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5 決戦、死闘、絶望

戦争が始まり、王国と帝国がぶつかって行く。フーラは前線に赴くが、活躍もする事が出来ず、やがて、戦場は王国側に、にじり寄って来ていた。ベアトリックス平原にまで戦線を押し返され、王国はついに、禁忌の技術であるキメラを、戦場へと送り出した。しかし、そのキメラ達は、敵味方問わず襲い掛かり、戦場は混乱していく。作戦は失敗し、王都の目前にまで迫った帝国軍に、最早打つ手さえ見つからなかった。しかしその生死を決める最後の一瞬に、フーラは逆転の手を思いついた。それは、人の体とキメラとの融合という禁断の知恵だった。希望者と共にキメラ研究所に向かったフーラ達は、自身の体を使い、その姿を変化させるのであった…………

 フーラと別れたミーシャは、城に戻ると王の間に向かった。

 裏切者が内部に紛れ込んでいる事を王に報告する為に。

 ミーシャは兵に王の居場所を聞き、王城の中心部の玉座の間で、この国の王レメンスと面会した。


 王であるレメンスは、この玉座の間で護衛も殆ど付けず、戦場の報告を待ちわびている。

 この場に居るのはたった十一人、王の護衛としては少なく、自身の命よりも民の安全が優先だと町中を走らせていたのだ。


「王様、和平団がこの国で殺されたなら裏切者が内部に居るはずです。直ぐに探さないと」


 レメンス王は頷き、もう知っていると、その事を気にかけていた。

 だが気にかけても、今この状況になっては探すのは困難である。

 例え裏切者が何者か分かったとしても、戦争となったこの国に居るのかも怪しいものだった。


「分かっておる。だがどうやって探し出せばよいのか分からぬのだ。ミーシャよ、何か手はないか?」


 何か裏切者を探し出す方法をミーシャは考えている。

 ただその頭脳はそう良い物ではなく……。


「……お……」


 ミーシャは何か言いたそうにしているが、言葉が中々出てこない。

 レメンスは不思議そうに聞き返した。


「お?」


「……思いつきません」


 そう言ってミーシャはガックリと肩を落としている。

 フーラ達に頭脳労働を任せているので、今の彼女には少し荷が重いのだろう。

 それを見てレメンスは考え、悩みだしている。


「う~むぅ、どうしたものか……」


「だ、誰か怪しい者が居たとかないのですか?」


 レメンスは考えるが、思いつかなかった。

 考えて分かるなら、もうとっくにやっているはずだった。


「怪しい者か……いや、特には居ないな」


「じゃ、じゃあ知らない人と……か」


 言っていてミーシャは、同じ事だと気づいたようだ。

 王はそれに、キッパリと答えた。


「見た事がない者が居たのなら、誰かしらから報告が来るはずだ」


 ミーシャはひたすら考え込むが、考えても分からない。

 もし生き残ったら、もう少し勉強しとこうと思っている。


「さ、最近お城に来た人なら……」


 レメンス王は少し悩んだ。

 王国に来た人間は何人か居たのだ。

 元が旅人や、帝国から引っ越して来た者、帝国以外の国から来た者も知っている。

 ただそれでも怪しいと思える程でもなく、答えを出しかねていた。


「ふむ、最近来た者なら、ゲルトハイムとハンセン、後はエミーユだろうか」


 名前が呼ばれたエミーユは、ミーシャが昔から知っている人物である。

 昔は帝国に住み、最近王国に引っ越して来た人物で、今現在でも親交があった。

 だからミーシャは友達であるその人物を、疑う事さえしなかった。

 何者かが化けていたり、操っているとは考えもしなかったのだ。


「王様、ゲルトハイムとハンセンって人はどんな人なのですか?」


「ゲルトハイムはキメラの研究者だ。ハンセンは料理人として城で働いている」


「料理人なら毒とか入れられたら危ないかも? まずハンセンの方に行ってみますね」


「うむ、まあ気を付けるのだぞ」


 ミーシャの事は信頼している王だが、頭の事はあまり期待しておらず、それでも頼んだのは藁をもすがる希望の為だろう。

 玉座の間から走ったミーシャは、まずハンセンの居る厨房へと向かった。


 戦時中の為か、絶えず何かの料理を作っていて、厨房は大慌てである。

 戦場で腹を空かせた兵士達の為に、料理人は料理で頑張っているのだろう。

 慌ただしく走る厨房の中で、ミーシャはハンセンを探していた。


「あの、ハンセンって人は居ませんか? ちょっと聞きたい事があるのですけど」


「ハンセンは俺だよ。何の用だい? 今ちょっと忙しいから、早くして欲しいのだけど」


 自分から名乗ったハンセンという者は、周りに居る全員と同じ格好をしている。

 この場で働くのなら当然ではあるが、新米である彼は、大量に積まれた芋の皮をむかされていた。

 二十歳そこそこの背の高い男である。

 彼が内通者ではないかと、ミーシャは口を開きかけた。


「あの……」


 そう言いかけて、ミーシャは何て言えば良いのか迷ってしまった。

 あなた反逆者ですか?

 王様に何かするつもりでしょうと聞いた所で、相手がそう答えるはずもなく、ミーシャは固まった。

 どうにも聞く事が出来ず、迷った末に出した答えは。


「ちょ、ちょっとハンセンさんを借りて行きますね」


 そう言い、ハンセンの頭を剣でぶっ叩いた。


「グ八ッ!」


 頭脳労働は得意ではなくとも、兵士としては優秀な部類のミーシャは、絶妙な力加減でハンセンを気絶させる。

 そのままロープで縛り上げ、担いで連れて行くと、空の牢屋に入れておいた。

 もし彼が本物であるなら、これで何も手を出せないはずである。


「間違えてたら後で謝るので、許してくださいね」


 軽くそう言い、次はゲルトハイムを探しに走る。

 キメラの研究とは全く聞いたこともなかったミーシャだが、勘だけは冴えていたらしい。


「ゲルトハイムって人は研究者って言っていたから、魔導研究所に居るのかな?」


 魔導研究所とは、魔法に関わる全てに関わる研究をしている施設である。

 魔道具や、魔剣、魔装、果ては新な魔法系統を探したりと、色々な研究をして居る場所だ。

 そこへ急ぎゲルトハイムを探しに行ったミーシャは、働いている研究者に居場所を聞いた。


「ゲルトハイムさんなら、王様に呼ばれた様な事を言っていたよ」


「王様に?!」

 

 ゲルトハイムがこの王国に仇名す者なら、簡単に王に近寄らせては危険な気がした。


「王様は無事かしら。……急がなきゃッ!」


 ミーシャは走り王の間走りに辿り着いたが、そこには王やゲルトハイムの姿は見えなかった。

 何処に行ったのかも分からず、慌てて近くに居た近衛兵に王の居場所を聞き出した。


「王様は何処に行ったの!」


「王ならばゲルトハイムと一緒に、魔導研究所の中にあるキメラ研究所に行ったぞ。近衛兵も十人ほど付いて行ったから、それ程心配はいらない」


 魔道研究所からここまでの道で、目的である王様とは会わなかった。

 別の道を進んで行き違いになったのかだろう。

 ミーシャはまた来た道を急いで引き返し、魔道研究所へ急ぎ向かった。


 研究所の中に入ると、先ほどは見かけなかった石の様な物が地面に転がっている。

 粉々になり砂となった物や、手の形の物まで色々と、かなりリアルな物が色々と落ちていた。


「何これ、如何なっているの? 兎に角王様を探さないと!」


 あの短時間で何でここにと、考えている時間も惜しいのだ。

 それより王は何所かと走り回る。

 ミーシャは向かう場所さえ分からず、落ちる砂の道を選び出す。


 魔道研究所の奥の奥。

 隠された様に作られた先に、キメラ研究所と書かれたプレートが見える。


 その中から二人の声が聞こえてきている。

 声の一人は王のものだろう。

 そしてもう一人がゲルトハイムだろうか。

 何が起こっているのかも分からず、愛用の槍を構え、中の様子を探り聞く。


「近衛兵達はどうなったのだ。どうしてこんな事をする、お前の目的はなんなのだ!」


 王の声からは焦りの色が見える。

 そして楽し気に話し出すもう一人。


「大した事ではありませんよ、ほんの少ぉ~~し、遊んでいただけですよ。戦争とか起きたら面白いんじゃないかって思いましてね? 噂を流したり、帝国の大臣を操ったり、中々面白かったですよ。悪意とかもありませんよ、本当に、ただ何と無~く、それをしてみたかっただけなのですよ」


「こんな戦争を起こしておいて、なんとなくだと?! ふざけるんじゃあ無いぞ!」


「何を怒られているのか分かりませんが、もうそろそろフィナーレなので、貴方にはご退場願いましょうか。私ねぇ、この間研究していたらですね、面白い物を開発出来ちゃいましてねぇ。この小瓶の中にはね、人を石に変えてしまう煙が入っているのですよ」


「ま、まさか近衛兵達はそれで?! や、止めろ!」


「さようなら王様。でも、もしかしたら助かるかもしれませんよ? 何かの拍子に治るかもしれませんからね。たま~に一部分だけ石化が解けて面白い事になった事があったのでねぇ。それではさようなら」


 ゲルトハイムだと思われる男が、小瓶を投げつける瞬間に、ミーシャが愛用の槍でその小瓶を防いだ。


 ……つもりだった。

 思ったより小瓶は柔く、パリンと割れて紫煙の煙が広がる。

 息を吸う度に意識が遠のき、その煙はミーシャと王の二人を、じわじわと石に変えていく。

 失われる意識、自分がここで死を迎えるのだと、抗う術もなく目から光が消えうせた……。


「おおおぅ、これは芸術的な出来だ。名づけるのなら王と従者等どうだろうか? これは壊すのは勿体無い。この場所に飾って置く事にしよう。フハハハハハハ!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 数時間後、それとも数日後かも分からないが、奇跡的にミーシャは目覚めた。

 完全に意識が戻っているが、自分の体が殆ど動かせなかった。


「はぁはぁ……右腕がッ、動かない。……はぁはぁ……」


 左腕は何とか動かせたが、右腕は完全に石になり、感覚が失われていた。


「足が、地面にくっついてッ…………はぁはぁ」


 両足は床に張り付き、足を動かす事も出来ない。

 何とか体を動かそうと、もがき続けるミーシャ。

 だが何をしても状況はかわりがなく、手に持つ槍も右腕と共に固まってしまっている。


 自分の体を見ても絶望しかなく、王がどうなったかと後を振り向く。

 目の端にしか見えぬその姿は、石と化し返事すら出来ぬ王の姿だ。

 助けに入ったはずだったのに、何一つ報われぬミーシャは涙さえも流せない。


 左目は石となり、もう片方の目にも涙は溢れない。

 涙すらも石と変わってしまったのだろう。


 私も死ぬのだろうか。

 もうそう考えざるを得ず、本当に何もできなかった。


「動け、動け、動け、此処に居たら殺される。うぅ、後は……」


 自分の動かなかくなった右腕に、握った槍を見る。

 それだけが頼みの綱で、生き残る為にはそれを使うしか方法がない。

 彼女はもう、ただフーラと一緒に生きて行きいと、それだけの想いが行動を決意させた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。……ああああああああああああああ!」


 左腕で右腕持ち、無理やり固まった脚に、自分の槍を突き立てた。

 だが槍は弾かれ、自分の脚にも痛みが走る事はない。

 何度も何度も試すが、そのたびにギィンと弾き飛ばされる。


 これではいくらやっても無駄だと、別の方法を試すしかないらしい。

 今度は石になっていない脚の付け根を狙いたいが、固まった右腕が、そこまで稼働出来る範囲ではない。

 無理やりに腕を捻り、石化した部分と生身の境目が、ブチブチと千切れ出す。


 そこでミーシャは覚悟を決めた。

 右腕を捻り尽くし、思いっきり左腕で引っ張った。


「うわああああああああああ、あああああああああああああああああ!」


 思いっきり叫び声を上げて、自分の右腕を引きちぎる。

 幸か不幸か、出血はほとんど無く、血液も凝固しているのかもしれない。

 左腕で刃先の方を持ち、思いきって自分の右腕だった物を地面に叩きつける。


 ブシュゥと槍の先端が腕の部分に刺さる。

 まだ痛みがあった自分の左腕が、残っていた事が喜びに思えた。

 覚悟を持って両足を切断すると、彼女は自由と言うものを手に入れる。


 ガンと床に叩きつけられ、痛みすら感じぬ体で、出口に向かって這いずり進む。

 またフーラと生きられる、それだけだった彼女は、ふと後方の王の姿を見てしまう。

 王はフーラの父親で、それ以上に彼女の恩人でもある。

 ただ生きたいだけだったミーシャの気持ちが、それを見て変化した。


 王の仇を討ちたいと。


 そこからは迅速に行動ができた。

 バラバラになった近衛兵の石化した残骸を、口と左の掌に持ちながら、自分が固まっていた場所に置いていく。


 それを何度も繰り返し、一人分の残骸の量を、自分の足だった物の近くに積みこんだ。

 真面に動けもしないミーシャは、この場にあいつが確認しに来るのを待っている。

 動けない体では、不意打ちで一撃当てれば良い方だろう。


 その一撃で相手を倒さないとならない。

 彼女が唯一使える風の魔法を使って、ミーシャは自分の槍をしならせている。

 この槍の反動で、自分の体を飛ばせる様にと調整していた。


 もう何時間待っただろうか。

 彼女の精神力も限界に近い。

 息を殺し、命ギリギリまで相手を待ち続けている。


 石化した体からはヒビが入り、もうこの石化は治る事は無いだろう。

 傷から血が流れないにしろ、命の時間が迫っていた。


 ……来た。


 待ち続けた彼女に、神が助けを与えたのかもしれない。

 だが彼女は感謝などしない、運命を神が操るのなら、この運命を与えたのも神なのだから。


「あ~あぁ、女の方は崩れてしまったか。せっかく綺麗に固まったのに、とても残念ですねぇ」


 ゲルトハイムが満足して後を向いたら……飛ぶ!


 ゆっくりと、そのタイミングを待つ。

 ゲルトハイムがじっくりと石像を眺め、飽きた様に後を向いた。

 今だ、と槍のバネを利用し、彼女は飛び出した。

 柄に付いた紐を持って、槍をゲルトハイムに槍を突き立てる。


「ぎやあああああああああああッ!」


 作戦は成功し、槍はゲルトハイムの背中から、その胸までを貫いた。

 人であるなら死を免れない傷。

 その体からは、人ではあり得ない黒色の血が流れる。

 しかし、致命傷であるにも関わらず、それでもゲルトハイムは倒れなかった。


「お前はぁッッッッッ、ぐげぼ」


 ゲルトハイムは彼女を睨みつけ、動けない体を蹴り上げる。

 そのまま自分の胸にある槍を引き抜き、ミーシャの心臓近くに、それを突き刺した。


「ざ、残念だったな。も、もう少しだったのに、な。……そこで死んでいろ!」


 ゲルトハイムはそう言い残し、この場を後にしようとするが、ミーシャは死ななかった。

 痛みはあった。

 意識も飛びそうだが、石化のおかげで出血は少ない。

 もしかしたら神様は居るのかもしれない、そう思う程に彼女は幸運だった。


 声を出してはいけない、ここで気付かれては何もかもがお終いになる。

 ただ無言で自分に刺さった槍を引き抜き、相手の首を狙って投げつけた。

 真面に動かぬ体と、狙いすら定まらぬ一撃。


「……ガッ!」


 ただ当たれば良いと投げた一撃は、偶然にもその首を貫く。

 幸運に恵まれていたミーシャだったが、今の自分の状態に気付いてしまった。

 もう自分が、どうやっても助からない事に。


「死にたく無いよ……フーラ……」


 自分は何時死ぬのだろうか。

 文字通り割れそうな体と斬り刻まれた体は、時が刻まれる毎に音を立てて崩れて行く。


 せめて一目。

 もう一度会いたかった。


 意識は……そこで……途切れ…………。



「ミーシャ、どういう事だ。何なんだこれは! しっかりするんだ、死なないでくれ!」


「フーラ……あ、あいつが全ての、元凶だった。戦争を起こしたのも、噂を流したのも、全部全部……私達と、帝国を、玩具にして遊んでいたの……よ……」


「もういい、喋るな。癒しの魔法をかけてやるから……」


「もう無理……よ。……血が足りないの……寒い……わ」


 フーラが研究者達を睨みつけた。




「お前達、此処で何があったか知らないが、今はどうでもいい! 兎に角ミーシャを助けるんだ!」


ミーシャ(王国、兵士)         フーラ(王国、王子)

ゲルトハイム(王国、キメラ研究者)   ハンセン(王国、料理人)

レメンス(王国、国王)

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