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四話 魔女の恋、別離の足音

 おかしい。

 なんだかドキドキしてしまう。 

 トウヤは優しい。重いものを持ってくれるし、笑顔も素敵で。どうせなら、こんな人と結婚したいと思ってしまう。ううん、彼となら結婚してもいいと思える。

 ずっと一緒にいたいの。

 結婚して夫婦になって子供を授かって、この場所で幸せになりたい。

 だけど――あの魔女が、邪魔をしているのね。




 ――『ある少女が記した手記の一部』

 ウルはしつこい。

 トウヤがファリの傍にいると知って、頻繁に訪ねてくるようになった。そうすれば、ファリの心を取り戻せるとでも思っているのかもしれない。とはいえ。

「そもそも奪われてもいないわ」

 黒い竜を家からたたき出し、ファリはようやく息を吐く。

 ファリは、ウルという青年を嫌ってはいなかった。少なくとも、彼女が知るヒトの中ではかなりまともな範疇に入る、数少ない存在の一人。なので親愛ならば、それなりに抱いている。

 しかし、恋情ではなかった。

 恋というには、あまりにも欲が伴わない。

 ファリがウルを好きになる日は、きっとこない。向こうの本気の度合いがいまいち掴みきれないのだが、仮に少しでも本気であったならばなおさら彼になびくことは許されないだろう。

 誰かを傷つけ、裏切るまねはしない。

 ましてや数少ない友を、失うわけにはいかない。


 ――じゃあ、彼はどうでもいいのかしらね、あたしは。


 リビングに戻れば、ファリ以上につかれ切ったトウヤが寝息を立てている。ソファに身体を預けきって、無防備に目を閉じて。ほんの少し、口を開いて。……完全に熟睡状態だ。

「おつかれさま」

 そっと毛布を引っ張ってきて、その身体にかけてやる。

 本当ならもうヒメモリ自治領に向かっているはずの彼だったけれど、ファリがウルの求婚に困っていると知るや、その予定を全部白紙にしてしまった。度し難いほどのお人よしだ。

 彼氏なら一緒にいなきゃね、と本人は笑っていたが。

「……一人にしたら、数時間と持ちそうにないわね」

 次の村まで、というか最寄の村まで、普通に行けば一時間もない。よっぽど吹雪いていれば別なのだが、そもそもそういう天候の時はまず家から出ないし出られないので問題外か。

 ともかく地元民なら、そう面倒でもない道を、彼はきっと進めない。

 どうもあまり雪が降らない土地に住んでいたらしく、家の周りを回るだけで半分死んだような目をして帰ってくる。その間、暖炉に吊るした水が程よく湯気を立てるようになる程度。

 もし、彼をここから出すならば、やはり誰かについていってもらわなければ。

 心配で心配で、とても見送るなんてできない。

 ウルあたりが適任なのだが、まぁ、無理だろう。

 いっそ自分が、とファリは考えたがすぐに首を横に振った。

 この土地を離れられるなら、もうとっくに離れていた。セーレインのことを知る前にも、いろいろあったから。魔女――薬師はどこでも需要があるから、大雪原の外に行けばいい。

 しなかったのはきっと、それができないとわかっていたからだ。


 この場所でしか、生きられないのだ。

 ここしか、ファリは知らないから。


 いざとなったら、やはりウルにでも頼もうかと思う。元の世界とやらにはきっと返してやることは無理だろうけれど、同じような生活を与えることはできるはずだ。

 ある程度、外の様子が落ち着いて、そしてウルが来たら。

 何とか頼んでみようと、ファリは決意する。

 ただ、一つ気になっているのは、村長の愛娘だ。ファリより少し年下で、誰からも愛されている愛くるしい美少女。そして、誰からも愛されると信じきっている、魔性の『女』だ。

 彼女は常に、自分こそが一番でなければ気がすまない。

 ゆえにファリもよく絡まれて、雪などをぶつけられたりする。美醜はともかく、やはりこの容姿は目立つのだ。銀髪はわりとある髪色なのだが、この血のように赤い瞳はそう多くない。

 それでもファリが生きているのは、結局彼女が魔女だからだ。村にとって重要で、そうでないならとっくの昔に消されている。彼女の言葉に逆らわない男はここには、存在しないのだ。

 その最たる例が――セーレインの処遇だろう。

 元々、神子は単なる象徴でしかなかった。あんな『使われ方』は、されなかった。だが数年前にある旅人に恋をした愛娘は、彼の目がセーレインに向かうことに嫉妬した。そして身内の男衆を使って彼女を神子に仕立て上げた上に、ああいう役割を与えたのだ。

 結局、その旅人はそのまま次の村へと去っていき、己が命じた内容を忘れたかのように彼女の暴走は続いている。誰も止めようとしないのだから、収まるわけもない。

 むしろ、周りのその狂気が伝染しているのでは、とファリは思う。

 今の彼ら――村長やその家族は、自分達の『お姫様』が、どこぞの王に見初められて王妃にでもなれるとすら思っているのかもしれない。貴族ではないし、かつて貴族だったということもない、ただこの小さな村で長という役目を続けてきただけ一族の分際で。

 実に滑稽なことだ。

 そもそも、見初めてくれる王も王子も、こんな場所には来ないというのに。振り回される方は実にいい迷惑だが、これまではまだ極力近寄らねばなんと言うこともない存在だった。

 だが、例の愛娘はよりにもよってトウヤに目をつけた。

 彼は自分のものになると言い切って、すでに結婚式の準備すら進めている。もちろん告白などしてはいない。もしそんなことがあったら、トウヤはきっとファリに相談するだろう。


 彼女はただ、ファリに要求するだけだ。

 トウヤを、渡せと。


 それを言わねばどうなるか、セーレインの今を思うと明らかだ。彼女は己の意に反する存在は徹底的に叩き潰す。第二の神子にすえられるか、殺されるか……いっそ後者がマシだろう。

 制限時間は、もうじきその残量をゼロにする。式の準備は滞りなく整って、あとは主役が着飾ってその場に立つだけだ。問題はその片割れが、何も知らせれていないことだろうか。

 言わなければ、ならないのに。

 何度かあっただろう彼女がトウヤを見初め、結婚したいと言っていることを。もう、準備は済んでいるから、あとはここを出て行くだけですべて終わることを。


 ――もう一緒に暮らせない。


 その言葉を口にしようとするたびに、のどが凍り付いて動かなくなってしまう。まるでわが身かわいさに彼を売り飛ばすかのように思えて、そんな自分が誰よりも汚らわしく感じて。

 肝心なことを告げることができないまま、時間がめぐっていった。

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