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僕はやってない

作者: さきら天悟

ふー、と静かに息を吐く。

左手首を握っていた右手を開放し、

少しネクタイを緩める。

新しいスーツのせいか、少し蒸し暑かった。

そして、右手を右手首に戻した。

ギュッとつり革を持つ左手に力を入れた。

少し揺れた。

隣の女性に肩が少し当たってしまった。

揺れのせいだと主張するため、視線を動かさず、

真っ直ぐ正面を見つめる。

彼女と目を合わせ、お辞儀しようとしようものなら、

完全に気持ち悪がられてしまう。

それが満員電車の過ごし方。

でも、第一は両手の位置だ。

痴漢はしないと主張するため、両手を上げる。

だからビジネスカバンは背負えるモノ。

満員の時、嫌な顔をされるが、身を守るためにはしょうがない。


あと5分、それで解放される。

仕事前に疲れてしまうが・・・

でも過ぎれば、サウナの水風呂のような開放感があるのも事実だ。



くッと左を向く。

隣の女性を見た。

女性の緊張感が伝わってきた。


「この人、痴漢です」

女性は大きな独り言のように呟いた。


ギュッと心臓が締め付けられ、

背中がビックとした。


彼女は右手を突き上げた。


「僕はやってない」

手を掴まれた男は叫んだ。


その時ちょうどドアが開いた。

電車が減速していることを気づかなかった。

でも、彼女はそのタイミングを狙っていたようで、

男の手を掴んだまま、電車を降りていった。



ふーッ、と大きく息を吐いた。

そして、ゴーグルを外した。

背負っていたカバンを降ろし、

VR用のスーツを脱ぎ、席についた。

そして、仕事机のパソコンを起動した。


203X年、もう満員電車はこの世に存在しなかった。

在宅勤務が主流となり、さらに自動運転により、

バスや自動車も渋滞はなくなっていた。




「なかなかの出来だ」

とつぶやいた。

これは通勤電車のVRの改良版だった。

「これなら、もっと仕事モードに切り替われるだろう」



そう、俺は切り替えが出来なかった。

それで会社をクビになったこともある。

意志の弱い俺には、在宅勤務は難しかった。

仕事はできる方だが自宅だと仕事をしようという気分には、

どうしてもならなかった。


そんな時、電車を乗ってみた。

そうすると妙に仕事が、はかどった。

そこで、電車通勤が仕事モードに切り替えているのだと気づいたのだ。

心療内科にも通っていたので、先生にも聞いてみた。

そうすると自分と同じような患者が意外と多いと教えてくれた。


そして、その心療内科の先生といっしょに通勤用VRを作ったのだった。



これがヒットした。

やはり、在宅勤務に戸惑っている人が多いようだ。

すでに満員電車で通勤するという日本人の習性が出来上がっていたようだった。



今回は刺激を強くしたバージョンを作成した。

満員電車と言えば、痴漢という安易の発想だが。

来月リリースされるのが楽しみだ。


今後はオンライン化するつもりだ。


でも、待てよ。

当然、女性ユーザーもいる。


そうなると・・・


「僕はやってない」という声がまた聞こえた気がした。

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