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二話 街と魔女と神子の関係

 ぱちり、と炎が踊る。

 森の中で焚き火を囲んでいるのは、二つの人影だ。

 少し華奢な男と、十歳ほどの幼い少女。

 男は人間種に近い容姿で、少女は耳の長いエルフ種の容姿をしている。二人は、乾燥してあまりおいしそうには見えない食料を、それぞれにかじっていた。


「アタシにはわからないわ」

 少女が口を開く。


「あの《狂姫》ファリは、悪魔よ。殺さねばならない存在。なのにあんたは、どうしてそんな女のことをあれこれ調べたがるのよ。アタシ達に必要なのはその居場所、ただそれだけよ」

 彼女に、男はいろいろと語った。

 二人が『殺すために』追いかけている、《狂姫》と呼ばれる魔女のこと。その力や戦い方などではなくて、彼女がまだただの、どこにでもいる少女で、魔女だった頃の話を。

 本人の話では、彼もまた彼女と同じ街に住んでいたのだという。そして殺戮を生き延びた、たった二人のうちの一人だ。一人は妖精種の女で、最近結婚したという話を聞いた。

 ちょっとした知り合いだったのだろうが、だからといって。

「アタシ、ヒトのノロケに興味ないんだけど」

 何度そういっても、男は語るのをやめなかった。惚気じゃない、と彼は言ったが、話が自然と彼が好きだった女の子に移るから、聞かされる側からすればどっちにしろ同じことだ。


 心臓に悪いのだ。

 あの魔女の話をしながら、ふとした瞬間、まるで歌い手の声が高いところでくるりと裏返って見せるように、突然彼の失った恋人の話へと摩り替わるのは。正直ついていけない。


 魔女の話だってそうだ。

 どういうものを好んでいたのかを、知ったところで何とする。どうせ訪れた街という街を殺戮の衝動で埋め尽くしていくのだから。甘いものが好きでも、辛いのが苦手でも同じこと。

 そもそも――と、少女は終わらない話にため息をこぼす。

 どうしてこの男が、そこまで《狂姫》に詳しいのか。彼女ではなく、その過去をやたら語ることができるのか。興味はあったが、当時まだ『子供』と呼べる年齢の彼女は問わなかった。


 後に、彼女はそれを生涯――千年先でも、追憶しては悔いることになる。

 そして思うのだ。

 今の自分があの場にいれば、もっと違う結末があったに違いないのに。それが叶わないとしてもせめて、今時分が知っている知識をあの当時得ようとしていたならばと、思うのだった。




 ――『パメラ・シェルシュタインの追憶』

 大雪原、と呼ばれる厳しい寒さに包まれた大陸。

 そこにある、とある街に彼女は住んでいた。

 彼女の名はファリ・ニルヴェルヘーナ。祖母よりずっと昔から、雪原でも育つ薬草などの研究を続けつつ、その副産物として医療品となる薬を作っている薬学専門の魔女である。

 魔法式を用いて寒さから身を守る彼女は、あまり厚着をしなくてもいい。

 それは、魔法式という要因から起こることなのだが、その雪に染まったような容姿から精霊の一種だと思われることも少なくなかった。彼女自身は、生粋の人間種なのだが。

 精霊ならもっと似合いの女がいるのに、とファリは常々思う。

 街の長に囲われている、自分と同年代の『神子』だ。

 雪というよりもツララや氷というべきファリと異なって、彼女はまるで淡い若芽のような儚さを持っている。あっちの方がよほど精霊的だが、彼女は表に出されないから仕方ない。


「ファリは綺麗ね」


 寒さに弱いらしい肌を保護する乳液を届けると神子――セーレインは、自分の四肢に乳液を塗りこんでいく彼女の手を握って、いつもそういう。優しい笑みに、優しい声を重ねて。

 セーレインは神子だ。

 偶像崇拝するために用意された、ただそのためだけに生きて死ぬ存在だ。

 表向きはその程度だが、実際のところは違う。

 こうして、直接会えるファリだけが知っている秘密がある。

「バカなこと言わないで。足出して」

 てきぱきと作業を進める中、視界に入れたくも無いのに入ってしまうのは無数のあざ。

 殴られてついたものではなく、それがつく行為もまた彼女の『仕事』なのだ。

 その結果、セーレインに命が宿らないよう、特別な薬を調合するのもファリの役目。

 できるだけ、身体に影響の無いものを、とファリはいつも心がけている。いつか彼女がここから出て好きな男が見つかった時に、彼との間に子を授かることが叶うように。

 そうなる未来が、来るように。

 もしも彼女がいなければ、魔女としての技能がなかったら。この場所に閉じ込められ、長や息子の慰み者になっていたのは、きっと彼女の次にそれらしい容姿のファリだっただろう。

 街の人々の一部は、崇める神子が娼婦として扱われていることを知っている。でもあえて黙っているのはそれらがみんな男で、彼女を時々『味見』させてもらっているからだ。


 歪んだ街だ。

 みんなみんな腐っている。ファリも含めて、どうしようもないクズばかりだ。


 そう思いながらも離れられないのは、きっとここが故郷だから。

 ここを離れたところで、他の街は余りにも遠く行き場もないから。

 結果的にセーレインを見殺しにしているのだが、ファリにはどうしようもない。その手を取って逃げることなどできないし、そうしたってまた『次』が選ばれるだけの話だから。

 根本から破壊しなければ、何も変わりはしないのだ。

「わたしは平気よ。だって餓えて死なないもの」

 容姿が衰えにくい妖精種であるセーレインは、そんなことを言って笑う。

 見目が劣化しないのだから、きっと長く『生きられる』のだと。

 神子の屋敷を出たファリは帰り道、すっかり寂れた教会で祈りを捧げる。神子という存在のせいで価値を失い、神父もシスターもいなくなったそこで、ただひたすらに祈るのだ。

 いつか彼女の手を取って逃げる、王子様が現れますように。

 生きているだけで幸せだと、己の歪んだ境遇を嘆くこともしないセーレイン。

 彼女を救えないファリは、ただ祈ることしかできないのだ。

 しかし、その日は祈ることはできなかった。

 誰も来ない教会で、彼に出会ってしまったから。



   ■  □  ■



 どうしよう、とファリは目の前にいるそれを見る。

 見たことの無い服装に、自分とまったく正反対の髪の色。いつものように入った教会にばたりと倒れていたその少年とも青年とも言える彼を、なぜかファリは引きずって家に運んだ。

 街に運べばよかったのに、と思いながら。

 魔法式を駆使し自分の家に運び、客用のベッドに転がしては見たが。

「……どうしよ」

 これでは、まるで犬か何かのようだ。すぐにモノを隠したがる、彼らのよう。これでケガでもしていれば言い訳に使えるが、彼は気を失っているだけで特にケガらしいものはない。

 では、なぜ連れ帰ったのだろうか。

 確かにあの街をあまり好んではいないのだが、さすがに行き倒れた旅人を、どうこうするような人々ばかりではない、と思う。そう思うのだが、無意識でもしかしたらと考えたのか。

 なんにせよ、つれてきたものは仕方がない。

 目が覚めるまで、面倒は見よう。

 ファリがそう決意するのを、だがそうはさせないというかのように。


「……ふわぁ」


 そんなあくびのような声を発し、彼はむくりと身を起こした。

 気を失っていたのではなく、眠っていたのかと思ってしまう光景だった。

 彼はぼんやりと部屋の中を眺め、最後にファリを見る。人にじっと見られるのに慣れていない彼女は身を震わせるが、必死に逃げ出したりしないよう耐えた。

 ファリの心の内側などまったく知らない彼は、その黒曜石のような瞳を細める。

「えっと……おはよう?」

 にへら、と笑う青年に、ファリはあっけに取られた。言うべきものがあると、考えていたはずなのに全部飛んでいった。彼が青年か少年か、余計にわからなくする笑顔に負けた。



 それが『恋に落ちる』とというのだと、彼女はまだ知らない。

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