表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/779

2 愚者と謀略

書物に記載された物語が一つ紡がれた。王国の魔法使いジバルは、一つの依頼を受ける事となった。依頼は帝国からの箱の護衛。百年も盗賊さえ出て来ないその道を、ジバルは仕事仲間と進んで行った。王国の手前の野営地、そこで事件が起こった。仕事仲間だったはずの二人組が、その男ジバルを殺してしまったのだった…………

 ここは魔法が発達したエンジェンド王国とも呼ばれた国。

 エンジェンド王国は百年もの間戦争もなく、隣国の帝国とも仲が良い平和な国である。

 その王国の王子フーラ、つまり俺は、今年で十七歳の男だ。


 小さな国の王子である俺だが親父には他に子がなく、いずれ王を継ぐ事になるだろう。

 その俺は軽く挨拶するだけの簡単な仕事も終え、今は退屈な日常を過ごしている。


「なんかさぁ、面白い事ないかなぁ」


「フーラ~、そんな事言ってないで訓練しようよ。今日はまだやってないだろ」


 隣に居るのは女の兵士ミーシャだ。

 俺よりも頭一つぐらい大きく、茶髪で碧色の瞳をしている。

 彼女は俺と幼馴染で、俺の護衛の任務を与えられていた。

 実は結構意識していて、彼女との仲も良好である。


「うるさいよ、同い年なのに、何でそんなにデカいんだよミーシャ」


「おっ、フーラ、でかいのは嫌いなの? ほうらオッパイだぞー」


 ミーシャは胸を顔に押し当てて来ている。

 俺は流石に少し恥ずかしい。

 嫌いではないが、少し照れてしまう。


「やめろよ、この野郎」


 俺は手で押しのけ、更に怒った振りをした。

 本当に怒ってる訳じゃない。

 むしろオッパイの感覚は、中々良い物だと思っている。


「野郎じゃないですよー、私は女の子ですもの。ほら、この胸が見えないの?」


「そんなごっついのに、女の子でもないだろうが。もうちょっと小さくなってくれよ!」


「あら酷い、傷つくじゃぁないですか。ちょっとお仕置きしてあげます!」


 ミーシャはそう言って俺の頬を抓った、力いっぱい、おもいっきりに。

 頬が赤く腫れあがり凄く痛い。


「うぎゃ~痛てぇだろうがよ! 何しやがるんだよ。俺は一応王子だぞ!」


 ミーシャは俺の事を王子として見ていないのだろう。

 俺の親父も民とは普通に接する人物なので、まあこんな扱いだ。 


 大きな体を気にしているミーシャは、少し怒ったのだろうか?

 別に気にする程酷い体をしていないのだが。

 俺はむしろ、それが好きだった。


 この王国の領土は少なく、他国との関係も良好だ。

 こんな小さな国では政略結婚とかもないから、そのうちミーシャを王妃にしても良いと思っている。


「フーラが酷い事を言うからじゃないですか。あまり酷い事を言うと切り落としちゃいますよ」


 開いていた扉から入って来た近衛兵長のマルファーが、王子である俺を窘めた。

 俺とは二つ歳の上の、昔からの友達だった。

 この男は俺よりは弱いが、そこそこ良い腕をしている。


「フーラ様、遊んでないで訓練してくださいね。王族としてちゃんとやって貰わないと困りますよ」


「はぁ、仕方ねぇなぁ。じゃあさっさと終わらせるか」


 俺達三人が訓練場に向かい、訓練を開始する。

 毎日の訓練は日課になっていて、サボる事は出来ない。

 戦争も無い平和な国なのだが、まあ、念の為というやつだろう。


「それじゃあ行くぞ!」


 俺は剣を抜き、半身に構えた。

 小さい頃から訓練しているが、その構えは独特な物だろう。

 これは教えられていた正規の構えではない。

 何度か矯正されたが、何度も反発して、今の形に落ち着いている。


「……あの、王子。何時も思うのですが、何でそんなに変な構えなんですか? そろそろ直して貰わないと、俺が怒られるんですけど」


 俺の構えは半身で、剣を中指と親指を輪にして、ひっかけるだけで、剣先は垂れている。

 左手は腰の後に回し、腰のバッグに突っ込んでいる。

 剣には剣でとか、盾で受けろとか、俺にはそういうのは向いていない。

 体格の良くない俺には、そういう戦い方は不向きだ。


「強ければ良いんだよ。お前はこの頃勝ててないだろう。戻して欲しかったら、俺に一回勝ってみろよ」


 俺は誘う様に剣を指で動かした。  


「ふふふ、今日は勝ちます。じゃあ訓練開始しますけど、当然魔法はありですね?」


 俺はもう一度気合を入れて、剣を構え直した。


「当たり前だろ。ここを何処だと思っているんだ。この国は魔法王国だぞ? 魔法を使わなくてどうするってんだ」


 その言葉と同時に、俺はバックに左腕を入れたまま、剣で突きを入れる。

 マルファーは剣をいなし、その返しで切り上げ、更に俺の左から緑色の斬撃が襲う。

 これは魔力の斬撃ってやつだ。


 殆ど無音で飛び交うそれは、無駄に高性能と言っていいものだ。

 詠唱も無しで放たれる刃とか、もう反則じみている。

 だが急所に当たらなければ致命傷にはならないだろう。


 あいつも王子である俺に手加減をしているからな。

 それに対応する為に左手をバッグから出し、防御結界を発動する。


「防魔の障壁よ!」


 体に纏わりつくように、魔力の障壁が現れた。

 マルファーの放つ緑色の斬撃が、防壁にぶつかり割れて無力化される。

 防御結界は、どれほど魔力が有ったとしても、限界回数が三度という欠点がある。

 だが、どれ程の魔法や攻撃でも掻き消せるという優れものだ。


 戦闘とも呼べないこの訓練だが、マルファーとは何度も戦った事があるので、その手の内は大体読める。

 しかし斬撃の壁は中々厚く、手数が多いのだ。

 罠にでも掛けなければ、なかなか勝つ事は難しい。

 一対一では、離れて大魔法を唱える隙なども与えてはくれないだろう。


「腕ぐらいなら切り落としても、ちゃ~んとくっ付けてあげますので、大丈夫ですよ」


「そんな痛い事は御免だね」


 あいつも色々と俺に不満があるのかもしれないが、それで腕を斬られるのは嫌に決まっている。

 如何にか勝とうと、バックの中で片手で印を切り、俺の魔法が唱え終わった。


「ジ・グレイブ!」


 俺の放つ魔法は、マルファーの周りの地面を揺らして、その体勢を崩す。

 そこにバッグから取り出した爆薬と煙玉を投げ当てた。


「うわっぷ、ちょ、きたな!」


 軽い爆炎と煙がマルファーを包みこみ、気付かれない様隠れながらマルファーに近づいて行く。

 少しむせて、意識を俺から外している。

 斬撃を我武者羅に飛ばすだけでも違うというのに、万が一にでも急所に当たれば不味いと、俺を気遣っているのだろう。


 だからといって俺が手加減してやる気はない。

 後から忍び寄り、右手の剣側から剣を封じた。

 そして俺はマルファーに剣を向けて、こう宣言する。


「今日も俺の勝ちだったな」


「王族が何でそんなに卑怯なんですか、もうちょっと正々堂々とですねぇ」


 恨みがましく言って来るが、俺は特に気にもしない。


「お前は恋人の命が掛かっているのに、正々堂々戦って、負けたらそれで満足なのか?」


「いや俺、恋人居ないですけどね……」


「ああそう……」


 ミーシャの方を見ると、何か手帳に書いているようだ。

 何が書いてあるんだろうか?

 それがちょっと気になった。

 俺の勝率とか書いてあるんだろうか?


「? それ何書いているんだよミーシャ」


「これはフーラの戦闘記録ですよ~。今までの事が色々書いてあるの」


 なる程、やはり俺の戦闘記録らしい。

 その手帳を覗くと、フーラは卑怯とか色々書いてある。

 好きな女に卑怯とか思われるとか、少し考えを改めるべきだろうか?

 訓練も終わったし、何か面白い事は無いかと考えていると、外から旅行者が来ることを思い出し、ちょっとだけ悪戯をしたくなった。


「そうだミーシャ、これから外に出かけるぞ。もうすぐ旅行者がこの国に来るはずだ。ちょっと驚かせてやろうぜ」


「王族がそうポンポンと国からでちゃダメなんですよ? 少し大人しくしていましょうよ」


「煩いミーシャ、俺が行くって言ったら行くんだ。一緒に付いて来い!」


 ミーシャが止めるのも聞かず、俺は王城を出て国の入り口の正門に到着した。


「王子、まーた勝手に国の外に出るんですか? 俺上司に目を付けられてるんで止めて欲しいんですけど」


 門番のクラノスが喋りかけて来た。

 クラノスも同い年で、昔から遊んでいる友達だ。

 ほんの少し太っているのを気にしている。

 そのクラノスを、俺は説得しなければならない。


「俺が王になったら、お前を大臣にしてやるから許してくれよ」


「それ本当なんでしょうね? 絶対ですからね」


 クラノスが胡散臭そうに俺を見つめる。

 勿論約束を違える気は無いのだが、まだ先の話になるだろう。

 将来に期待して待っていてもらうとしよう。


「ああ 分かった分かった、じゃあ行って来る」


「気を付けて行ってらっしゃい」


 クラノスが手を振り、俺達を送り出した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 俺達は馬を飛ばし、王国近くの野営地へと向かっている。

 旅の旅行者達は、予定ではこの辺りで休憩するはずだった。

 俺達はその野営地の崖の上で、華々しく飛び出すつもりなのだ。


「そろそろ野営ポイントに到着する。魔法の花火でも打ち上げて脅かしてやろうぜ」


「フーラさぁ、そんな事したら護衛の人に襲われちゃうんじゃないの?」


「そこは大丈夫だ。いきなり襲って来ても防げるように、自分に結界を張ってある。二、三発なら、何とでもなるから、それで高らかと宣言するんだ。俺が王国の王子だってな」


 そう言うと、ガサゴソと魔法の花火を取り出した。

 これはマジックアイテムと言うやつだ。

 他国にある物と違い、火薬が入っているわけでは無い。


「待ってくださいフーラ。流石に危ないかもしれないので、その前に少し様子を見て来ますね」


 ミーシャはそう言い、先に進んで行く。

 そして崖の上の茂みから、下の様子を窺っている。


 俺には聞こえなかったが、ミーシャには話し声が聞こえていた。

 野盗、任務、殺し。

先についたミーシャは息を潜ませ、男女二人の会話を、耳を澄まして聴いていた。

 そんな事を知らない俺は、持っていた花火に魔力を送り、花火の準備をしている。


「さあやるぞ」


 俺が投げた花火は天高く上がり、パーンと弾け、崖の下の様子を照らし出す。


 そこにあった物は、二人の男女と、一つの死体だけだった。

 その光景を見たミーシャは、戦士の勘がそうさせたのか、何も言わず俺の手を握って直ぐに逃げ出した。


「おいミーシャ、あいつらと目が合った。こっちに追って来るんじゃないのか!」


 ただのイタズラで、まさかあんな場面に出くわすとは、こんな状況になるとは思っていなかった。


「大丈夫です。馬まで行けば逃げられます! さあ王子、急ぎましょう!」


 俺達は緊迫した表情で走り続ける……。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 二人が逃げ出した野営地。

 先ほどの男女が話をしている。


「良かったの? 逃がしてしまって」


 野盗風の女、赤い髪をしていた。その剣は、血で赤く染まっている。


「構わないんじゃあないか? 俺達の任務は此奴一人殺す事だけだ。他は逃がせと言われているしな」


 大柄の男がそれに答えた。


「上の考えとはいえ、戦争なんて起こって欲しくはないが、任務は果たさなければならない。ならば、ささやかな抵抗と言うやつだ。あいつ等二人で何かが変わるとは思っていないがね」


「まあそうよね。でも大丈夫なの? 帝都で言っていたけど、こんな汚れ仕事をさせた私達をおとなしく元の仕事に戻してくれるのかしら」


「その心配は無い、そうなったなら此方も一つ手を打つだけだ」


 二人はこの直後本当に野盗と名乗る集団に襲われる事になるのだが、彼らはそれを突破し逃げ失せた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 逃げ出した俺達は、馬を繋いでいた場所へと走り、到着していた。


「はぁ、はぁ……あいつら何者だ」


 息を切らしながら、俺達は馬に跨る。

 後から追って来る気配は無いが、まだ止まる訳にもいかない。

 相手も馬を持っているかもしれないからだ。


「何か妙な事を言っていました、任務だとか戦争とか。もしかして帝国が戦争を仕掛けて来ているんじゃ!」


「まさか帝国が? あり得ない。帝国のグレムリン王は親父の親友だ。俺も知っているし、そんな事をする理由が無い」


「しかし実際に人が死んでいます。王国に戻り、増援を要請しましょう」


 二人が増援を呼んで野営地に戻って来た時には、一つの死体だけが残されており、他にはもう誰もいなかった。

 

 俺達は王国に戻り、国王に事情を話す事にした。


 王国の国王レメンス。

 俺の父親で、この国の王だ。

 細身で顎鬚を生やしていて、人当たりの良い性格だ。

 人民からも尊敬されている。


「グレムリンがそんな事をするはずがない。何かの間違いではないのか?」


「間違いありません。私も聴いておりました」


 ミーシャの発言にしばし考えこむ親父。

 このまま何もしない訳にもいかないだろう。


「グレムリンに親書を送ろう、それで真偽が分かるかもしれん。大丈夫だ、心配する事は無い。この国は戦争をする事などないのだからな」


「王様、実際に一人死んでいるのですよ? 何かやろうとしているのは確実です。こちらも準備を始めるべきではありませんか? もし何も無かったら取りやめれば良いだけですし」


 親父は戦争はやらないと言っているが、相手が攻めて来たら、そんな事を言っていられなくなる。

 此方が無抵抗でも、向うが手を抜いてくれるはずがないんだ。


「戦争を始めるのか。……クソッ、なんで帝国が攻めて来るんだよ。仲良くしていたはずじゃなかったのかよ」


 悲痛な声を上げ、俺は嘆いた。

 帝国に居る友達の事も思い出す。

 帝国とは昔から交流があり、俺も何度も行った事もあるし、友達も何人もいるのだ。


 戦争が起これば、その友達とも二度と遊ぶ事は出来ないだろう。

 勝ったとしても、負けたとしても。


「戦争の準備はしない、向うが本当に戦争を始めるとしても、切っ掛けがいるはずだ。それを此方が与える事になってはならない。だが、武器の手入れを入念にする事だけはやる事にしようか」


 親父はそう答えると、天に祈りを捧げた。


 次の日、城下に一つの噂が流れた。

 根も葉もない嘘だが、人々の心を惑わす決定的な噂だった。

 帝国民が旅行中に全員で、王国の民一人をいたぶり、拷問し、虐待し、そして、殺害したと。


 どれだけ民を宥め、封殺しようとしたところで、この噂を止める事はできなかった。

 本当に殺されているという事が真実味を増して、帝国に対しての不信感が募っていく。


 そして、起こってはならない事態が起こる。

 王国の民が帝国の民を虐待し、暴力を振るったと。

 一つの切っ掛けで、二国の友好が崩れ出して行く。


 それからも二国では度々同じ事が繰り返され、民の怒りが膨れ上がる。

 王城の前には、何千人もの民衆が押し寄せて、帝国を許すなと叫び始めていた。

 流れは加速し、増量し、そしていつしか二国の接触は無くなっていく。


「もうこの流れは止まらないだろう。……戦争が始まる」




 グレムリン王からの返信は一切無く、何かの謀略に嵌められている気がしてならなかった。


フーラ(王子)     マルファー(近衛兵長)    ?(野営地に居た女)

ミーシャ(兵士)   クラノス(王都門番)     ?(野営地に居た男)

レメンス(王国、国王)


4/29ちょっと修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ