くびわ
露骨なエッチ描写はありません。
「あなた、そんなんで、よく離婚されないわね」
昼下がりの喫茶店で、あたしが思わず驚きの声をあげると、亜矢子は小首をかしげて見せた。
「どうして? だって、あたしって、ほら、キレイじゃない? そばに置いておけば、自慢できるでしょ?」
あたしはあきれて、言葉を失った。
亜矢子とは、英会話スクールで知り合った。あちらは亭主持ち、こっちは彼氏もいない独身ではあったが、同じ三十路のせいか、気が合った。
親しくなるにつれて、互いのことを話すようになった。
驚いたのは、彼女が専業主婦でありながら、家事をほとんどしない、ということだった。掃除も、洗濯も、日々の料理も、旦那まかせ。生活は、旦那の親が残した遺産が十分にあるし、旦那はスーパーにパートに行っているだけだから、家事をする時間はあるのだという。
「でも、いくらなんだって……あ、わかった。もしかして、夜のほうで、たっぷり満足させているとか?」
亜矢子は一瞬きょとんとした。それからのけぞって、かん高い声で笑った。首に巻いたシルバーのチョーカーがセクシーだった。
「やだー。まさかー。旦那とエッチしたのなんて、新婚のときだけよ。もし今、手を伸ばしてきたら、ぴしゃっとたたいてやる」
あたしはますます唖然とした。
家事もしない。夜の相手もしない。それでいて、旦那さんは離婚せずに、我慢しているなんて……。
どんな人なんだろう?
急激に興味がつのっていった。
そんなあたしが、亜矢子の夫、直樹に接近し、肉体関係を持つまで、そう時間はかからなかった。
亜矢子が一泊旅行で同窓会に出席するという晩、あたしは彼女の家に泊まり込んだ。
直樹のセックスは、あたしを満足させた。
顔も、あたしのタイプだし。
もったいない。
あたしなら、家事もちゃんとやって、セックスだって、望みのままにさせてあげるのに。
そうよ。あたしのほうが、亜矢子なんかより、ずっとおトクな女のはず。
裸でベッドに横たわり、直樹の腕に頭をあずけ、あたしは厚い彼の胸に、くりくりと指先を這わせた。
「ねえ……」
甘い声で、亜矢子との離婚について、さぐりを入れようとした。
と、そのとき――
「どう? もうすんだかしら?」
訊きながら、ドアをあけて、亜矢子が無造作に踏み込んできた。
(どうして亜矢子が? 旅行はどうしたの?)
驚き、うろたえるばかりのあたしの傍らまで、つかつかと歩いてくると、亜矢子は勝ち誇ったように言った。
「ねえ、知ってる? 今のあたしの立場だとね、不倫したあなたに、慰謝料を請求できるのよ。うんとふっかけてやろうかなあ」
あたしは、羽毛布団を口元まで引き寄せて、震えていた。直樹の腕が、がっしりとあたしの肩を抱いている。いや、抱いている、というより、押さえ込んでいると言ったほうが正しい。直樹の顔に、冷ややかな薄笑いが浮かんでいた。
「でも……いい方法があるのよ」
亜矢子は着ていたワンピースを、するりと床に落とした。ブラとショーツだけの身体は、均整がとれて、すばらしくきれいだった。
「あたしって、どっちかって言うと、男より女のほうがいいのよね。ねえ、慰謝料払う? それとも、あたしとする?」
亜矢子が意地の悪い笑いを浮かべた。
あたしはまっ白になった頭を、必死にふりしぼった。
選択の余地はなかった。
「いい子ね」
亜矢子はあたしの頭をなでると、自分の首からシルバーのチョーカーをはずした。
「これ、貸してあげる。つけていなさい。あたしと直樹が、あなたに飽きる日まで」
あたしの首に巻きつけようと、チョーカーを近づけてくる。
それは、犬につける首輪のように、あたしには見えた。
小説現代のショートショートコンテストに応募して、最終選考にも残らなかった作品です。作家志望のかた、反面教師にしてください。