9 探索、捜索、激突
メギドは退屈していた、イモータルにも構って貰えず、城から逃げ出そうとしていた。しかしそれに感づいたタイタンは、メギドの脚を掴んで止めるのだが、メギドはまだ脱出を諦めていなかった。トイレに行くと言って逃げ出すメギドは、城から脱出する事に成功した。この機会に国の中を見てみようと、近くの町に降り立つが、そこで暴力を受けていた子供達と出会った。あまりに酷い仕打ちを見たメギドは、その男をぶん殴り、子供達を譲り受けた。そんな子供達を連れ帰ったメギドは、タイタンに物凄く怒られ、子供達の親になってくれる人を探して行く。だがどうやっても七人が残り、その子達を使用人として城に置く事にした……
べノムザッパーことべノムは、移動能力が高いということで各地を探索させられていた。
飛行能力もあり、キメラ化した者達の中で、唯一変身魔法を習得できてしまったからだ。
今彼は人の姿となり、空を飛んで一つの町を尋ねようとしている。
「はぁ、まさか俺しか覚えられないとは思わなったぜ」
国の中、言うなれば王都の外への調査探索。
敵国の情報収集や、逃げたキメラの討伐など、どれも重要な仕事である。
彼にとっては町の行き来など、飛行能力を使えば一時間ほどで出来るのだが、能力を使うには変身魔法を解かなければならない。
別に人間の姿でも飛べるのだが、それはそれで目立ってしまい、キメラ化した姿をなるべく人目に晒したくないのだ。
彼自体は特に気にしてはいないが、町の人々は必ず驚くだろう。
しかしわざわざ町の前で降りて、変身魔法を使って二十分ほどかけて歩く。
それはとても面倒な事だった。
「あ~全く、怠いったらないぜ。他の方法はないのかねぇ」
誰か話し相手がいたのなら、もう少しやる気も出たかもしれないが、居ないものは居ないから仕方がない。
べノムは町の入り口に着くと、町の情報屋を探し始めた。
この時代は情報は高く売れるし、そんな人物は町に一人は居るはずである。
良そうな場所を思い浮かべ、それが有りそうな場所へとべノムは歩き出した。
「とりあえず酒場かねぇ」
酒場を探し出し中に入るが、客が誰も居なかった。
夕方のこの時間帯に一人も客が居ないとはしけた店だと思ったが、とりあえず酒場の親父に話しかけてみる。
「なぁおい、この辺りで何か面白い話はないかよ」
「酒場に来て注文もしないとは、あんた舐めてねぇか?」
注文を催促するように、親父が此方を睨みつけている。
流石にタダでは教えてくれなそうだ。
べノムは適当にドリンクを注文して、酒場の親父に話を聞く事にした。
「ならそれと、こいつをくれよ。少し喉が渇いちまってなぁ」
べノムが軽いジュースを頼むと、親父がそれを差し出して来た。
もちろんこれは本物のジュースで酒じゃない。
酒を飲んで任務をこなしているのがバレたら、懲罰行きなのだ。
「情報料は別に貰うぞ? それで良いんなら聞かせてやるさ」
「それじゃ、この位でどうだい」
べノムはそう言い、カウンターに金を置いた。
親父はそれを受け取り確認するが、少ないと言いたそうにしている。
だがそれを懐にしまい、親父は残念そうに話しを切り出す。
「この辺りで面白い事ねぇ? そこまで面白くは無いかもしれないが、金を貰ったんだ、良い事を教えてやろう。この辺りにな、盗賊が出るみたいなんだよ」
べノムは気が無さそうに、その話を聞き流した振りをした。
「ふ~ん盗賊ねぇ。この町にも来たのかい?」
親父は頷いている。
その話では、昨日の夜中に金品を盗まれたと言っていた。
それでこの町の男達は、盗賊を探す為に皆出払っていると言う。
「それで? 姿を見た奴とか居ないないのかい? 特徴が分からなきゃ探しようもないだろうに」
「ああ、村の者が見たらしいんだが、何か妙な物を連れていたとか角の様な物も生えていたとかも言っていたな。もしかしたら魔族かもしれないぞ」
親父が言った事は、どう考えてもあり得なかった。
魔族と呼ばれたのは、王国の兵士の中でも志願した者だけなのだ。
こんな所で盗賊をしている奴などいないはずである。
「で、妙な物ってのは何だい?」
親父は、妙な物としか聞いていないと言っていたので、べノムは仕方なく店を出ていった。
辺りを見回してみたのだが道に人通りは少なく、盗賊を追っている様な人物は此処には居ないらしい。
この町に人は少なかったが、べノムは民家を訪ねて情報を貰い、近くの山に向かったと話を聞く。
山までは町から近く、見られてもなんだと徒歩で歩き、日が暮れた頃に盗賊が居るという山に到着した。
木で覆い尽くされた山には、多くの松明の炎が見えている。
あれは盗賊を追った者の炎だろう。
あの方向に盗賊が居るのだろうと判断し、べノムはそちらに向かって行った。
「居たぞぉ! 盗賊を発見したぞぉ!」
町の者に紛れ、山を探索するべノムは遠くからその声を聞く。
急ぎその方向に向かい、べノムは盗賊の姿を確認した。
町の者に囲まれていたのは、たった一人の女の盗賊で、金髪で十八ぐらいの女だった。
角の飾りと、背中にも羽根と思われる物をつけている。
何か作り物の様だが、それでも町の者には効果があったらしい。
囲んだは良いが、彼女に近寄ろうとはしていかない。
実際に魔族を見た人間は少ないだろうから、どんな者なのかも知らないのだろう。
その女を見たべノムは、酒場の親父から聞いた、妙なものの存在を思い出した。
木々の生い茂る山を見渡し、その物体を認識する。
「あれか……?」
女の近くの木の上に、フワフワと何かが浮いていたのだ。
よく見ると、三十センチぐらいの生物で、見たこともない形をしている。
「動物か? ……いやあれは……キメラの子供だと?!」
繁殖をしてしまったという事実は、べノムに物凄く危険な予感をさせたのだった。
子供が各地で増えてしまえば、対処するのも難しくなってしまう。
そしてまだキメラが人に懐いた例は、まだない。
「キメラ共が増え続けると、厄介な事になりやがるぞッ」
小さな子供がこの場所に居るのならば、親が近くに居る可能性が高い。
もし近くに居なくとも、親は必死になって探し回っているだろう。
そんな親が来る前に、出来れば退治しておきたい所だった。
「今の内に退治だな!」
子供の退治に動き出そうとするべノムだったが、隣からは激しい罵り合いが始まっていた。
そしてべノムが動く前に、女の盗賊がキレたらしい。
「お前たちなんて、私の魔法でぶっとばしてやる!」
キレた女が剣を抜き、魔法の準備に入ったのだ。
女の周りに魔方陣が描かれ、最後のキーワードを唱えた。
「レ・ファイヤーッ!」
女を囲んだ村人達の前に、炎の壁が一瞬ボワッと現れる。
だが本当にそれだけだった。
べノムも一応防御態勢をとり警戒していたが、炎の魔法は拍子抜けするぐらいの威力でしかなかった。
「ま、魔女だああああああああああああ!」
「逃げろおおおおおおおおおおお!」
それでも町の人達が炎を見て、悲鳴を上げて逃げて行く。
魔法を見た事がある者は少なく、恐れる者も多いだろう。
広域で燃える炎の魔法を見て、山火事を恐れたのかもしれない。
だがそんな威力だとしても、魔法は王国の秘法である。
彼女が唱えた魔法は、レ・ファイヤー。
分解すると、レ、煉獄の炎よ、敵の目の前に現れよ、という所だ。
ファイヤーは、炎系のキーワードだろう。
そもそも人によってキーワードを変えられるので、キーワードだけで判断するのは難しい。
同じキーワードの魔法でも、覚え方によって現れ方が変わって来るのだ。
しかし魔法の学校で習わなければ、王国の魔法を使う事は出来ないはずである。
同時に学校に行けるほどの家なら、こんな所で盗賊などしてないはずだった。
「ふうん。あなたは逃げないのね? じゃあ剣で斬ってあげる」
女はそう言い、べノムに剣を向けたのだ。
魔法を使わない所を見ると、魔力切れかもしれない。
「あんな大勢の前に炎出したから、もう魔力が切れたんだろ?」
「煩い!」
叫びながら、盗賊の女が突っ込んで来る。
構えを見ると、それなりの先生に学んでいるらしい。
「剣使うのは久しぶりなんだがなぁ」
べノムが腰の剣を抜き、女の盗賊に応戦していく。
べノム自身、魔族の体になってからは、剣を使う機会は殆どなくなっている。
肩に背負う外套の方が良く切れたし、使う場面も無かったからだ。
女の腕はそこそこだったのだが、それでもべノムにとっては遊びみたいな状況である。
「ほらッ、もうちょっとだ、頑張ってこい」
などと言い、剣の練習程度に相手をしている。
だが暫く遊んでいると、突然その場に、あの親と思われる魔獣が現れてしまう。
横幅だけで三メートルは超えるだろうか。
大きな翼と、犬の様な顔を持った魔獣である。
翼を広げれば、八メートルぐらいは行くかもしれない。
「うわあああ! くっ、来るなあああああ!」
女が尻もちをつき、片手で剣を振り回している。
魔物を見て腰が抜けたのかもしれない。
このまま見殺しにするのも寝覚めが悪く、べノムはこの女を助ける為に動き出した。
「おいお前。アイツは俺が引きつけて置くから、お前は早く逃げろよ」
首を振り頷いてはいるが、女は逃げ出せなくなっている。
腰でも抜けたのかもしれない。
べノムは魔獣を誘うように剣を叩きつけたが、魔物の皮膚には食い込みもしなかった。
それを何度か繰り返したが、魔獣にはダメージはなさそうだ。
いっそ変身を解くかと考えたが、女の前で変身を解くのは、あまり気が乗らない。
「くそっ、硬ッてぇ、グラビトンみたいな奴だな此奴!」
狙うなら柔らかい所だろう。
そう思い至り、目、鼻、羽根、関節の裏側、後は指と指の隙間を狙いだす。
相手の腕が振り下ろされた瞬間に、べノムは魔物の体の下に潜りこみ。
そのまま関節の裏側を剣をもって斬りつけた。
「ビンゴだぜッ!」
魔獣は腕の健を斬られ、バランスを崩して肩肘を突いた。
大きな羽根を動かし飛ぼうとするが、バランスが悪く飛ぶ事も出来ないらしい。
まだ終わらないとべノムは逆の腕も斬り付けて、相手の動きを封じてしまう。
「お前が硬いから仕様がないんだからな! 卑怯などとは言うんじゃねぇぜ?!」
べノムの剣は、魔獣の柔らかい部分へと集中して斬撃を放つ。
かなりのダメージを与え、最後は左目から剣を突き入れた。
魔獣は暴れて首のみを使い反撃してきたが、もう飛ぶことも出来ない魔獣では、もうべノムの敵にはならなかった。
女の方を見ると、未だに動けないでいるらしい。
魔獣の子供の方も見当たらなくなっていた。
「おいお前、何処で魔法を覚えたんだ? まさか何処かの令嬢とかじゃあないだろうな?」
「私? 私の話が聞きたいの? 貴方には助けられたし、特別に教えてあげてもいいわよ!」
べノムがそう尋ねると、女は胸を張って話し始めた。
その話を聞くと、一年前の戦争で両親を殺され、この山に逃げ延びたそうだった。
行く当てもなく、食べる物も無かったので、仕方なく盗賊になったとか。
殺人等はしてないから安心しろとか言っている。
殺人が無かったとしても、盗賊は許される行為ではない。
だが彼女の生い立ちにも、少しばかり同情の余地はあるのだ。
王国の責任も少なからずあるだろう。
「チッ、お前をここに置いて行く訳にもいかねぇな。また盗賊に戻られても困っちまうからな。町の奴等には俺が退治したと言っておいてやるから、お前は一緒について来てもらうぞ。……で? お前名前は何て言うんだよ?」
「私? 私はアスタロッテ。王国軍近衛分隊長ブローンの娘、アスタロッテよ!」
べノムは自分の元上官の名前を出されて、少々目眩がしてしまった。
べノム(王国、探索班) アスタロッテ(盗賊)