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捜査開始

皇国第一の都市であるヘネシーの北西部。70年ほど前までは、そこに陸軍最古の工廠が存在していた。

現在ではその広大な跡地に、様々な皇国陸軍の主要施設が置かれている。


例えば、皇国陸軍作戦本部、皇国陸軍兵学校、果ては皇国陸軍歴史資料館……といった具合だ。


そして、そんな施設の中に国防省警察陸軍局本部もあった。


国防省警察陸軍局:通称ADC

ちなみに、略称がアルファベットになっているのには、この世界に来た四人がそう“認識”してしまっているかららしい。


ジェレミーが推察するには、この世界に来た時点で彼らの脳内にある言語野を始めとする部分が適応した結果なのでは……とのことだ。


もちろん、その推察に興味を示すものは誰もいなのだが。


とにかく、地味な作業を終えた面々は、自らの職場に戻っていた。


「あー……暇っす……」


机に体を投げ出したマヌエラは、自分でも驚くくらいに情けない声を発した。

とはいっても、本当に暇なのだから仕方ない。

ここでできる仕事は全て終わらせてしまっており、後は実際に動くだけなのだが……。


「上司に放置プレイされてるっす」


刑事ドラマなどでは即座に聞き込みに向かうシーンがあるが、ADCにおいてそれは初動捜査班の仕事となっている。

現場対応チームの彼らは、どちらかといえば「腰を据えて」の捜査が主と言えるかもしれない。


そのためにもまずは被害者の周辺を徹底的に洗い出し、糸の一本一本を手繰っていくのだが……


「マヌエラ……だらしない……」


隣のコンコースのデスクに座ったニーナから、窘められてしまう。

マヌエラにとっては妹のような少女であり、こんな風に口うるさいところもかわいくて仕方ない。


隻眼隻腕の少女だが、これまで目にしてきたどんな女性よりも、美しい容姿をしている。むしろ、その隻眼隻腕という特徴すら、彼女の美しさを際立たせているのかもしれない。


(なんでしたっけ……? あの腕の欠けた石像の名前。あれと似たような感じなんすかね?)


それこそ、彼女の上司の上司である純血のエルフでさえ、それを認めるほどにだ。


「そんなこと言っても、暇っす……」


今度は座った椅子をぐるぐると回転させながら、マヌエラはつまらなさそうに呟いてみせる。

彼ら現場対応班のオフィスには仕切りがなく、それぞれのデスクが3×2の島として形成されている。


もちろん、片方の3が女性陣、もう片方の3が男性陣といった具合だ。


「フロールちゃんとロイくんがいないから、することないですし」


そして現在、それぞれの島の上座にあるデスクの主はいない。

その理由はごく単純で、この組織のトップから呼び出しを受けているためだ。


「まあ、しかたねーんじゃね? 今回のガイシャは皇国の英雄だしよ」


オフィス内は禁煙であるため、禁煙パイポをかじりながら宗冬が肩を竦める。

元テロリストのマヌエラが言うのもなんだが、おっかない面をしている若者だ。

そのくせ子供と女性には優しいという、絵に描いたような優しいジャパニーズマフィアという性格をしている。


「局長に呼び出されて30分ですか。色々と面倒な事件になりそうですね」


からからと笑ないながら、パソコンのキーボードをリズムよく叩いているジェレミー。

一緒に異世界に飛ばされた仲間で、最も捉えどころがないのは、このジェレミーだろう。


「なにせガイシャは皇国の英雄だからな。ボスも上から色々と言われるだろうな」


被害者に貴賤なしとマヌエラも言いたいところではあるが、現実はそうもいかない。


「レインは偉いから……大変」


皇国広しといえども、国防省警察陸軍局の長であるレイン・オズボーンを呼び捨てにできるのは10人もいないだろう。


「僕から言わせてもらえれば、それは自業自得だと思うんですけどねー」キーボードを打つ手を止めて、ジェレミーがコーヒーをすすった。「レインさんって30年働いて30年休んで……という繰り返しですよね? その理由をマヌエラさんはご存じで?」


この組織の長であるレイン・オズボーンは数少ない純血のエルフだ。

そして、その寿命はご多分に漏れず非常に長い。


(800年だか生きるんすよね……いやー、疲れそうな話っす)


極端な早死には嫌だが、マヌエラとしては極端な長生きも遠慮したいところだ。


「それって……あーっと、あれっすよね? 自分の影響力のバランスを……取るだか、まあ、そんな感じ?」


自信なさげなマヌエラの言葉だったが、それは概ね正解ではある。


「とは言ってもですよ? 国防省どころか、皇国政府にはレインさんが育てたと同時に、彼女に心酔している人なんて大勢いますよね?」


レインが言うところの前回の“ローテーション”における最初期の部下たちは、さすがに退職している。

しかし、中期以降の部下たちは、現在では政府において重要なポジションに就いている者も少なくない。


「まあ、確かにな……ボスの教え子って大体は出世してるし」


人の才覚を見抜く力と、それを育てる力こそ、レインの本質だと言われている。その意味で言えば、彼の上司であるロイとフロールは、見事にお眼鏡にかかった人材なのだ。

「それなら、今の国防長官も色々と手を回せば、子飼いの元部下を据えることができたんじゃないですかね?」

「……今の国防長官は……レインと仲が悪い……」

「仲が悪いっていうか、評価が厳しいって感じだな」


レインにとっての直属の上長は、当然ながら国防長官だ。

そして、その国防長官は、かなり珍しい反レイン派と言える人物。

「ですよね? わざわざやり難い相手が上司になるのを止めないなんて……僕には信じられませんね」

「でも……レインには考えがある……はず」

「まあ、あの人が意味のないことをしないとは思いませんけど……それに付き合わされる身分にもなって欲しいですよね」


ジェレミーが恨み言を口にした刹那、マヌエラを含む三人が小さく息を飲んだ。

彼ら三人の視線はジェレミーの背後に向けられているのだが……


(しっかし……見事にジェザ君にだけ気配を消してるっすね)


「大体、そういう苦労のツケを払うのは、本人じゃなくて部下なんですよね。はぁ……どこの世界でも上司という存在は同じらしいですね」

「で……でも、レインは……良い人……」


ニーナのその言葉は、彼女なりのフォローだ。

これからジェレミーの身に起きる不幸を、少しでも軽くするための。


「良い人ですけど、優しくはないですよねー。異世界転生ものだと、読者からの人気はものすごく低いタイプです」

「で、でもよ……ジェザ的には、そういうキャラが好きなんだろ?」

「は? そんなことないですよ。僕が好きなのは、チョロいヒロインです。一言二言、甘い言葉を口にすれば股を開いてくれる女の子です」


最悪なセリフだったが、それを突っ込む余裕などマヌエラたちにはない。


「いやー、でも……あれじゃないっすか なんだかんだ言っても、ジェザ君もレインさんを上司として認めてるんですし」

「認めるというか──」


そこまで口にしてジェレミーは、ようやく気付いたらしい。

遅きに失したという言葉が、これほどしっくりくる状況はないだろう。


「──局長は、素晴らしい上司だと思います」

「ありがとう、クルーズさん」


そして、穏やかな笑みを浮かべつつジェレミーの肩に手を置く女性。


レイン・オズボーン──ADCの局長にして、極めて珍しい純血のエルフの女性だ。

エルフに対するステロタイプなイメージ通りの長い耳と、白い肌、金糸と見まごうばかりの美しい髪。

そして、その見る者の視線と感情を奪うかのような容姿。


地球にいたころのジェレミーにとっては、正に理想のエルフ像なのだが……


「い、いやだなー、聞こえちゃいました?」

「ええ、とてもよく聞こえたわよ。だてに長い耳をしてないから」

「局長もお人が悪いですねー。こうやって気配を消してくるなんてー」


今現在レインは、ジェレミーにとって頭が上がらない唯一の存在となっている。


「そんで、いったいどんな長話をしてたんだい?」


宗冬がレインの両脇に控える、ロイとフロールに問いかける。


「長話をしてたのは、僕たちじゃなくて国防長官だよ」


宗冬の問いかけに、苦笑を浮かべつつ答えるロイ。


「まあ、内容は皆が察する通りですが、時間を無駄にした気がしますね」


ロイの言葉を引き継いだフロールもまた、面白くなさそうな表情になっている。


「ごめんなさいね。子飼いを国防長官にしなかった、無能な上司のせいで苦労をさせて」

「そ、それよりも……今回の事件の指揮は局長が執るんですか?」


頬をひきつらせながら訪ねるジェレミーだが、レインは笑みを崩さない。


局長であるレインが、捜査の指揮を直接執ることは極めて稀だ。

あるとすれば、大規模テロ計画などの国家的犯罪における場合くらいだろう。


「いいえ。それでも、発破をかけられた手前、初動捜査の報告くらいは直接受けようと思ったの」


そして、レインから視線を向けられたロイが小さくうなずく。


「では、報告を」


その言葉に最初に答えたのは、ジェレミーだった。

いつの間にか手にしていたカードサイズのリモコンを操作すると、チームのブースに設置された大型ディスプレイが起動する。


「被害者はパット・オルセン伍長、23歳。出身はグリン県シュタッツ市」


ディスプレイに映し出されたのは、被害者であるオルセン伍長の顔写真付きのIDだ。


「軍歴を含めて経歴に特筆すべき点はあるかな?」


ロイの言葉に答えるように、ジェレミーがリモコンを操作するとIDの画像の上に彼の軍歴の一覧が表示される。


「問題なしどころか輝かしいものですね。特に光るのが──」

「シュルム共和国への派兵だね」


小さな声でロイが漏らす。

それこそがオルセンが叙勲を受ける理由でもある。


シュルム共和国とは5年前に内戦が勃発した国だ。

泥沼化したそれを抑えるために、4年前に皇国軍を含む国際軍が派遣されたのだが……


「シュルム共和国は……とても荒れてる場所……」

「ええ、私も一年半前に派遣されていましたが、ひどい場所でした」


元陸軍大尉であるフロールが形の良い眉を顰めて呟いた。


「フロールちゃんが言うくらいっすから、お察しっす」


マヌエラが元いた国もなかなか酷かったが、シュルム共和国はそれ以上らしい。


それこそ毎日のように自爆テロが起き、子供は巻き添えで死亡し、女性は性暴力の被害に遭っている。

地獄という形容は、現地の人々にとってはオーバーではないものだろう。


「ほんじゃあ、次は俺だな。ジェザ、リモコン」


ジェレミーからリモコンを受け取った宗冬は、報告を開始するのだが、その口調はいつも通りに乱暴なものだった。


「殺された伍長の通話記録を洗ったら、殺される5日前から頻繁に連絡を取っていた相手がいる。それが、こいつだ──」


ディスプレイに映ったのは、20代前半の男性の写真だった。

少しだけあどけなさの残る表情ではあるが、その目にはどこか不思議な力があった。


「イアン・ミラー上等兵。年齢は23歳。グラスアーム勲章を授与されるな」

「グラスアーム勲章ということは、彼は傷痍軍人なのか」

「どうやら戦地で左腕を飛ばしちまったらしい。今は後方部隊に配属されていて、勤務態度はそこそこ良好。なお、伍長がミラーに連絡を取った理由は不明」

「そこは直接話を聞けば、早いかな。現在の赴任地は?」


ロイの問いに対して、宗冬は窓の外を指さす。


「目と鼻の先。ここから15キロ先にある、エイス基地だ」

「では、報告が終わってから行ってみようか」

「了解、若旦那。とりあえず、俺たちからは以上だが……」


お前たちはどうする? という視線をマヌエラとニーナに向ける宗冬。


「それじゃあ……次は私から……。いくつか気になることを見つけた……」

「さすがは、ニーナです。この短い時間で結果を出すとは」


何がさすがなのかマヌエラにはさっぱりなのだが、フロールはニーナに死ぬほど甘い。

マヌエラ自身もニーナに甘いとは自覚しているが、彼女のそれは比べようもないほどだ。

何かにつけて褒める、甘やかす、物事を教えたがると言った感じだ。


「え? あ、ありがとう……」


過分に褒められるのは、非常に居心地が悪いものだ。

ニーナは助けを求めるような視線をマヌエラに向けるのだが、とりあえず優しい笑みを返してあげることにした。


「えっと……それで気になるのは……宗冬、リモコン貸して……」


「あいよ」という軽い答えと共に、宗冬がニーナに向かってリモコンを放り投げる。


「……お行儀が悪い…………」


左腕で器用にキャッチしつつ、ニーナは宗冬を窘めるのも忘れない。


「伍長の口座記録を洗ってたら……こんなものがあった……」


そして、画面に映し出された記録を目にしたレインと男性陣の表情が変わる。


「10万リグが振り込まれてるのか……ずいぶんな大金だね」


興味深げな視線を画面に向けているロイ。

そんな彼を見て、フロールは自慢げな表情になっているのだが、ニーナはやはり居心地が悪そうだった。


何せただ単に口座記録を調べただけであり、それほど特別な技術を要したわけではないのだから。


「平均年収の倍ですか……」


小さく呟くジェレミーの表情が、羨ましげだったのは気づかなかったことにするマヌエラ。


(しかし、10万リグっすか……)


リグとは皇国の通貨の単位であり、マヌエラの感覚では米ドルと同じ価値であった。

ちなみにリグの下には補助通貨のセルというものがあり、これはセントと同じ価値を持つ。


「それで、振り込んだのは誰かしら?」

「ロールスインダストリアル……グラム諸島に本社があるらしいけど……活動実績はゼロ」

「異世界版のケイマン諸島から、ダミー会社の振り込みですか」


今しがたジェレミーが表現したように、グラム諸島とはいわゆるタックスヘイブンと呼称される地域だ。

しかもダミー会社の振り込みとなれば、胡散臭いことこの上ない。


「この会社については……ジョシュに調査をお願いしたから……そのうち分かるとは思う……」


技官であるジョシュは、ニーナからの依頼となれば張り切ってくれるだろう。


話を聞くに、彼にはニーナと同い年くらいの娘がいるそうで、それも関係しているらしい。

ちょくちょく娘のことに関してニーナに相談をしているのを見かけるが、その光景が妙に微笑ましかったりする。


「分かったのは……これくらい……残念……」

「──そんなことありません! ニーナは素晴らしい仕事をしました!」

「お、おう……ありがとう……」


妙に熱のこもった口調で断言するフロールに対して、ニーナは若干引き気味であった。


「と、とりあえず……マヌエラの報告も……聞くと良い」


そして、ギブアップとばかりにマヌエラに話題をパスしてくるニーナ。

苦笑を浮かべつつ彼女からリモコンを受け取り、報告を開始する。


大したことを調べたわけではないが、こんな感じで報告をしていると、自分がデキる女のように思えるから不思議だ。


「えっと、まずは……フロールちゃんが集めてきた監視カメラ映像には、事件発生の直後に近隣の道路を猛スピードで走り去る車が映ってたんで、現在分析&車両の特定作業中っす」


かなり重要であり、事件解決の最大の糸口になりそうな報告なのだが、マヌエラが言うと大したことがないように思えるから不思議だ。


「車両の特定にはどれくらいの時間がかかるのかしら?」

「そうっすねー。三日くらいって言ってました。他の事件も抱えてるので、時間が欲しいそうっす」

「映像解析班には、最優先でやるように要請して」

「了解っす。局長命令って言えば、皆さん喜んでやってくれるでしょうしって……残業代はちゃんと支給されるっすよね?」

「ええ、もちろん。そこはしっかりと伝えておいて」


妙に生々しい会話の後、マヌエラは気を取り直したように報告を再開する。


「さてさて、皆さん口座記録のここを見てもらえるっすか?」


伍長が20日前に7000リグをキャッシュで引き出した記録を画面に表示する。

皇国はアメリカと似ている部分があるのだが、その一つとしてキャッシュレスが進んでいるというものがある。


7000リグという大金を現金で持ち歩き、何かに支払うということはなくはないのだが、かなりのレアでもある。


「とはいっても、何か大きな買い物をした形跡もないから、ちょちょいと調べてみたんすよ」


当該日に銀行で大金を卸した後の伍長の足取りを追うのは、意外にも簡単であった。


銀行の前で彼が拾ったタクシーの運転手が、彼をどこで降ろしたのか覚えていてくれたからだ。


「そしたらっすね、最終的にサロメに行ったみたいっす。ということで、あたし達の報告は以上です」


サロメとはヘネシーの繁華街にある老舗のパブの名前だ。

そこで問題になるのはその経営者でありり、その人物はADCと関係のある人物だ。


「となると、彼女に話を聞く必要がありますね。ニーナ、マヌエラ、ご苦労様でした」


そう言ってからドヤ顔をロイに向けるフロール。

ちなみに二人は陸軍士官学校の同期であり、その関係は非常に良好ではあるのだが……どういうことがニーナが関わると、妙な対抗心を見せることがある。


(というか……可愛い妹を自慢する、シスコンの姉という感じっすけど……)


その妹に自分が含まれているのでは、という予感は胸にしまっておくことにするマヌエラ。


「それでは、ニーナ、マヌエラ。早速サロメへと向かいましょう」


デスクの引き出しから銃をいそいそと取り出すフロールを横目に、マヌエラも出動する準備を整える。


「それじゃあ、僕たちもミラー上等兵の元へ向かおうか。局長、それで問題ないですよね?」

「もちろん。いつも通りに、仕事をしてちょうだい。責任は全部私が取るから、躊躇は一切しないように」


その言葉に押されるようにして、マヌエラ達はオフィスを後にするのだった。

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