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3 お花見の夜に

今日は課のみんなでお花見をすることに。


…と言っても多分、いや、絶対『花より団子』なメンバーだから、花なんて見てないに違いない。


ただ、うちの課は他の部署から羨まれるほど仲がいい。話しやすい仲間が揃っているおかげだと思う。




…が、最近どうにも話しにくい相手ができてしまった。




紺野君。




自分の気持ちに気付いてしまって以来、どう接していいかわからず、何となく避けてしまっている自分がいた。


彼の「話しかけようかな」オーラを感じることもあったけど、「忙しいからほっといて」オーラを全開にして彼を拒絶してしまっていた。

たまに事務的なことで話しかけられることはあったけど、必用最低限の会話にとどめていた。



そうしないと彼のこと、もっと好きだと気付いてしまいそうで怖かった。



だから、正直言うと今日のお花見も嬉しい反面、もし彼と話すことになったら何を話すんだろう、と不安でもあった。


「恵美、こっちこっち!」


仲良しのゆいが呼んでくれたおかげで、紺野君の隣になるのは一応免れた。


「遅くなってごめん!」


「いいよぉ、恵美忙しかったもんね」


唯が労ってくれるのが若干心が痛い。


あたしは忙しかったんじゃない。

紺野君を避ける為に『忙しそうにしていた』んだ。まあもちろんそのおかげでいつもより随分早く色々な仕事が終わったんだけど。


「恵美、何飲む?」


目の前にはお酒の缶がずらりと並ぶ。


「あたし、お茶とかジュースでいいんだけどなぁ…」


「何言ってんの!こんな時くらい飲みなさいよ」


唯にバシッと背中を叩かれた。彼女の後ろには、ビールの缶が3本転がっていた。


「じゃあ…梅酒で」


缶も小さいし、無難なところで梅酒にした。

あたしはそれほどお酒が好きではない。別に飲まなくても楽しいと思う。でも、他の多くのみんなはそうではないようで。

まあ、うちの課のメンバーはそれでも楽しくお酒が飲めるからいい。他のところではそうじゃない人もいると言うから、うちの課は相当恵まれていると思う。


しばらく他愛ない話をしていたけれど、どうしても恋話になってしまう。


唯には付き合って2年になる恋人がいる。いつもはそんな彼の自慢話やノロケ話だけど、今日の唯はいつになく真剣だ。


「恵美、率直な意見をお願い」


「どうしたの?唯ってば」


「実は……」


次の言葉を聞いたとき、あたしは嬉しい反面、とても複雑な気持ちになってしまった。


それは…


「あのさ、私…プロポーズされた」


「!!おめでとう!」


「ありがと。でも…」


「でも?」


「何かさ、まだよくわかんないよ」


唯の彼氏はあたしと同じ年。そして唯は6つ年下の29歳。何も悩むことなんてないじゃない、と思う。

だから、その気持ちを素直に唯に伝える。


「何も悩むことなんてないと思うよ。唯だって彼のこと、すごく好きじゃない」


「うん…でもさ…」


唯が心配しているのは、彼の仕事のことだ。

彼は転勤の多い仕事をしていて、結婚してもそれは変わらなそうだという。そうすると、唯は自分の仕事を辞めてついて行くか、彼だけ単身赴任してもらうか、を選ぶことになる。子供ができればさらに悩みは増える。


そこに唯はひっかかっているのだという。


「難しいね…」


「恵美…ありがと」


「そんな唯の悩み、彼には話した?」


唯は小さく首を横に振った。


「急に言われてパニクっちゃって…言えなかった」


「じゃあさ、まずはそれを言ってみようよ。二人の悩みは二人で解決しなくちゃ」


「そうだね…ありがと、恵美」


唯は明るい笑顔を向けた。


頑張って、と励ましながら、あたしは内心複雑な思いだった。

周りはだんだんと結婚を決めていく。それなのにあたしは結婚はおろか、付き合う相手さえいない。

好きな人だって…


そこまで考えて、あたしの思考はぴたりと止まった。




『好きな人』は………




「恵美はさ、好きな人とかいないの?」


心の中を読まれたようでドキッとした。


「そ、そんな…いないよ…」


「そうかな〜?ホントはいたりして?」


唯がいたずらっぽい目で見上げてくる。


「ホントにいないってば」


「そう?もったいな〜い。恵美ならすぐにいい人みつかるよぉ」


「そうそう。岡本ちゃんなら男の100人や200人、す〜ぐに落とせちゃうよ」


どこから聞いていたのか、原口先輩が割り込んできた。


「原口先輩〜、聞いてたんですか」


「まあね〜」


原口先輩はビールの缶を持って改めてあたしと唯のところへやってきた。


「恋の悩みなら、この達人の俺に相談しなさ〜い」


先輩は思い切り胸を張って言う。


「達人〜?ちっともそう見えませんよ〜。ねえ、恵美?」


「そうだねぇ」


「なんだとぅ?!俺の恋愛経験なんて片手で数え切れるほどあるんだからなっ」


「ぷぷっ、片手で数え切れるって、少なっ!」


思わず唯が吹き出す。

あたしもつられて笑う。

原口先輩も笑う。


この人はこういう人だ。こうしてすぐに周りを楽しくする。

モテる、とはまた違うんだろうけど。


「恋愛なんてのはさ、よく『恋に落ちる』って言うけど、落とし穴みたいなもんで、どこにあるかわかんないけど気付いたら落ちてた!みたいなとこあるよな」


ふと真面目な顔をして原口先輩が言った。


「ですよね〜。私も気付いたら落ちてましたもん」


唯が頷く。


恋って、そういうもんなんだろうか。あたしはしばらくしてないからよくわからない。


そう、しばらくしてないから、この気持ちが『恋』なのか、わからないよ…


「ま、焦らなくてもそのうち『恋』という落とし穴に落ちるさ」


原口先輩はあたしの背中をバン!と叩いた。


「ま、もしかしたらそこらへんに穴掘ってるヤツがいるかもしれないけどな」


「それどういう…」


聞こうとしたけれど、原口先輩はもう次の人と話していた。


「原口先輩の奥さんは幸せだよね」


唐突に唯が言った。


「どうして?」


「だってさ、ああして周りにさりげなく気をつかってくれるし、一緒にいると楽しいじゃない」


「そうだね。でも唯だって幸せな奥さんになるんでしょ?」


唯は少し照れ臭そうに笑った。


「そうだね。そのためには、彼と話さないとだよね」


「うん。頑張って、唯。応援してるから」


「恵美、ありがと」


「さて、宴もたけなわですが…」


紺野君の同期でイケメン君の中の一人、斉藤君が立ち上がった。


そうか、そういえば幹事は彼だったな。

若い娘たちは彼からこのお花見のお知らせを受け取るだけできゃあきゃあしてたっけ。


柔らかそうな栗色の髪と子供のような無邪気な笑顔。

女の子達が騒ぐのもまあ無理ないか。ま、あたしには関係ないけど。


「そろそろこの会を締めさせていただきます!皆さん、今日はありがとうございました〜!」


わあっと拍手が起こる。

気の早い女の子達は「二次会どうする?」なんて話をしている。


元気だなぁ…


そう思ってしまうあたしがやっぱりトシなんだろうか。

ふと唯を見ると、後輩の女の子に誘われて少し困った笑顔を向けているところだった。唯も同じだ、と思うと少し気が楽になった。


「岡本さんも二次会行きましょうよ」


目が合った娘があたしを誘いにきた。


「う〜ん…」


再び唯のほうを見ると、彼女も助けを求めるようにあたしを見ていた。


二人の気持ちはきっと同じ。


飲むのは悪くない。

でも、このきゃぴきゃぴした女の子達と飲むのは疲れそうだなぁ…と。


そんな時だった。




「岡本さん、一緒に行こうよ」




ああ…


この声は…




声のした方に顔を向けると、優しく微笑む紺野君。

そして、だめ押しの一言。


「僕、岡本さんにも来て欲しい」


もう…どうして彼の言葉はこんなにまっすぐなんだろう。


あたしはドキドキする気持ちを抑えつつ、精一杯の演技で苦笑しながら頷いていた。


「わかった、あたしも行くよ」


「ありがとう。嬉しいな」


素直でまっすぐな言葉があたしの胸のど真ん中を射抜く。他の人がいなかったらあたしは彼に「好き」と言ってしまいそうだ。




でも。


あたしは考える。

彼のこの言葉の真意は?

あまりにも素直すぎる故に、本当に言葉通りの意味しかないんじゃないかと思う。


そんなところでうっかり「好き」なんて言ってしまったら…


彼の困った顔が目に浮かんで、あたしは心の中でそっとため息をついた。


そんなあたしの気持ちをよそに、女の子たちは色めき立った。


「紺野君、もしかして岡本さん狙いとか?!」


「え?あ…それは…」


きゃぴきゃぴした女子に迫られて顔を赤くする彼。

何だか見ていられなくて思わず割って入った。


「紺野君困ってるでしょ。そんなわけないんだから変な噂しないの」


「え〜、でもぉ…」


まだ何か言いたそうな娘もいたけど、あたしは「はいはい、行くよ」と彼女達を追いたてて二次会へ向かわせた。


彼は戸惑ったような複雑な表情のまま、そんなあたし達の後ろをついて来た。




…あたしのこと狙ってる、なんて言われてあんなに困ってるのは…やっぱりそういうことだよね…




彼の様子を横目で見ながら、あたしの胸の奥には暗く冷たい塊がずっしりとのしかかっていた…


二次会はカラオケ。


もともとカラオケは嫌いじゃない。それに、紺野君の歌も聞いてみたい。


ただ、さっきのようなことがあった後だから、何だか少し気まずい。




で、気まずいというときに限って席が隣になったりするんだよね…


はあ……どんな顔したらいいんだろ。それに最近事務的なこと以外話してないから、何の話をしたらいいのかわからない。紺野君も話しかけてこないし。うぅ、気まずい…




「じゃあまず飲み物選んで下さ〜い」


さっき紺野君に『岡本さん狙い?』とか聞いたきゃぴきゃぴ娘、藤咲さんがみんなに声をかける。


あちこちから「ビール!」の声が上がる。

でも、あたしはお酒を飲む気にはならなくて。



「岡本さん、何飲む?お酒じゃないほうがいいよね」


さりげなくメニューのソフトドリンクのページを開いて置いてくれたのは紺野君。何回か課のみんなと飲みに行ったことがあるから、あたしがお酒あんまり飲まないのを知ってる。


「ありがと…」


「ノンアルコールカクテルもあるんだって」


あたしの右にいる紺野君が、右手ですっとメニューを指差す。

少し体を寄せたせいで軽く肩が触れた。




どくん、と心臓が跳ね上がる。


そんなあたしに構わず、彼はあたしの横からメニューをのぞきこむ。

ほんの少しだけ触れてる肩が熱い。


ドキドキして顔が火照ってくる。周りにばれないだろうかと不安になるけど、みんな酔ってるからそんなとこを気にする人なんていないだろうと思う。


実際、みんなそれぞれ話してるか曲を選んでるかのどちらかで、こっちを気にしている人はいなかった。


「あたし、これにするね」


パインジュースをベースにしたノンアルコールカクテルを選んで指をさす。


「うん、わかった」


彼は軽く頷いて、藤咲さんに注文を告げた。


「ごめんね、ありがと」


あたしが言うと、彼は少し照れたような笑顔で「どういたしまして」と笑った。

久し振りに見たこの笑顔。心の真ん中にほっこりと柔らかな明かりが灯ったように温かい。




ああ…悔しいけど、やっぱり彼のこと、好きみたい。あたしに好かれても困るだろうことはわかってるけど、それでもやっぱり好きだ。


ただ、彼はあたしみたいな年増に好かれても迷惑だろうから、あたしは黙って彼の幸せを祈ろう。

それが、あたしにとって彼にしてあげられることなんだろうから。




あたしは、軽く触れてる肩の熱に溶かされてしまわないよう気をつけながら、切ない決心を心にしまう。


飲み物が配られて、藤咲さんが立ち上がる。


「ではみなさん、かんぱ〜〜い!」


「かんぱ〜い!!」


みんな一斉に近くの人とグラスを軽く合わせた。


あたしはと言えば、一番近くにいるのは紺野君なわけで、必然的に彼とグラスを合わせることになる。


「乾杯」


紺野君が差し出したグラスに自分のグラスを合わせると、チン、と涼しげな音がする。


グラスビールを半分くらい一気に飲んでしまう彼に、普段はないワイルドさを感じてどきりとする。


そのドキドキも収まらないうちに、彼はあたしに言う。


「ねえ、それどんな味?もらっていい?」


「あ、うん。いいよ」


グラスを手渡す時に軽く指先が触れる。

適度に骨ばった細く長い指。この手で撫でられてみたい…なんて思ってしまう。

彼はあたしからグラスを受け取ると、こくりと一口飲んだ。


「あ、おいしい」


「でしょ。あたしはお酒入ってなくてもこれで充分だな」


「そうだね。でも、酔った岡本さんも見てみたいのにな…」


最後は独り言のように呟く彼。


「…え?」


思わず聞き返したあたしに、「何でもないよ」と苦笑いして彼はグラスを返した。


…彼が口をつけたグラス…


忘れたふりをして彼が口をつけたところから飲んでしまおうか、なんてことも考えたけれど、そんな大胆なこともできないあたしはそのままグラスを置いた。


ちょうどその頃誰かが入れた曲のイントロが流れてきた。


「あ、これ知ってる」


彼が少し嬉しそうに目を細めた。

最近の曲だ。やっぱり彼は若い。


歌うのは、きゃぴきゃぴ娘の藤咲さん。酔っているからなのか、必用以上のオーバーアクションで振り付けして歌い始めた。


少し体を揺らしてノリながら聞いている彼の姿に、胸がチクリとした…


「岡本さんも何か歌って?」


「う〜ん…そうだねぇ…」


カラオケは嫌いじゃない。だけど、最近の曲はあまり知らないから、時代遅れだと思われたら嫌だな…という思いがあった。


「最近の曲、あんまり知らないしなぁ…」


「僕もそんなに知らないから大丈夫だよぉ」


彼は柔らかく微笑む。


「岡本さんが歌うの、聞きたい」




…だからさ。


何だって彼はこんなにもまっすぐなんだろう。その裏にある気持ちを勘違いしてしまいそうだ。


「いつもどんなの歌うの?」


「そうだなぁ…」


あたしはよく歌うアーティスト名をあげた。


「その人、僕も好き!できればこの曲歌ってほしいなぁ」


彼がそう言って指さしたのは、あたしも大好きな、しかもあたしの十八番だ。

これなら少しは自信がある。


「わかった。いいよ」


あたしが答えるが早いか、彼はすっとリモコンを取って番号を入力した。


「早っ!」


「だって嬉しいんだもん」


ああもう、これで勘違いするなってほうが難しいよ…


若い子たちが数人歌ってから、あたしの番が回ってきた。


「次、誰ですか〜?」


藤咲さんが言うから、あたしは手を上げた。


「あ!岡本さんだ〜。楽しみです〜」


彼女はニコニコしながらマイクを渡してくれる。

「ありがと」と受け取りながら、こんな愛嬌があたしにもあったらな…と羨ましく思った。




イントロが流れる。

今までに何度となく歌ってきた曲だ。

自分で言うのもナンだけど、どうもあたしの歌声はアーティスト本人によく似ているようで、「本人みたい!」と褒めてもらったことも何度かある。


だから。

少しは、自信がある。




右側から感じる彼の視線に気付かないふりでモニターを見ながら歌う準備をする。


そして。






歌い出した瞬間、隣で彼が小さく息を飲んだのがわかった。


すごく聞かれているようで緊張したけど、とにかく感情を込めて、本人に似せるつもりで、最後まで歌った。


「すご〜い!岡本さん、めっちゃ上手いですね!それに声もソックリ!」


歌い終えた瞬間、藤咲さんが言った。


「すごい鳥肌立ちましたよ!」


「本人かと思った!」


「あ、ありがとう…」


こんなに言われると照れ臭い。

あたしはマイクを返しながら、そっと座った。


「岡本さん、すごいね」


座るなり彼が言う。


「そうかなぁ…ありがと」


「ライブに来てるのかと思っちゃった」


お酒のせいか耳たぶまで赤い顔で、彼は心から嬉しそうに笑う。

その笑顔にドキドキしながらも、ふと彼の思いはそのアーティストに向けられたものだと気付いて無駄にドキドキしてしまった自分に悲しくなる。


「でも僕、岡本さんの声のほうが甘くて好きだな」


柔らかい笑顔で彼が言う。

声のことを言われたとわかっていても、『好き』という単語に体は反応してしまう。

心臓が口から飛び出しそうだ。


「あ、ありがと…」


「お礼、っていうのもなんだけど、僕も1曲歌おうかな。歌えるのは…」


彼はそう言って何人かのアーティストをあげた。

それは最近話題の曲を出したアーティストばかりだった。でも、何人か好きなアーティストがいたのでその名前をあげ、その中ならどれでもいいよ、と告げた。


「わかった。その中だったら……」


彼はリモコンで数字を入力した。


『予約しました』の文字とともに表示された曲名は、最近のドラマの主題歌にも使われた、切ないバラードだった。

曲名を見た藤咲さんが声を上げた。


「この曲大好き!入れたの誰?」


「あ、僕」


彼が軽く手を上げる。


「紺野君なの?意っ外〜」


「え〜?人を見た目で判断しないでほしいなぁ」


「はいはい、じゃあ期待しちゃおっかな」


「まあそんなハードル上げられても困るけど。ほどほどに聞いてくれればいいよ」


親しげなやりとりに心がチクチクする。

同期なんだから当たり前、と自分を納得させようと試みても、頭ではわかっても感情はどうにもならない。

チクチクする心を抑え、笑顔をつくる。


「あたしも、楽しみだな」


「そんな期待されちゃうと緊張しちゃうな…うん、でも頑張るね」


照れたような笑顔で彼は言う。


「紺野君、岡本さんにはやさし−んだぁ」


藤咲さんが言う。


「それは…いつもお世話になってるんだから当たり前でしょ」


…そうだよね…この優しさは、あたしが先輩だから。あたしが彼より10も年上だからなんだよね…


彼の優しい言葉は、あたしの胸をぐさりとえぐった。

ただ、それを聞いた藤咲さんまで一瞬悲しい顔をしたのはあたしの気のせいだったんだろうか…


何人かが歌い終えて彼の番になる。


若い子はカラオケがうまい、と先入観をもっていたけど、案外そうでもないことがわかって安心した。

特にイケメンの斉藤君なんかはヘビメタのシャウト系で、正直上手いんだかどうだかわからない。


ただ、個人の感想として言わせてもらえば、2曲は聞けないな、と。それは他の女の子達も同じようで、歌の後半は誰も聞いていなかったのは事実だ。




そんな中で彼の選んだ曲のイントロが流れる。


マイクを持ってすっと曲に入った瞬間、彼の雰囲気が変わった。


いつもは穏やかでほわほわしている彼の表情がすっと引き締まる。






……すごい。




歌い出しの声だけで鳥肌が立つ。普段から少し高音の柔らかい声が、さらに柔らかくなる。


この歌の歌詞はドラマの内容とリンクしていて、恋人のいる女の子に恋してしまった主人公の切ない恋心が歌われている。



『君の幸せが僕の幸せと自分に言い聞かせてみる/わかっているのにこの胸の痛みは何だろう』



まるであたしの今の気持ちを言い当てられているようで、ドキリとした。


それにしても、彼の上手さはハンパない。心の奥までじんわり染み込んでくるような温かい歌声。

斉藤君の歌のときにはおしゃべりしていた誰もが思わず聞き入ってしまう。



『僕は君を愛し続ける/たとえ君が誰と結ばれても』



ドラマでは、ヒロインは主人公に気持ちが傾いたものの時すでに遅く、元の彼との結婚式を迎えてしまう、というラストだった。


悲恋のままの終わりに賛否両論あった話題のドラマだった。




もしかして、彼も誰かに叶わぬ恋をしているの…?




あたしの中にそんな疑問が浮かび上がる。



複雑な思いを残し、彼の歌が終わった。

みんなが拍手した。


「紺野、お前すげ−な!!そんな才能あったなんて知らなかった!」


「紺野って何かやってた?」


「紺野君、すごい!」



同期から矢継ぎ早にあれこれ言われて彼はやや困惑ぎみな表情を浮かべた。


「いや…そんな、うん、ありがとう」


彼はみんなにそう言うと、すとんと座った。


「紺野君、ホントすごい上手だね」


あたしが言うと、彼は照れたような笑顔を見せた。


「岡本さんがめちゃ上手かったから緊張しちゃった」


「ううん、紺野君の声、すごく気持ちよくて鳥肌立っちゃったよ」


「そう言ってもらえると嬉しいな」


ニコッと笑う彼。

でも、その笑顔を向けたい誰かがいるんだ…と改めて思うと胸の奥が痛い。


その後もあたしも紺野君も、もちろん唯も何曲か歌った。実は唯もかなり上手い。これもみんなに驚かれていた。




「すいませ〜ん、そろそろ時間なのでお開きです〜」


藤咲さんが言って皆がそれぞれ帰り支度を始める。


「また岡本さんとカラオケ来たいな」


ぽそっと呟くように紺野君が言った。


「うん、じゃあまた来ようね」


あたしが答えると、彼は嬉しそうに目を細める。酔いが回っているからなのか、少しとろんと甘い視線は、忘れかけていたドキドキを再び呼び戻す。




「それじゃ、おやすみなさ〜い」


カラオケ店を出て、それぞれの家の方向に歩き出す。


紺野君は…藤咲さんを含む数人の女の子と、イケメン斉藤君と同じ方向のようだ。

少し残念に思いつつ、それを悟られないように笑顔で見送った。


あたしは仲良しの唯とも別方向なので、帰りは一人。


「恵美、一人で大丈夫?」


唯が心配してくれる。その心遣いが嬉しい。


「平気だよ。もう子供じゃないんだし。でも心配してくれてありがと」


こうして一人で帰る………つもりだった。


「岡本さん」


突然後ろから声をかけられた。

驚いて振り返ると、紺野君の同期の1人、葉山君が立っていた。


斉藤君がカワイイ系イケメンだとすると、彼はクールなイケメンだ。どことなく人を寄せ付けにくい雰囲気をもっている。


彼とは今まで数えるほどしか話したことがない。

そんな彼があたしに何の用だろう。


「何?どうかした?」


どういう距離感で話したらいいかもわからず、おずおずと問い返すと、彼から意外な返事が返ってきた。


「俺も帰りがそっち方面なんで、途中までですけど送りますよ」


「あ、ありがとう…」


まさかそんなことを言われると思ってなかったから、面食らってしまう。


せっかく言ってくれたのに断るわけにもいかず、あたしは彼と一緒に帰ることになってしまった。



何か話さなきゃ、と思うけど、彼との共通の話題なんて見つかりっこない。

内心焦っていると、彼から声をかけてきた。


「岡本さんって歌上手いですね」


「あ、ありがとう…でもみんなも上手いよね」


「そうですか?まあ紺野は別格ですけどね」


『紺野』という名前に思わずドキッとしてしまう。


「紺野君は何かやってたのかな?」


同期なら彼について何か知らないだろうかと話題をふってみたものの、返ってきた答えは。


「俺はあんまり話さないんで知らないですけど、藤咲なら知ってるかもしれないですね」


藤咲さん…


さっきみんなで帰って行った後ろ姿が思い出される。

そういえば、彼女は紺野君の隣を歩いて何やら楽しそうに話していたっけ。


「そうなんだ、あの二人って仲いいんだ」


聞きたいような、聞きたくないような気持ちで言ってみる。


「どうですかね。まあ同期はそれなりに仲はいいですよ。みんなで飲みに行くこともありますから」


「そっか〜、同期っていいよね」


返事をしながら、当たり前のことだけれどあたしの知らない紺野君もいるんだな、と改めて思い知る。


「ところで岡本さん」


葉山君が突然立ち止まって言う。


「どうしたの?」


何でもないふりを装いつつ、ただならない雰囲気にあたしの心臓は勝手に早くなる。


人通りの少ない裏通り。

うすぼんやりした街灯の灯りに照らされた葉山君の表情は複雑で、苦しいような、悲しいような、そんな顔をしていた。


一瞬の沈黙が、永遠に続くかと思うほどに長く感じる。


沈黙を破ったのは、葉山君。






「…俺じゃ、ダメですか」






「え…?」


彼が何を言いたいかわかるけど、わかってはいけない気がして、あたしは思わず聞き返していた。


「俺じゃ、ダメ、ですか」


彼はもう一度同じ言葉を繰り返した。


「それはどういう…」



言いかけたところで葉山君が大股で近づいてきて、あっという間にあたしの目の前、30センチほどのところに彼がいた。


あたしより頭1つ分は大きい彼は、熱い目であたしを見下ろしている。

その熱がお酒のせいではないことは、とっくにわかっていたけれど、あたしはクモの巣に捕らえられたチョウのように身動きができなかった。


「俺…岡本さんが好きです…」


「えっ……で、でもあんまり話も…」


「わかってます…岡本さんにとっては俺は新人の一人にすぎないですよね…」


葉山君がその気になれば抱きしめられてしまうほどの距離にいながら、あたしは逃げられなかった。


「でも俺、岡本さんのこと、ずっと見てきました…俺みたいなガキは釣り合わないかもしれないけど、岡本さんに似合う男になれるように努力するから…」


両手でがしっと肩を掴まれる。

思いの外力強く、熱い。


「俺と…付き合ってもらえませんか…」


ええぇ−ーーっ!!!


内心驚きまくりだけれど、声を出すことすらできなかった。


まさかこのあたしが告白されるなんて。


しかも相当年下の相手に。




「岡本さん…」


あっけにとられている間に、葉山君の整った顔が近づいてきた。


これって…!


「ちょ、待って!」


慌てて肩を押して距離を保つ。それでもあたしはいつの間にか彼の腕の中で。


「岡本さん…」


悲しそうな彼の顔に同情しそうになるけれど、それとこれとは話が違う。


「葉山君、ちょっと待って。急にそんなこと言われても困るよ…」


「岡本さんには急かもしれないけど、俺は入社してからずっと岡本さんを見てたよ…」


…そんなこと言われても困る。ってかずっと見られてたことすら気付かないあたしって相当鈍感なんだ…とほほ…


「岡本さん、彼氏はいないよね。好きな人でもいるの…?」


よくご存知で。

確かに唯とは「彼氏できないよね〜」とか話してはいたけどさ。聞かれてたとは…これから気をつけよう。


「それは…」


「いないんだったら、俺じゃダメ?」


葉山君がまたじりじりと顔を近づけてくる。吐く息にお酒の臭いが混じっている。アルコールの後押しもあるからなのか、かなり大胆だ。


ここで「好きな人がいる」なんて言ったら、たとえあたしが言わなくても葉山君のことだ、あたしを観察するに違いない。

だからと言って「紺野君が好き」なんて言えるわけもないし…


結局あたしが選んだ選択肢は…




「あたし、まだそんなに葉山君のこと知らないよ」




はい、無難な回答。

これで納得…してくれるわけないよね…


「じゃあ、これから俺のこと知ってもらうよ。そしたら岡本さん、きっと俺のこと好きになるから」


…やっぱり。

それにしてもその自信はどっから出て来るのだろう。ある意味羨ましい。


こうして何とか危機はひとまず脱したけど、これからが思いやられそうな気がする…

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