ストリップ劇場に行こう
ヘネシーの繁華街は、即ち皇国一の繁華街でもある。
その一角には老舗(という表現が合っているかは微妙だが)のストリップ劇場が存在している。
店名はプッシー・ボムというひどいものだが、最もはやっているストリップ劇場であるのは間違いない。
繁盛している理由は、当然ながらダンサーの質に尽きる。
そして、同時に彼女たちには一つの共通点があった。
それは彼女たちの全てが、シュルム共和国を始めとする南方大陸の出身者であることだ。
そんなストリップ劇場にマヌエラ達が入るなり、穏やかでありつつも、しゃがれた女性の声が聞こえた。
「おやおや、三人そろってどんなご用件で?」
声の主は齢80を超えようという老婆だ。
穏やかな笑みを浮かべ、人当たりのよさそうな雰囲気を醸し出してはいるが……
「タチアナ……おひさ……」
「久しぶりだね、ニーナちゃん」
「もうかり……まっか?」
「ぼちぼちだねぇ……」
「そうか……それは、グッド」
満足そうに頷くニーナを見て、相好を崩すタチアナ。
どうにもニーナは年上、それも高齢者からモテるタイプらしい。
開店前の店内では、Tシャツにジャージというラフな姿の女性たちが、ステージで今夜のダンスの練習をしている。
しかし、そんな彼女たちもマヌエラ達の入店に気づき、目線をこちらに向けてくる。そのどれもが、非常に好意的なものだった。
「リン……変わりはない?」
「うん。ニーナちゃん達のおかげだよ」
ニーナの問いかけにリンと呼ばれたストリッパーが、人懐っこい笑みを浮かべた。
「そうか……今度から、付き合う男は……慎重に選ぶと良い」
何の話かと言えば非常に単純だ。
二か月前にストーカーと化したリンの元カレを、マヌエラ達が逮捕したというだけだ。
もちろん、ADCの管轄ではないのだが、懇意にしている女性から相談を受ければ、その限りではない。
その程度の融通は効く組織だし、この国の司法制度も同様だ。
「ああ、その節は世話になったね。客として来てくれれば、サービスしてあげるよ」
「あー……遠慮しとくっす」
店内を見渡せばリンの他にも見目麗しい女性が4人ほどいた。
その誰もがマヌエラと同じように、小麦色の肌をしている。
南方大陸出身者の特徴でもあるのだが、マヌエラとしては特段のシンパシーは感じていない。
(しっかし……こんな光景にも慣れてきたっすねー)
この世界には地球には存在しなかった人種がいる。
例えばゴブリン、獣人などである。そういったかつての世界では“異形”と形容できる人々にも特段の違和感を覚えなくなっていた。
尻尾とか角とが生えてはいるが、肌の色が共通しているのも一役買っているのかもしれないが。さすがに紫とか水色とか、前の世界ではありえない肌の色の人がいれば、戸惑いも強かっただろう。
「それで、今日のご用件は? もしかして、この店に就職したいってか? それなら、歓迎するよ」
両手を広げて、笑みを浮かべるタチアナ。
「フロール捜査官は、この店初の中央大陸出身者ってことで売り出してあげようじゃないか」
「いえ、遠慮しておきます。生憎とダンスは得意ではないので」
真顔でそんなことを口にするフロール。
「……それ、冗談っすよね?」
「え? 冗談のつもりではなかったのですが」
「あっ……そっすか」
ダンスに自信があれば、ストリップ劇場で働いても良いのだろうか?
未だにマヌエラは、この友人兼上司の本心が掴めないことがある。
「本日は、南方大陸出身者コミュニティの頭目としての貴女に会いに来ました」
タチアナ・フリード……齢80を超える老婆は、フロールが口にしたように大物と形容して構わないだろう。
ストリップ劇場を始めとした性風俗から、金融業まで手広く商売を行い、その従業員として南方大陸出身者を多く雇用する名士としての表の顔。
そして、もう一つの顔は……南方大陸からの不法移民斡旋業者を始めとする裏の名士のものである。
「もしかして、移民局の手入れのタレコミかい?」
「いいえ、それでしたら即座に連絡しますよ」
ADCにとっては、タチアナは重要な情報提供者でもある。
そして、それはタチアナにとっても同様だ。
彼女が恐れるのは司法省の移民局であるが、この組織に関しては特段の説明はいらないだろう。
もちろん、タチアナも移民局への対策は打っているが、それでも事前の情報があるに越したことはない。
対照的にADCでは南方大陸出身者の情報網から、皇国においてテロを始めとする国家規模の犯罪の兆候を得ることができる。
残念ながら、皇国は南方大陸の人々からは、嫌われることが多いのもテロを警戒する理由である。
「まあ、タチアナさんが不法移民を色々な手段で皇国民に変身させるのは、あたしとしては問題ないっすよ」
それはマヌエラの本音であり、皇国の治安を乱さないのならば、ご自由にといった感じだ。
もちろん移民局の職員には、多少の罪悪感を抱くのだが。
「そうかい。それは、ありがたいね」
「でも……受け入れた人たちを、人道的に扱う限りっすけどね」
不法移民は、この国において最も弱い立場に置かれていると言っても良いだろう。
だからこそ、彼らを食い物にする者も少なくない。
そして、そんな奴らは、不法移民の同胞たる者の中にもいるのだ。
「もしも、私がそれを破ったら、移民局に通報ってわけかい」
「ううん……違う」
リンと親し気に会話をしていたニーナが、こちらを振り返って続ける。
「私たちが対処する。移民局には、渡さない」
マヌエラですら一歩引いてしまうような、冷たい口調のニーナ。
この世界に来て一番良かったと思うのは、ニーナという少女が敵に回るような状況ではなかったことだろう。
「ふふっ……そうかい」
楽し気に笑いつつ、降参したように両手を上げるタチアナ。
「安心しな、それだけはないよ。私が同胞を裏切ることはないし……何よりレイン・オズボーンとその教え子を敵に回すはずないだろ?」
「そうか……それなら良い」
一度だけ頷いてから、再びリンとの談笑に戻るニーナ。
一体、何の話をしているのか気になってしまう……というか話はかみ合うのだろうか?
「それで本題なんすけど、この人に見覚えがありますよね?」
マヌエラが差し出したのは、パット・オルセン伍長の写真だった。
「この店に来たことがありますよね? 一体、どのような用件で?」
「ああ、来たには来たが……また、どうして?」
「今朝、遺体で発見されました」
「ということは、殺しかい」
困ったように眉間を揉んでから、溜息を吐き出す。
タチアナにしては珍しい仕草であり、明らかに面倒な事態になりつつあると察せられる。
「話しても良いが、一つだけ条件がある」
「内容によりますが、とりあえず条件の提示を願います」
「今から口にする相手を検挙しないで欲しい」
「殺人の犯人だったら、無理っすねー」
「いや、それはさすがにないよ。私の子飼いのニンベンだ。そいつを、この殺された男に紹介しただけだよ」
「はぁ……ニンベンっすか」
ニンベンとはパスポートを始めとする証明書の偽造業者のことだ。
タチアナのような人物にとっては、生命線の一つとも形容できるだろう。
「その人物が本件の犯人でないならば、検挙しないと約束しましょう。もちろん、その情報を移民局などに流すこともありません」
「本当だね?」
「ええ、私の名誉にかけて」
「相変わらず古風な誓いをするもんだね」
小さく笑ってからタチアナは、手元のメモ用紙にペンを走らせる。
「私の紹介って言えば、協力してくれるはずだ」
「ご協力、感謝します」
件のニンベンの住所が書かれたメモ帳を受け取ったフロールは、これまた律義に一礼するのだった。