

 その問題数とページ数を見て、改めて思う。

「ああ、これ、明日までに終わるのかな」


 翌日、結局ワークは終わらず、とりあえず途中までで提出してきた。

先生から、続きは残ってやれと言われたが、あいにく今日は先輩に買い物に付き合わされる予定があるので家庭事情だと言って断ってきた。

 下駄箱から見える、朝と比べて少し薄暗くなった校門に、スタイルのいいポニーテールの女性のシルエットがある。

「待たせてごめんなさい、先輩」

 小走りで向かって、そのシルエットに声をかける。すると、そのシルエットはくるりと僕に振り返って、顔を見せた。

「ううん、私も先生の雑用押し付けられてたから。それより、行こっ」

 ニコッと首を傾けて、優しく微笑む貴方。

 この後、平筆を買い、帰路を辿る途中で告白されるのだが、僕は、実は以前から、

 こんな優しい笑みを浮かべる貴方に、想いを抱いていたのかもしれない。







 彼女は基本、強気な正確だった。

 副部長を務めていて、部活の会議でもよく意見を出し、部長とも討論になったりと、とにかく、いつも一生懸命で、格好良かった。

 後輩には面倒見のいい性格で、僕に対しても、まるでお母さんみたいに接してくれる。僕にとって先輩は、所謂、癒し的存在だった。

 そんな完璧な、頼もしい貴方だったからこそ、僕は最後まで、貴方の苦しみに気付けなかったのだろう。





「…ここ、ですね」

 3階。

 雑貨屋の前まで辿り着き、分かっていはいたが、形だけ先輩に振り返ってみた。

「うん、ここ。たっぷり奢ってもらうからねぇ〜!」

 先輩は、悪戯っぽく笑いながら僕を追い越して先に店に入っていった。

僕も先輩の背中を追って、店内をめぐる。

 置物や食器、それによく分からない外国の品なんかも揃った独特な雰囲気を(かも)し出す店の奥で、先輩は目的の品であろうものを手にとって眺めていた。

「それにします?」

「えっ?あ、いや、ううん、違うの」

 横に並んでそう言うと、先輩はなぜか少し慌てた様子でそのスノードームを元の場所に戻した。

 定位置に戻されたスノードームの中では、家の前で男の子が舞い降りてくる雪を切なげに眺めている。

 表情が分かるくらい細部まで描かれた、綺麗なスノードームだった。

「私が欲しいのはこれ」

 さっきの2つ隣に置いてあったスノードームを手にとって、先輩はそれを一度ひっくり返して、雪を降らせるところを僕に見せつけた。

 変わったところは、さっきの男の子が女の子になったのと、周りが湖になっていることくらいだらうか。

 どちらとも、切ない表情でどこか遠くをぼんやりと眺めていた。

「5,600円……高くないですか?」

 底に貼られた値札を見て、ゾッとする。

「あれれ?初デートで彼女のほしい物を買ってあげられないの?後輩くん」

「いや、買えますけど…他のじゃダメなんですか?ほら、こっちのサンタのやつとか」

 僕は2つのスノードームに挟まれていた方を手にとって、先輩に尋ねる。

「嫌。これがいい」

 あっさりと断られてしまった。

「はあ……まあ、分かりました。初デートですしね」

 僕はそのスノードームを持ったままレジへと歩を向けて、途中で、

「そういや、他に何か買いたいものでもあります?」

 と、先輩を振り返った。

「ん〜、そうだなぁ。あの鹿の頭欲しい!」

「は〜い、レジ行きますよ〜」

 馬鹿みたいなことを言ってきたため無視してまたレジへと進む。

 後ろで先輩が笑いを堪えているのがひしひしと伝わってくる。

 全く、学校とは大違いだ。

 レジの店員さんからお釣りを貰い、店をでる。

服屋の角を曲がった先のエスカレーターに乗って一回に下った。

 その途中、急に先輩が話しかけてきた。

「これ、クリスマスプレゼントとして受け取っておくね。高い買い物しちゃったから」

 行きと同じ、落ち着いた声だった。

「自覚はあるんですね…いえ、大丈夫ですよ。クリスマスプレゼントは別に買わせてください。僕があげたい物を貰ってもらいますよ」

 そうだ。別に構わない。

「そう?じゃ、お言葉に甘えて……」

 きゅっと、左手の袖をつままれた。

「そういう話の流れじゃなかったですよね?」

「うん、これは別物。私がしたいからしてるの。嫌だったら放すけど」

 先輩は左肩から顔を覗かせて、僕の顔をのぞき込んだ。

貴方は僕をからかってるんですから、ここで目を逸らすと負けっぱなしですよね。

 だから、僕は。

「いえいえ。何ならね、こうして手を繋ぐことだって許せますよ?」

 袖をつまんだ先輩の左手を奪い、顔の高さで手を繋いで見せた。

「…あ、そう」

 今回は先輩が目をそらした。これで引き分けということにしておこう。僕が圧倒的に負けているのだが。 

 出入り口付近は比較的人口密度は低くて、出入りはしやすかった。

 自動ドアが開いて、外からの風が温まった体を一瞬で冷やして行く。

「寒いね」

「特に先輩、制服スカートですもんね」

「男子、ズボンずるいな」

「ズボンも、制服のは案外風を通すもんなんですよ?」

「生肌に当たらないだけまだまし」

「……そうかも」

 今は私服だから制服なんてどうだっていいはずなのに、僕らは無心にそう言い合って、最後はお互い、くすっと笑った。

「ユヅキ君、駅あっちだよね、送るわ」

 先輩が、学校にいる時みたいに優しく声をかけてくれて、一瞬、まるで今までの会話が嘘のように思えた。

「いえ、大丈夫ですよ。それに、バス停ここにありますしね。寒いのでここから乗って帰ってください」

 先輩はバス通学なので、僕の乗る駅まで来てからバスに乗るよりも、どう考えてもここで乗るほうが早く帰れるはずだ。

 それに、

「それに、普通はそういうの、彼氏にさせるもんですよ?」

 言い終わると同時に、目の前にバスが停車した。

「それでは、また」

 先輩は少し驚いたような、少し寂しいような微妙な表情をして、

「え、えぇ、またね」

 そう言ってバスの中に消えた。

 

 その背中が少し小さく見えたのは、きっと気のせいだろう。






 そうして次の日の放課後、珍しく先輩は部活に顔を出さなかった。

部長に聞いたところ、昨晩、中々先輩が家に帰らなかったらしく、彼女の両親が探しに行こうとした時に、市立病院から電話がかかってきたのだそう。

『先輩が路上で倒れていた』

と。

 一瞬、訳がわからなかった。頭を強く打たれた気がした。

 確かに、昨日は先輩との初デートでモールまで行った。先輩がほしいといったスノードームを買った。路上で倒れるなんてそんな予兆、何も感じなかった。

 あんなに元気で、楽しそうだったのに。

 なのに…

「どうして…」

 ぼそっと零すと、部長は絵の具セットに向けていた目をこちらに向けて、

「あいつ、昔から体弱かったんだ。何回か、こういうことはあったよ。路上でってのは今回が初めてだけどな」

 そう言った。

 あまり、深刻そうな言い方ではなかったが、それでも、路上で倒れるとまで行くと軽くはない。

「知らなかった…」

 僕が気を落としてそう言うと、部長は優しく、落ち着けるように、僕にとって悲しい言葉を言った。

「言わなかったんだろ、お前には」

「えっ…僕にはって…」

「付き合ってんだろ?あいつと」

 あれ、他人にはまだ知られていないはずだったのに。

「仮にもあいつはお前の先輩で、年上の彼女だ。後輩のお前には心配をかけたくなかったんだろう」

「心配だなんてそんなこと」

「お前はそう言うかもしれねけどよ、あいつにとっちゃ、そうじゃないんだ」

 …何も、言い返せなかった。

「…この後、お見舞い行ってきます」

 そう捨てて、僕はあまり気の乗っていない絵画に目を向けた。

 その絵は鏡にでもなったつもりか、僕の心情を映し出している気がした。




「まだ死なないよ、何心配してんの」

 包帯が巻かれているわけでもなければ、点滴が刺されていることもない。

先輩は、いつもの顔で病衣をきてベッドに横になっているだけだった。

「なんで、隠してたんですか」

 目で見える怪我がないからこそ、直視すると胸が痛くなって泣きそうになるから、僕は窓の外の光を失った空をぼんやりと仰ぎながら話を続けた。

「別に、隠してたわけじゃないんだよ?ただ、話すタイミングがなかったというか、話さなくてもいいかなっていうか…別に、そんなに重い病気でもなかったから…」

 先輩はそう言いかけて、でもそれから言葉を付け足した。

「…今までは、こんなことなかったから」

 先輩も、いつもみたいに楽しそうに話したりはしなかった。

 自分でも分かっているのだろう。今がいかに危険な状態なのか。笑っていられる状況なのかを。

「怖くないんですか、死ぬの」

 そんな言葉が、自然と口をついた。

 言い終わったあとに慌てて弁解しようとすると、先輩は首を横に振って、いつもみたいな優しい言葉をかけてくれた。

「だから、まだ死なないよ。…死ぬのも怖くない。というか、こんな状況でもまだ、死ぬってことが何なのか、分からないんだ」

「本当に、死にませんよね」

「本当に、死なないよ」

「絶対に?」

「絶対に」

 何度も何度も「死なないよ」を聞いて、先輩はこれからも生きていくんだという事を再認識させる。

 それでも、やっぱり苦しくて。息をするのが辛くて。

 そんな時、先輩が可笑しげに笑った。

「…それに、まだ君からクリスマスプレゼント貰ってないしね。貰うまで、死ねないや」

 それを聞いて、僕は一瞬、心が猛烈に熱くなった。目の奥も熱くなって、下瞼にギュウっと力が入る。

 だけどその力もかなわず、僕は…

「そうですね、クリスマスプレゼント、まだ上げてませもんね。貰ってもらいますよ」

 微笑みながら、先輩に隠れて涙を流した。



 そうして、それから一週間。

 先輩とは会えなくなった。

 医師に尋ねると、「面会謝絶」と言われた。

 僕は毎日彼女の病室を訪れては扉の外から話しかけ、返事が返ってくるのを何分も待っていた。

 だけど、僕がそうしている間、先輩が返事をした事は一度もなかった。

またもや医師に先輩の状態について尋ねたら、「ずっと眠っているようで、意識が戻らない」と。

 もしかしたら、そろそろお迎えが来てるんじゃないかなと考えた。

 先輩と付き合って4週間。デートの回数は一回。両想いの二人にとっては、まだまだ浅い日々だった。

 部活では部長も渋い顔をしていて、当たり前のことながら空気は重苦しかった。だから、部活は一時休んだ。

 段々と、何もかもが気怠くなってきていた。

 朝起きることが面倒くさくて、食事することも面倒くさくて、夜眠ることも面倒くさくて。生きていることも面倒くさくて。

 …死ぬことすら、面倒くさかった。

いや、ただ怖いだけなのかもしれないが。

 そうしているうちに、僕は家から出なくなった。もちろん、先輩に会いに行ってもない。そんな自堕落な生活を送りながら数週間。

 遂に、貴方が帰らぬ旅に出た。





 先輩の顔には白い布が被せられているだけで、まだ亡くなったということが理解できなかった。

 ただ、体から生気が感じられなかったから、もうここに、貴方は居ないんだって言い聞かせた。

 不思議なことに涙は出なかったし、むしろ笑いがこみ上げてきた。

 どこかで聞いたことがある。

『人は本当に絶望した時、ドン底まで堕とされた時は笑ってしまう』

 と。

 それが今なんだろうなとそんなことを考えていた。

 …いや、ただ単に、貴方のことを考えたくないが故の、現実逃避だったのかもしれないな。


 そして、先輩の遺体が病室から運び出された。

 今夜はお通夜にらるらしい。もちろん僕も出席する。

 とりあえず家に帰ろうと、先輩のご親族が病室を後にするのに僕も連なった。

 明後日はクリスマス。

 結局僕は、彼女にプレゼントを上げることができなかった。それだけは悲しくて、悔しくて、気がついたら僕は、帰路の途中で泣いていた。

 溢れて止まらない雫を止めようとして無理に空を仰ぐも、視界いっぱいに広がる綺麗な夕焼け空が皮肉に見えて、辛くなった。

「嘘つき…」

 僕はまた足元に視線を落として、今さっき瞼の中に溜まった雫で、ポタポタと地面に涙痕を残した。

 先輩、「まだ死なないよ」って言葉は、何だったんですか。



 そして次の日お葬式があって、最後に見る貴方の顔は、いつもの優しい表情のままだった。ただ、桶に入れられていて、起きなくて。人形みたいに綺麗な肌をしていて。本当の先輩はもうすでに、扉をくぐった先にいるのだと目を瞑った。

 明日から、僕はあなたのいない世界で生きていく。

 先に逝った貴方には、この苦しみは分からないでしょう。


 お葬式のあと、目を真っ赤にした先輩のお母さんから言われた。

「明日、うちに来てくれませんか」と。

 どうやら、先輩の部屋にあるものの中で、欲しいものがあれば彼氏である僕に持っていてほしいのだそうだ。これは先輩からの伝言らしく、どうも断る訳にはいかないらしい。まぁ、鼻から断るつもりはないのだが。

「分かりました」とだけ言って、僕は式場を後にした。

 

 お骨に限っては、もう先輩の面影なんて微塵もなかった。あれが今まで先輩の体を支えていたのだとしても、今となってはもう、意味を成さない。

 もぬけのから。

 けれども、別れは惜しくて仕方ない。本当ならば明日、僕らはクリスマスデートをしていたのに。僕の用意したプレゼントで、貴方は笑顔になるはずだったのに。

 それはもう、遠い空に空想として消えていったのだった。


 




「お邪魔します」

 12月25日。クリスマス。

 僕は、死んでしまった貴方の部屋で独り、貴方の私物を漁っています。

 あ、でも、安心して下さいね。タンスの中身は見てませんから。

 ベッドの上に並んだうさぎやクマの縫いぐるみを見て、頼もしかった貴方がこういうのが好きな人だったって事を初めて知ったり、使い古したノートの中身を覗いて、ぎっしりと書き詰められた英単語や漢字、数式を見て、やっぱり努力家のかっこいい先輩だと改めて思ったり。そんな感じだ。

 だけど、そのノートらが重ねてあった机の上に1つ、見覚えのあるスノードームと並んで、あの時のスノードームが置かれていた。

 僕が先輩に買ってあげたスノードームと、あの時先輩が手に持って見つめていたスノードーム。男の子が入ってるやつだ。

「どうしてここに…」

 言いかけたところで、部屋の扉がノックされた。

「はい、どうぞ」

 僕はスノードームを元の場所に戻した。

「ユヅキ君…だったかしら、どう、何か見つかった?」

 先輩のお母さんは、泣くのを我慢しているような、少しクシャッとした表情で部屋に入ってきた。

「はい、沢山。……とは言っても、特別な物じゃありませんけどね。ノートとか、筆箱とか…この、スノードームとか」

 僕はまた、2つのスノードームを手にとって、先輩のお母さんに向き直った。

「そう」

 先輩のお母さんは、そのあと少し俯いて肩を震わせた。

「どうかしましたか」

 僕が声をかけると、先輩のお母さんはとうとう、涙を流したくしゃくしゃの顔をして、このスノードームを指さした。

「それをね、貰ってほしいの…!!」

 僕も泣きそうだった。だけど、あえて冷静に。

 深呼吸をして心を落ち着かせてから、僕は尋ねた。

「どっちを、ですか…?」

 まるで唸るようにそう言って、喉の奥にぎゅっと力が入ったのを感じる。

「…両方、持っててくれるかしら。大切に、ずっと、持っていてほしい」

 その声はもう既に震えていて、恐らく先輩のお母さんは、知っているのだろう。

 この男の子が入ってるスノードームが、なぜ娘の、先輩の部屋にあるのか。

 僕には、それを聞く義務があった。だけど、今はよそう、とそう思い返して。

「分かりました」

 それだけ言って、スノードームを片方ハンカチで包んでから紙袋の中にしまった。中には、ノートも入っている。

「あと……」

 僕がしまい終わったタイミングで、先輩のお母さんがまた、声を出した。

手に持っているのは、手のひらサイズのメモ帳のようなもの。

「これ…私もまだ読んでないんだけどね。遺書、みたいなの」

「遺書……ですか」

 遺書、という単語を耳にした瞬間、何かがストン、と落ちるような感覚がした。

「分かりました。うちに帰って、読ませていただきますね」

 ここで読んだら、きっと泣いてしまうだろうから。

「それでは、おいとまさせていただきます。お邪魔しました」

 部屋の床に泣き崩れているお母さんに軽く頭を下げて、震える足を一歩ずつ、ゆっくりと踏んで階段を降りる。

 まるで、最後と言わんばかりの心境だった。 

「お邪魔しました」

 玄関でもう一度頭を下げて、先輩の家を後にした。






 家に帰って、一通りの荷物をベッドの上に丁寧に並べた。

 ぼんやりと眺めていると、まるでそれらを、今も目の前で貴方が使っているかのような錯覚を覚えて胸が苦しくなる。

「あっ、そうだ」

 遺書。

 先輩が死んでしまう前に綴ったであろう遺書を読まなければ。

 それが、先輩の彼氏であった僕の義務だろうから。

 そうして僕は、紙袋から渡されたメモ帳を取り出した。表紙には、『ユヅキ君が最初に読んでください。』と書かれている。

「なんで僕なんですか、先輩…」

 乾いた笑みをこぼして、僕はメモ帳の文字をなぞり始めた。





 今まで私を支えてくれた沢山の人達へ。

 私はもう、長くないと思います。だから、伝えられなかった想いをここに綴ろうかなと思い、書きました。

 今更…って感じですよね。でも、そんな今更の話を、聞いてほしいのです。

貴方と出逢えて、本当に良かった。

 

 お母さんへ。

 産んでくれてありがとうね。本当に、沢山の出会いに恵まれて、幸せな人生でした。まさか、私がこんな病気になるなんてね。初めは慣れなかったけど、少しずつ慣れてきて良かったです。こんなに酷くなるとは思わなかった。しんどい思いをして産んでくれたのに、こんなに呆気なく死んじゃってごめんなさい。私も悔しくてしょうがないです。

 愛してます。


 お父さんへ。

 お母さんと出会ってくれてありがとう。小さい頃私の頭を撫でてくれたあの感覚、死ぬ間際になって思い出しました。大きな手が、力加減もなくくしゃくしゃに頭を揺らすんです。そりゃあ、女の子からしたら髪が乱れるから嫌で仕方なかったですよ。でも、今はそれが恋しいです。死ぬまでにまた、お父さんに頭を撫でてもらいたいな。そんなことを思ってます。

 思春期になって、お父さんの優しさを理解しないで怒ってしまい、本当にごめんなさい。本当は、とっても嬉しかったです。優しいお父さんでいてくれてありがとうございました。お母さんを宜しくね。

 愛しています。


 今まで優しくしてくれた皆へ。

 私なんかと仲良くしてくれてありがとう、なんて、ありきたりな言葉、いらないよね。

 皆、口を揃えて「頼もしいね」なんて言うけれど、実は私は、そんなに頼もしい人間じゃないです。すごく寂しがりやだし、本当は、いつも周りからのプレッシャーに耐えていた。そう、頼もしい自分でいなくちゃって。

 だから、ごめんね。

 みんな私を心配してくれたのに、私はそれに、素直に応えることができなかった。本当は、もっと皆を頼りたかった。だから、ごめんなさい。

 皆、大好きだよ。


 最後に、ユヅキ君へ。

 君は、彼氏としては少しか弱い存在だったよね、うん。

 体格なんてひょろっとしてるし、なんか弱そうだった。私は君の、どこに惚れたんだろうって不思議なくらいです。

 あはは、そう落ち込まないでよ、少しからかっただけ(笑)

 私が本音を伝えることができたのは、君だけだった。

 私は人生の中で、君が3番目に好きだ。

 1番と2番はは上げないよ?お母さんとお父さんだからね。だから君は、3番目。ヤキモチ焼いたって無駄だからねーだ!(笑)

 なんて、元気に書く気力も、もうなくなってきてるんだけどね。

 ユヅキ君には、別に書かなくても伝わってる事が多いだろうから、余計なことは書かないね。私の気持ちくらいは、彼氏として察してね。

 それで、彼氏である君には、約束してほしいことがあります。

 嫌だなんて、言わせません。

 1つ。

 きっと、お母さんから貰ってるよね、2つのスノードーム。これは、男の子と女の子が背を向け合うようにして飾っていてほしい。必ず、2つセットで。 

 何を表しているかは当ててみてね!

 2つ。

 私の部屋の本棚の奥は、何があっても絶対に見ないように!!趣味がバレると恥ずかしいから。って言うと、君はきっと見ちゃうんだよなー?

 忘れるなよ、私は天から見てるんだからな?(エッヘン)

 3つ。

 …私の事なんか忘れて、新しい彼女作って、子供も作って、幸せな家庭を築いてください。普通の生活をしてね。お金持ちじゃなくていいし、別に特別なんかじゃなくていい。ただ、幸せに、楽しい人生を、家族皆で送ってください。

 4つ。

 生まれ変わった私に、会いに来てください。それから、忘れてください。

私も、頑張って貴方を見つけるから。絶対に、見つけるから。

 カップルの絆があれば、こんなの余裕だよね。

 

 君なら、守れるよね。信じてるよ。

 もう少しで終わるから、これも聞いてくれないかな。

 私は、君の先輩、つまり年上でありながら、君のことが大好きでした。それは、死んでからも変わりません。あなたを愛しています。

 クリスマスプレゼントは別で買ってくれるって言ったじゃない?あれ、実はすごく楽しみなの!クリスマスまで生きてられるかは不安だけど、私、頑張るから。きっと最後に、喜ばせてね。

 そうそう、それで。あの男の子の入ったスノードーム。あれは私から君へのクリスマスプレゼントでーす!メリクリ!!

 本当は、交換してお互いの机に飾っておくつもりだったんだけどね、それは叶わないだろうから、2つとも君に託します。宜しくね。

 それじゃあ、最後。

 まだ死なないよ、なんて嘘ついて無駄に安心させたりして、本当にごめんなさい。死ぬ前に、君と、キスくらいはしたかったな。まだ誰も、私のファーストキスを奪ってないから。

 だから、これから生まれ変わった私にあったら、きっとキスしてね。

 ユヅキ君、あなたを心から愛しています。

 今までありがとう。






 ぽつ、ぽつ、と、足元に雫が滴った。

 こんなのずるいじゃないですか、先輩。

 何がずるいかなんて聞かれたら、明確に答えられる自信はない。が、少なくとも、こんな形で、先輩だけ想いを伝えて去っていくのは、とにかくずるいと思う。

 僕だって、心から先輩を愛していました。

 初めての彼女だったってこともあるけれど、それよりも、貴方との未来も考えるほど、僕は没頭して貴方のことばかり考えていたから。

 貴方しかいないって、そう思っていた。だけど、そのあなたはいなくなった。今の僕に、一体何が残るというのだろう。

 今なら、軽く死んでしまえるような気がした。

 …だけど、それはできない。貴方と、たった今約束をしたから。

 だから、僕は貴方に支えられながら、これからも生きていこうと思う。忘れることなんて、できない。これは先に、約束を破ることを宣言しておこう。

 これから先、すぐに立ち直れるとは思わない。だけど、それでも、あなたが望んだ通り、幸せに生きていこうと思う。

 見守っていて下さいね、くるみ先輩……。





「おぉーミサキ、良く出来たなぁ!」

 あれから?16年が経って、俺は32歳になっていた。

 彼女の死から、もう随分と経ったはずなのに、まだ二人で過ごした時を忘れられない。

 妻には彼女のことを話した。これから先も君のことを忘れられそうにない、と伝えたが、それも受け入れてくれた。優しい人だよ、俺の妻は。

 娘だって生まれた。今年で小学2年生になる。凄く可愛い娘だ。心無しか、彼女に似てるような気がするよ。

 それで、今日はクリスマス。プレゼントには、スノードームを買ってあげた。ちなみに、サンタクロースが俺だってことはまだバレてない。

 喜んでくれてよかった。大切にしてくれたらいいな。

「ねえパパ!パパの部屋にもこれあったよね!」

 本当、元気な娘だ。

「うん、あるぞ。見たいか?」

「うん見たい!」

 ニコッと微笑んでやると、ミサキは白い歯を光らせて笑ってくれた。

 二階の俺の部屋までミサキを連れてきて、例の、女の子が入ったスノードームを見せてやった。ミサキは女の子だからな。こっちのほうが喜ぶだろう。

「わあ、綺麗だね!」

「そうだろうそうだろう、これはね、昔、パパの大切な人がくれたんだ」

「大切な人?ママ?」

「ううん、違う人」

「今どこにいるの?」

「今はね…もうお星様になったんだ」

「お星様…そっか。あ、パパ、ミサキがいるからね、悲しまなくていいからね」

 少し遠い表情をしていたのだろう。ミサキが一生懸命にそう言ってくれた。

「そうだな、ありがとう」

 俺はミサキの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

「んふふ……ねえ、パパ、もうひとつの方は?」

「っ……?」

 その時、何か懐かしい感じがした気がした。 

「…パパ?」

「あ、ああ悪い、これだな?」

 俺は彼女からもらったクリスマスプレゼントを見せた。

「…ミサキ、どうかしたか?」

 見せた途端、ミサキが急に静かになり、無表情になった。ただ、そのスノードームに視線を注いで。

「これ…って…」

 ミサキの頬を、雫が伝う。

「ミ…サキ?」

 何だ。どうした、ミサキ。

「クリスマスプレゼント…パパの…」

「…え?」

「これ、昔パパにあげたクリスマスプレゼント…」

「…ミサキ?」

「あ、え?あ、そんな訳ないね、あたしまだ4歳だもん…って、あれ、なんだろう。なんで、泣いちゃうんだろう」

 ミサキは自分の目から零れ出る雫を何度も拭うが、それが止まる様子はない。

 まさか、だとは思うが…。


『生まれ変わった私に、会いに来てください。それから、忘れてください。

私も、頑張って貴方を見つけるから。絶対に、見つけるから。』


「くるみ…先輩…?」

 ハッとしたように、ミサキが顔を上げる。

「パパ?」

 そう思ったが、次の瞬間、ただ呆然と涙を流すミサキが顔をあげていた。

「いいや、何でもない」

 少しざわつく胸を抑えながら俺は、ミサキの涙を拭って、額に軽く、キスをした。

「下でお母さんから朝ごはん作って待ってるから、先に行っておきなさい」

 そう言うと、

「うん!」

 ミサキはとてとてと部屋を出て一階へと向かった。

 そうして、部屋で一人。

「くるみ先輩、会いに来てくれましたね、本当に」

 僕は、涙を流した。

 あの頃の涙とは違う、爽やかな、涙を。


 机の上では、男の子と女の子が、今向かい合って、遠い空を眺めていた_。

最後まで読んで下さり、誠にありがとうございました。

如何でしたでしょうか。

ありきたりな話ではありますが、僕なりにまとめてみました。

前書きでも言ったとおり、YouTubeの方に朗読作品としても投稿されていますので、あらすじに載せてあるURLから是非覗いてみてください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 小説版のものも見させていただきました((o(。・ω・。)o))穂先ロアです!この話は読んでいくにつれ…ジーンときますね…最後の終わり方もなんか…もう…好き(ツンデレ風)
[良い点] 表現の仕方がとても上手いです。 僕は結構語彙力が無いので羨ましいです。 [一言] youtubeの方も聞きました。 格好いいです!
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