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片手落ち

「ねえ、ニーナちゃんは同一犯の犯行だと思いますか?」


グルグルと座った椅子を回転させながら、マヌエラはパソコンで書類仕事をしているニーナに尋ねる。


左手だけを使っての作業のはずなのに、それが自分より早いところに軽い劣等感を抱いていしまう。


「うん……両方とも拘束手段が同じだから……そう考えるのが自然……」


むしろ、二つの事件に繋がりがないと思う方が難しいだろう。

とは言っても、何が二つの事件を繋げているのか、それが分からないのが目下の問題だ。


「フロールちゃんは、どうですか?」

「私も、ニーナと同様です」


ちなみに、フロールの机にもパソコンが置かれているが、実際に使用されることは稀だ。

なにせ彼女は超が7つくらいつくほどの、機械音痴であり、機械クラッシャーでもあるのだから。


「フロール……報告書できた……確認すると良い……」


プリントアウトした報告書をフロールに手渡すニーナ。


「ありがとうございます、ニーナ。いつも申し訳ありません」

「それは言わない……お約束」


先ほども述べたように、フロールは言語を絶するほどの機械音痴が。

もちろん、ワープロソフトなど使えるはずもない。


そのため、手書きの下書きをニーナに渡し、それを彼女がパソコンで作成する……というのがいつもの流れだ。


「ところでニーナ。スマホが何もしてないのに壊れてしまいました」


バシバシ、とスマホを昔の機械を直す時のように叩きながら、フロールが困惑したように口にした。


「いやいや、フロールちゃん。何もしてないのに壊れることはないでしょ……」

「ありますよ? 経年劣化や、あとは砂漠では砂が入り込んで故障することもあります」

「ここは砂漠じゃないっすよ。それにスマホを新しくしたのって二週間前じゃないですか」

「とりあえず……スマホを見せる……」


マヌエラと知り合ってからは、既に15個はスマホを破壊しているはずだ。


ちなみにフロールに支給される機械類の管理は、ニーナが一手に引き受けている。

チームの中でジェザの次に機械に強いのだから、当然と言えるだろう。


「本当にフロールちゃんって、機械が苦手っすね……」

「苦手ではありません。得意ではないだけです」

「そこで無駄に抵抗しないでくださいよ」

「そもそもですね、最近は機械のボタンが多すぎると思うのです」


フロールはボタンが二個までの機械、もしくは一つの機械につき2つのボタンまでなら問題なく使用できる。

つまり、オン・オフの操作までならできるということだ。


エアコンを例に挙げれば、オンとオフはできるが、温度設定はできない……ということになる。


「でも……スマホにボタンは……ない……」


フロールから渡されたスマホを調べながら、ニーナが口にする。


「そう、それが問題なのです! だから押すのが難しいのです。そもそも押すだけではなく、“すらいぷー”だか“すういふー”という謎の操作まで必要だとは」

「……スワイプっすね」

「ああ、それです。さすがですねマヌエラ」


傍から聞けば馬鹿にされてるようなセリフだが、フロールの表情を見れば素直に尊敬していることが分かるだろう。

容疑者などには嘘もはったりも脅しも使うが、仲間には嘘をつける正確ではないのだ。


「もう一度確認するけど……本当に何もしてない?」


その言葉に無言のまま頷くフロール。


「それなら……原因が分かった」


そう言うなりフロールはスマホにケーブルを繋ぎ、それをコンセントに挿入する。


「フロール……何もしなければ、バッテリー切れになる……。覚えておくといい……」


スマホの上部に赤いランプが点灯し、バッテリーを補充していることを教えてくれる。


「ああ、さすがニーナです……貴女なら、すぐにでもエンジニアになれるでしょうね」

「それほどでも……ない……」

「ていうか、本当に何もしてなかったんすね……」

「はい、もちろんです! 下手に触ると壊れてしまいますので」


そこで胸を張るのもどうかとは思うが……そして、それではスマホを持っている意味がないのだが。


「今度はバッテリー切れになる直前に振動するようにしておく……」

「感謝します、ニーナ」

「うん……どういたしまして……」


そして、いつも通りのまったりとした空気が流れかけるのだが……


「でも、ちょっと今回の事件は……分からない……」

「というと、どんなところっすか?」

「うん……最初に殺害されたオルセン伍長は……拷問してない。でも……次に殺されたルイは……拷問を受けてる。犯人の手際は悪くないのに……。むしろ、拷問が激しくなるのは、軍人で精神が頑強な……伍長の方のはず……」

「それは確かに不思議ですね。少なくとも犯人は素人でないのに、拷問する前に殺害をしてます」


椅子への縛り方などの状況から考えても、同一犯と見るのが筋だろう。

しかし、それにしては歪な状況でもあった。


「うん、正に……片手落ち……」


ものすごいドヤ顔でニーナが呟くと同時に、フロールとマヌエラの動きが止まった。


「えっとっすね……」

「それは……」


どう反応すれば良いのか戸惑うマヌエラとフロールだったが、当のニーナは同じ言葉を繰り返す。


「これは……文字通りの片手落ち」


ありふれた慣用句ではあるが、隻腕隻眼の少女が口にすると色々とデリケートな発言となってしまう。


「これは、突っ込み待ちでしょうか?」

「その可能性が高いとは思うっすけど……」

「片手……落ち……」


肘の先からがない左腕を、ニーナはヒラヒラと振ってアピールしている。


「突っ込めますか?」

「いや、無理っす」


十中八九、ニーナなりのギャグなのだろう。

それは二人にも理解できている。


「最近のニーナちゃん……自分の持ちネタを作るとか言ってっすね」

「そう言えば、コメディアンのライブDVDを何本もレンタルしてました」

「一体どんなDVD見たんすか……」


ヒソヒソとニーナに聞こえないように相談を続ける二人だったが、選択の時は迫っていた。


「片手…………落ち……」


突っ込まれないのが残念なのか、ニーナの表情が徐々に曇っていく。


「ここは突っ込み役の貴女が突っ込むべきです」

「いやいや、無理っすよ。もしも、万が一、億に一でも、ギャグじゃなかったら……」

「色々な意味でアウトですね」


突っ込むべき、そう理解はしている。

それでも人間として、できる事とできない事がある。


「そうか……受けなかったか……自信があったのに……」


しょぼーん、という擬音語そのままの表情を浮かべるニーナ。


「ほら、やっぱりギャグだったじゃないですか!?」

「そんなこと分かってるっすよ! でも、あれに突っ込めるのって──」


マヌエラがそう口にした時だ──


「よお、なに話してんだ?」

「宗冬くん!」

「宗冬、良いところに来ました!」


喫茶店からテイクアウトしたコーヒーを片手に現れたのは、マヌエラとフロールが待ち望んでいた人物だった。


「あん? どういうことだよ、チーフ?」


間違いなくあの人権問題ギリギリアウトの、体を張ったニーナのギャグに突っ込めるのは、この男しかいないだろう。


「と、とにかく宗冬。ニーナの話を聞いてあげてください」

「そりゃー構わねーけど。何の話だい、姫さん?」

「今から……説明する……」


ズズッとコーヒーをすすりつつ、ニーナの話に耳を傾ける宗冬は──


「だから、正に……文字通りの片手落ち……」


ニーナの渾身のギャグを聞いて──


「──ぶふっ!」


奇妙な声を上げて、盛大にコーヒーを噴き出した。

少なくとも、マヌエラとフロールには逆立ちをしても出来ないリアクションだ。


「…………受けた」

「くくっ、はははっ、姫さんナイスギャグじゃねーか」

「うん……自信作……昨夜、思いついたばっかり……」


そして、イェーイと言いつつハイタッチをする二人。

その光景を複雑な心境で見つめるマヌエラとフロールだったが、続く宗冬の言葉に絶句する。


「しかし、犯人の片手落ちに気付くとは、さすがは姫さん。正に一隻眼を具するってやつだな」

「──ぶふっ!?」


ここまで思いっきり噴き出すニーナというのは、かなり珍しい。

そして、噴き出した自分に気付いて頬を赤らめるニーナも可愛らしいのだが……


「すっげー、微妙な心境なんすけど……」

「奇遇ですね、私もです……」

「宗冬……いきなりは、ずるい……」

「いやいや、とっておきのギャグってーのは、いきなりだから良いんだよ」

「確かに……一理ある……」


宗冬の言葉にニーナが深くうなずいた時だ──


「楽しそうだね、何の話をしてたのかな?」

「いやー……多分、聞かない方が良いと思いますよ」


連れだってやってきたのは、ロイとジェレミー。そして、ジェレミーの懸念は当たっていると言える。

散々、宗冬とロイに巻き込まれているためか、危機察知能力は非常に高くなっている。


「そうなんですか、ニーナさん?」

「そんなことない……私の体を張ったギャグの……お披露目をしただけ……」

「…………ああ、なるほど」

「他にも……色々と考えた。ギャグとか、ものまねとか……懇親会で披露できる……とっておきを……」


それを披露した途端に場の空気が凍ることは、マヌエラにも容易に想像できた。

しかし、そんな中果敢にも、マヌエラの友人一デリカシーと倫理観の無い男がぶっ込んでいく。


「へぇ、ちなみに誰の物まねだい?」

「…………元メジャーリーガーのジム──」


そして、ニーナがピッチャーの投球フォームを取るのだが──


「ニーナさん、それはガチのアウトです」


割かし真剣な口調でジェレミーが、ニーナの物まねをストップさせる。


「そうだぜ、姫さん。ジム・アボットは先天性右手欠損だから、逆だぞ?」

「そういう問題じゃないですから!」

「さすが宗冬……突っ込まれるまでが……ネタとして大事」

「この世界でメジャーリーグを知ってるのなんて、僕達だけですよ……」

「ちなみに、他には?」

「デフ・レパードのリック・アレン……」


マヌエラには何が何だかさっぱりだが、ジェレミーが頭を抱えてるのを見れば、ニーナの物まねがどれだけマズいのかは理解できる。


「あー、そいつは良いな。確か、この世界に来てから姫さんはドラムをやり始めたんだよな?」


ニーナが初任給で電子ドラムを買ったことは、マヌエラも知っていた。もちろん、おせじにも上手とは言えないが、彼女が楽しそうに叩いているのをたまに目にしていた。


「……リック・アレンみたいになりたいから……。ドラムも、片手でできるように……カスタマイズをしてもらった……」

「そりゃー、完全にリック・アレンリスペクトだな」

「うん……ジム・アボットも……リック・アレンも尊敬する……」


全く知らない人名だが、何となくどんな人物なのかはマヌエラも想像できた。


「彼らがいなければ……私は自分の限界を……勝手に作ってた……アボットがいたから野球のグローブを買ったし……リックがいたから……ドラムをやり始めた……」


ああ、そう言えば、最近の休日はちょくちょく近所の公園で子供たちとキャッチボールをしていたな……と思い出すマヌエラ。


「絶対に無理だと思われたことを……実現させたことより……それにチャレンジしたことが……私は高潔だと思う……」そしてニーナは良い感じの笑みを浮かべる。「だから、私は……色々なギャグと……物まねにチャレンジする……。私が他人を笑わせるのは不可能……そんな思い込みを……打破する……」


ものすごくいい感じにまとまりかけたが、最後の最後ですべてが台無しになってしまう。

どうにかして、ニーナの危険なチャレンジを止める方法はないかと、マヌエラは考え始める。


「えっと……それじゃあ、全員が集まったから、ここまでの捜査を整理しようか」


これ以上話が広がるのはマズいと考えたのだろう、ロイは話題を仕事へと持っていくのだった……


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