自戒の念
「──と言う感じで、今日もめちゃくちゃでしたよ……」
質屋での一件を思い出すと、ジェレミーは自分の精神がガリガリと削られるのを感じた。
本来ならば局長たるレインが諫めるべきなのだが、彼女の基準では余裕のセーフらしく、報告をしてもお咎めなどあるはずもなかった。
「それで……ミラー上等兵はどうなった?」
「ミラー上等兵は、局長の斡旋でNGOに務めることになりました」
即日で除隊したミラー上等兵の第二の人生は既に決まっている。
と言うよりも、先ほどまでその件で局長室にジェレミーとロイはいたのだから。
「紛争地帯での子供に対する支援と医療などを行う団体です。最近力を入れている地域は──」
「……シュルム共和国……」
ジェレミーの言葉を受け継いだニーナが、一度だけ大きく頷いた。
「そうか……それなら、良い……」
自らと同じように片腕を失ったことから、ミラー上等兵にはシンパシーを抱いているのかもしれない。
ニーナの言葉には、どこか寂し気な色があった。
「ところでロイ、押収した盗品の調査はどうなりました?」
雰囲気を変えるかのように、フロールが明るい口調で尋ねる。
相変わらず、不器用だが良い人だ……それがジェレミーによる彼女の評価だ。
「目下調査中だけど、難航しそうだね」
「へ? ちょちょいと調査するだけじゃないんすか?」
「ミラー上等兵は売り払った物品に不審な点はなかったって証言してる。ということは、ちょちょいと調査しただけじゃ分からないところに大事なヒントがあるかもしれないから」
「もしかして、隠された古代の財宝の地図が、こっそり忍び込まれてるかもしれねーしな。そんでそいつが動機ってー感じで」
カラカラと笑いながら、禁煙パイポをくわえる宗冬。
「宝の地図か……ジェザが好きそう……」
「いや、僕としては……封印された魔王の居場所とかの方が上がりますね」
まあ、そんな事などあるはずないと、これまでの経験で分かっているのだが。
「何はともあれ、時間がかかりそうなのは間違いないから……ああ、そうだ。被害者の検死報告は出たのかな?」
「そろそろ伍長の方は出ると思うから……連絡してみる」
デスクに置かれている電話の受話器を上げて、検死室の番号をプッシュしていくニーナ。
繋がるなり、気を利かせてスピーカー機能を使ってくれるのだが……
チュイーーーーーンッ、ゴリゴリッ──! としか形容できない、非常に嫌な音が聞こえて、ニーナ以外の全員が顔を顰める。
「ああ、ニーナ君か。今、“作業中”だから五月蠅いが、構わないかね?」
朗らかで嬉しそうなゴート検死官の声。ニーナを孫のように思っている彼からすれば、電話がかかってきただけでも嬉しいのだろう。
「私は構わないけど……今、スピーカー……」
「ああ、そうだったのか。それは失礼したね」
照れたようにゴートが言うと同時に、先ほどまでの生々しい音が消える。
「それで用件は何だい?」
「伍長の検視結果が……出たかと思って」
「ああ、そうだった。ちょうど報告書を書き終えた時に、ルイ君の遺体が運ばれてきてから、送るのを失念していたよ。すまなかったね」
「……忙しかったなら仕方ない……どんまい……」
「そう言ってくれると助かるよ。しかし、遺体を見つけたのは流石と言わざるを得ないね。ニーナ君がドアの向こうから、血の臭いを感じたから踏み込んだんだろ?」
「う、うん……そう……。私は、とても……鼻が利くから……不正は、なかった……」
ということに公式にはなっているが、実際のところは嘘っぱちであることを、この場にいる全員が知っていた。
「すまない。話が逸れてしまったね、後でメールでも送るが……とりあえず口頭で簡易報告をしようか?」
「うん……そうしてもらえると、嬉しい」
「まず死亡時刻は現場での見立てと同じと考えてもらって良い」
「さすが……ゴート。腕がいい……」
「いやいや、照れるね。ああ、そうだ。現場での見立てと大きく異なる点が一つ」
「……というと?」
「伍長の死因は簡単に言うと頸椎の骨折だが、これは犯人の仕業じゃない」
スピーカーから流れてきた言葉に、一同が首を捻るのだが──
「これはね、伍長が自ら行ったことだよ。こう……自ら首を椅子の背もたれに強く打ち付けたことで……」
「自ら……命を絶ったのですか?」
思わずといった感じでマヌエラが、電話に向かって問いかける。
「ああ、間違いないだろうね。恐らくは、拷問に耐えきれないと判断し、情報が洩れることを防いだのだろうね」そこで言葉を切ってから、ゴートは再び言葉を紡ぐ。「隠した情報が何なのかは分からないが……それでも、彼は最期まで英雄だったと思うよ」
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そして、ゴートの簡易報告を聞き超えた後、受話器を置いたニーナが深く息を吐くのがジェレミーには聞こえた。
「私は……恥ずかしい。知らなかったとはいえ……伍長の死を片手落ちなんていう、ギャグに使ってしまった……」
心から反省をしているのは、聞いていたジェレミーにも伝わってくる。
しかし……それなのに、シュールに思えるのは何故なのだろうか。
「姫さん……まあ、仕方ねーよ。知らなかったんだしな」
「でも……良くなかった……不謹慎だった」
ジェレミーたちの捜査は得てして、先ほどのようなジョークや軽いやり取りで構成されている。
傍からすれば不謹慎極まりないのだろうが、そうしなければやってられないというのも正直なところだ。
特にそれが、今回のような凄惨な殺人事件ならば、なおさらだ。
「それにまあ……あれだ。不謹慎だったとしても、姫さんが考えた渾身のギャグに罪はねーよ」
その瞬間、ジェレミー、フロール、そしてマヌエラが、鋭い視線を宗冬に向ける。
そのギャグは永遠に封印してほしい、というのが三人の意志だった。
「……確かに、宗冬の言う通りかもしれない……」
いや、絶対に違う。
そう口にできれば、なんと楽なことだろうか。
「まあ、姫さんが伍長に罪悪感を抱くなら、早く解決するのが一番の罪滅ぼしじゃねーのか?」
「うん……そうだ……」
ちょどその時、ロイのデスクの電話が鳴った。
「もしもし……ああ、判明したんだね、さすがは映像解析班。名前は……うん、うん……ご苦労様」
幾度かの言葉のやり取りを交わした後、ロイが受話器を置いて小さく息を吐いた。
「映像解析班から連絡があり、伍長の家から走り去った車の持ち主が判明したよ」
「おお、それは最高っすねー。最重要容疑者じゃないっすか」
「ロイ、その人物の情報を」
「ああ、ちょっと待っててね」
ロイはその言葉に従うようにPCを操作して、いつもの画面に件の人物の情報を表示させる。
「名前はノーマン・ライト35歳。入国管理局の職員で、賞罰の記録はなし」
表示された情報をロイが読み上げるのだが、彼の表情が小さく歪む。
「くっせーなー、ニンベン師が殺された後に、これかよ」
乱暴な口調だが、その言葉に異を唱える者はいない。
ニンベン師と出入国を管理する職員の親和性は、言うまでもなく高いものなのだから。
「どうするっすか? そっこーで、引っ張ってくるっすか? これなら、判事から逮捕状もよゆーで出るでしょうし」
マヌエラがフロールに視線を向けると、彼女はゆっくりと頷いた。
「そうしましょう。では、ライトの元に向かうのは……」
言いかけるフロールに対して、即座に手を挙げるジェレミー。
「あれ……珍しい……」
基本的に面倒くさがりのジェレミーが志願するのは確かに珍しいと、自分自身でも分かっている。
それでも、今回は事情が異なるのだ。
「実はですね……一日早く、あれを手に入れられたんです」
ポケットからインテリジェンスキーを取り出して、皆に見せつける。
新しい車は麻薬ディーラーから押収した、新型のSUVだ。
これでようやく、宗冬と言う危険人物にハンドルを預けなくて済むというわけだ。
「おお……それはグッド……私も新しい車に乗りたい……」
「となれば、私もついていくことにしましょう」
「え? フロールさんですか……?」
危険な雰囲気を察知したジェレミーは、助けを求めるようにマヌエラに視線を向ける。
このチームで最も常識人に近いのは、自分と彼女なのだから当然だろう。
「…………」
しかし、マヌエラはそっと視線を逸らしてしまう。
裏切られたという気持ちよりも、仕方ないか……という諦めの方が強かった。




