7 相似形の想い
紺野君の態度に悩んで微妙な距離感のままの一週間はあっという間に過ぎた。
紺野君が金曜に藤咲さんと何か約束をしていたのはとても気になるけれど、あたしが口を挟めることでもないから気にしないようにするしかない。
土日はうだうだと過ごし、再びやってきた月曜日。
あたしが出社すると、紺野君はもう来ていた。
「おはようございます」
ニコッとしながら言う彼。
その顔は先週の少しぎこちない様子とは一転し、葉山君のことがあるより前のような優しい顔だった。
「おはよう」
…紺野君、何かいいことあったのかな…
『いいこと』と思った瞬間、藤咲さんが浮かぶ。
そっか…金曜に彼女と何か約束してたもんね。楽しく過ごせたんだろうな…
悲しい気持ちに浸っていると、紺野君が言う。
「岡本さん、元気ないけど大丈夫?」
「あっ、う、うん。大丈夫。心配してくれてありがとね。ちょっと考え事してただけだから」
取ってつけたような笑顔だろうなと思いつつ、作り笑いで対応する自分がさらに悲しい。
色々聞かれると面倒なので、お茶をいれるふりをして席を立った。
給湯室に向かうと、女の子数人のひそひそ声が聞こえてきた。
何だか悪い気がして引き返そうとしたその時。
「…紺野君は……から…」
断片的に聞こえた言葉でその場を動けなくなる。
声の主はどうやら藤咲さんのようだ。
そして、どうやら涙声になっている様子。そんな彼女を他の女の子が慰めている、といった感じだ。
「…でもさ、まだ付き合ってるわけじゃないでしょ?まだチャンスはあるって…」
「ないよぉ!もうはっきり断られたもん!」
「莉子……」
「紺野君、その人のこと、ずっと好きでいるって…諦めないって…だから…」
藤咲さんの口から出た衝撃の事実は、あたしの胸にも深く突き刺さった。
紺野君、好きな人いるんだ…
今までも好きな人くらいいるだろうとは思っていたけど、こんなにはっきり事実を突き付けられたらもう否定のしようがない。
そして、藤咲さんの言葉が正しければ、彼の心にはたった一人、彼が愛している女性しか入る隙はないということなんだ。
あたしは、足音を立てないようにそっとその場を離れた。
今までは「もしかしたら…」なんていう淡い期待も抱いていた。
だからイメチェンにも挑戦した。少しでもあたしに関心をもってもらえるように。あわよくば、好意を抱いてもらえるように。
でも、そんなの無駄だったんだ。
彼の中にはずっと想ってる人がいる。本当はカラオケのときに気付いていたことだ。
ただ、今までは確信がなかっただけ。
だけど、今の藤咲さんの話で確信が得られた。
あたしも彼女のように諦めるべきなんだろう。
…でも。
そうは言っても諦めようにも諦めきれない自分がいる。
藤咲さんのように、ちゃんと想いを伝えてそれでもダメならもう仕方ないと思えるだろう。
だけど、あたしは伝えてない。どうせダメならちゃんと伝えたい。
ただ、藤咲さんはデスクも遠いから彼とそんなに顔を合わせなくてすむけど、あたしはそうはいかない。断られた後で普通に仕事するのは難しい。
やっぱり、そっと諦めたほうがいいよね……
あたしはまとまらない考えと想いに悩みつつ、席に戻った。
席に戻ったものの、色々なことで頭の中が混乱している。
仕事をしているふりをしつつ、頭の中を整頓してみる。
藤咲さんは紺野君に告白した。でも紺野君には好きな人がいて、藤咲さんは振られてしまった。
紺野君はその好きな人を諦める気はない。
…ということは、「その人」以外は報われない恋をすることになる。
…じゃあ、この恋を諦める?
それは、無理だ。だって今まで何度も諦めようと思ってきた。それでも無理だったんだ。諦めることができないことくらいわかってる。
あたしはそこでふと気づいた。
…そうだ。紺野君が誰を好きだとしても、あたしが紺野君を好きなことに変わりはない。
だから、あたしは大好きな紺野君が幸せに笑っていてくれたらそれでいいと思っていたはずだ。
そして、『好きな人の幸せを願う』気持ちは紺野君も同じはず。
あたしたちは、似たような恋をしている。
あたしが抱える切なさは、紺野君も抱えているはずで。それでも彼は諦めずに強い気持ちで「その人」を愛している。それならあたしも同じくらい強い気持ちで彼を応援すればいい。
ここまで考えたら何だかスッキリした。
彼に振り向いてもらえないのは悲しいけれど、だからといって彼のあたしに対する態度は今と変わらないだろうし、彼が幸せそうにニコニコしていたらあたしも嬉しい。
ただ、それだけだったんだ。何を難しく考えていたのだろう、と自分がばかばかしくさえ思えた。
ちらりと紺野君を見ると、真面目な顔でパソコンの画面を見つめていた。
でも、あたしの視線に気付いてふっと表情を緩めた。
表情としぐさで紺野君が「なに?」と尋ねる。
あたしは同じように表情としぐさで「頑張ってね」と伝える。
彼の表情がふわっと柔らかくなる。
…うん、幸せだ。
これでいい。
あたしは自分のパソコンに視線を戻し、切ないような幸せな気持ちでキーボードを叩き始めた。




