過去、振り返り…
10年ぐらい前―
あたしは打楽器奏者だったピアノの先生に勧められ、
ジュニアオーケストラに入っていた。
あたしが入って二年後位に一つ上の人が辞めて、
パーカッションのリーダーがあたしになった はじめての演奏会。
本番前、私は緊張して唇はカサカサ、膝が震えてしっかり立てない、マレットすらまともに握れない…。
そんな時、指揮者はそっと私の肩に手を置いて言った。
―仲原 彰也先生
春井音大の指揮科卒業。アマチュアオーケストラの指揮を中心に活動している。
「ツカサくん、君の好きなようにやればいいんだ。
君が僕に合わせるんじゃない。僕が君に合わせるんだ」
私が不思議な顔をして先生を見つめると、先生は少し笑ってまた言った。
「僕たち指揮者ってのは、みんなと同じ人間だ。
そりゃ色々狂う事もあるよ。そんな時、指揮者はどうするか…」
先生は私の頭の上に手を置いて、
「君の様なティンパニストを頼るのさ。」
「私を……たよる…」
「そう。たぶん、そういう指揮者は僕だけじゃないと思う。プロオケの指揮者も…世界のマエストロも…ティンパニに合わせるよ」
「で、でも…もっとたよる人がいるんじやないですか?コンサートマスターとか、木管楽器とか、リズムを刻んでる楽器も沢山あるし…」
先生は少し考えて
「確かにその子たちをたよる事もある。でもその子たちは打楽器よりもずれやすいのさ」
そう言われればそうだった。打楽器はほんの少しのズレで注意されるけど、他の楽器は大幅にズレた時だけだ。
あれはこういう意味だったんだ…
「それにティンパニは全員の後ろで叩いてるだろう。何でだと思う?」
「それは…音がうるさいから?」
先生は首をふって
「オケ全体をみるためだよ。後ろからオケ全体をみて支える。オケを牛耳るのさ。
だから僕はティンパニストを“第二の指揮者"と読んでるんだ。」
「第二の指揮者…」
「そう、君は指揮者だ。君が思うように演奏すればいい…」
私はその言葉で一気に緊張がほぐれて、今までにない最高の演奏ができた。オーケストラと…先生の指揮とシンクロする感覚…。あの演奏会のあの感覚は今でも忘れない。
ジュニアオーケストラを卒業して、中高生になってからも 私はオケで打楽器を叩き続けた。
将来を考える時期になって、周りからは『打楽器奏者になるのか』って言われたけど…
私は仲原先生のあの言葉、あの指揮が忘れられなくて、打楽器奏者じゃなく指揮者の道を選んだ。
もちろん厳しい道だとは解っていた。でも、私の気持ちに迷いはなかった。
いつか
あんな素敵な事が言えるような指揮者になれるように…