1 彼は勇者だった
彼は勇者だった。何人もの人達が、彼をそう称えている。黒いオッサンを愛する男アーモン、それを語れば、何故勇者と呼ばれているのか分かるだろう…………
俺はアーモン。
皆からは、勇者と称えられていた。
出会った人々全員は常に、俺の事をを称賛して行く。
俺にはそれが、何故なのか分からないが、まあ褒められているのだから、気にしなくても良いだろう。
「アンリさん。一晩で良いんです、俺と一緒の夜を過ごしませんか。絶対に後悔させません。俺は、貴方の事を愛しているのです!」
「嫌じゃボケえええええ! その一晩で、俺がどれ程の物を失うのか、よく考えて貰おうか! もう何度も何度も断ってるだろうが、とっとと諦めて帰りやがれ!」
彼女はアンリさん。
今は男の恰好をしているが、彼女は立派な女性だ。
彼女は変身魔法を使い、美しい女性へと変わる事が出来る。
俺の前では中々変身してくれないのは、きっと照れているからだろう。
一応、男の時の名前は、べノムと言うらしい。
まあそんな名前は如何でもいい事だ。
「それは無理というものです。俺は貴方を愛してしまったのですから、良い返事を聞かせて貰えるまで、俺は何度でも現れます。さあ、もう一度お返事を聞かせてください」
「あああ、もういい! 一回ぶっ飛ばさにゃならん様だな! 徹底的に強制してやるから、負けたらもう二度と来んな!」
「と言う事は、俺が勝ったらアンリちゃんは一生俺の物になると? まあ負けた所で諦めませんけどね」
バタンッ! っと扉が閉まった。
アンリさんは、照れて隠れてしまったらしい。
本当に残念な事に、彼女はもう結婚をしている。
俺としては何ら問題は無いのだが、彼女の妻のロッテさんには、なるべく迷惑を掛けたくない。
俺はロッテさんから、彼女を奪おうとしているわけではないのだ。
月に一度、いや、一週間に一度で良いから、彼女と仲良く喋りたいだけなのだ。
俺は、それ以上の事は望んでいない。
チャンスがなかったら、俺はそんな事を望まない。
もちろんチャンスがあるなら、衝動に駆られてしまうかもしれないが。
「帰れ! おいロッテ、あの馬鹿が滑って頭ぶつけて死ぬぐらいに、塩撒いとけ!」
「一晩ぐらい付き合ってくれば良いのに。私は全然かまわないよ? マッドもそう思うよね~?」
「俺は構うんじゃ、コラァアアアアアアアアア!」
家の中から、怒鳴り声が聞こえて来る。
アンリさんが騒ぎ立てるから、生まれたばかりの赤ん坊が泣いている。
最近生まれた男の子らしい。
俺は見せて貰った事がないけど、きっと可愛い子なのだろう。
もう少し、お話をしたかったのだが、扉が閉められてしまっては仕方がない。
また出直すとしよう。
「アンリさん、今日はこれで失礼しますよ。また明日来ますから、次はアンリちゃんの姿で会ってくれると嬉しいです。ではまた」
「二度と来んなボケエエエエエエエエエ!」
気の短い人だ。
そういう所も、俺の好みと合致している。
やはりこの出会いは運命なのだろう。
そんな彼女なのだが、じつはもう一人存在している。
親切な誰かが教えてくれたのだが、この近くのパン屋にも同じ姿をした、アンリさんが存在するのだ。
名前も性格も違うが、顔とスタイルは全く一緒だった。
彼女達は兄弟でも、双子でも何でもなく、ただの赤の他人なのだ。
アンリさんがレインと言うパン屋の娘さんを、魔法で模写した姿がアンリさんの姿なのだ。
それはもはや同一人物と言って良いだろう。
俺はそのパン屋に向かい、昼食を買う事にした。
「こんにちはレインさん、今日も何時もの様に、お美しいですね。昼食の為に少しパンを包んでくれませんか?」
「あ、アーモンさんこんにちは。パンは何時もと同じ物で良いですか?」
「はい、それで良いです。でも、貴女が選んだ物ならば、何でもおいしく頂く自信はありますよ」
「あら、お世辞でも嬉しいです。じゃあ誉めてくれたお礼に、オマケでもう一つ付けときますね。じゃあ、またいらしてくださいね」
「はい、是非来させてもらいます」
とても良い子だ。
当然顔もスタイルも俺好みなのだが、出会った順番が不味かった。
これがアンリさんの前だったのなら、俺は彼女に夢中になっていただろう。
しかし、先にアンリさんに会ってしまったので仕方がない。
俺は彼女が居なければ、生きて行けない体に成ってしまったのだ。
「あ……待ってくれませんかアーモンさん。あの……今度の休みに、私とお出かけしてくれませんか? アーモンさんとご一緒出来たら、凄くおもし……楽しそうだと思いますから。駄目でしょうか?」
レインさん、まさか俺に気があるのだろうか?
俺にはアンリさんが居るというのに。
とはいえ、アンリさんと瓜二つの、彼女の頼みを断る事は出来なかった。
「もちろん良いですよ。ではアンリ……ゴホン。レインさんの都合の良い日でいいですよ。何時なら開いているでしょうか?」
「そうですね……じゃあ、四日後のお昼なんて如何でしょうか? その日はお店がお休みなので。駄目ですか?」
「構いませんよ。ではまたその日に、この場所に来ます。ま、たぶん明日も来るとおもいますけどね。じゃあ俺は仕事に戻りますね」
「はい、行ってらっしゃいアーモンさん」
俺は手を振り彼女と別れた。
仕事を続ける俺は、この町の中を見回っていた。
仕事と言っても簡単な物だ。
ただこの町の中を歩き回り、何か有ったら城に報告するだけの、簡単な仕事だ。
俺は町の中を歩き回り、今日の仕事を終わらせた。
そして約束の日の当日。
俺は待ち合わせの場所へとやって来ていた。
「お待たせしましたレインさ……ん……」
「あ、アーモンさんこんにちは。今日はいいお天気ですね。じゃあ早速お出かけしましょうか」
その場には、大勢の男達が屯している。
一体これは何の集会なんだろうか?
そういえば出掛けるとしか聞いていなかった。
もう少し詳しい話を聞いてから来るべきだったな。
アーモン(勇者と呼ばれた漢) アンリ(べノム)
レイン (パン屋の看板娘)
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