天才、現る・・・
――ヴァイオリンの一糸乱れぬ動き
――フルートの美しい旋律
――トランペットの力強い音色
非常にバランスがとれてる。お互いがお互いを聴きあうってこういうことだ。
……でも、一つだけ 何かが違う。誰かが合わせようとしてない。
…見つけた。
「ファゴットのセカンド!」
曲が止まる。その子は目を丸くして、こっちを見てる。
「もうちょっとリラックスして。周りを聴きながらやってごらん」
一人でも呼吸を合わせることができなければ、オケは狂ってしまう。どんなに聞こえずらいファゴットのセカンドも、全体に影響を与えるんだ。
下手なオケは、そんなこと言っても改善されない。かえって悪くなったりする。
でもこのオケは…
「じゃ、もう一回同じとこから」
ほら、まとまった。誰一人乱す者はいない。
さすが、春オケ。
――春井音楽大学
才能ある若き音楽家達が集う 日本トップクラスの音大。有名な作曲家やピアニストを輩出する名門校だ。
この大学が誇る、春井音楽大学管弦楽団 通称「春オケ」
管弦楽科の優秀な生徒のみで結成されたオーケストラ。“史上最強の学生オケ"とも言われ、プロオケとのコラボもしばしば。
今は、秋の定期演奏会に向けて練習中。メインの曲はチャイコフスキーの『交響曲第5番』。そして、何を思ったか、指揮は指揮科3年桐谷 ツカサが務めます。
「はい、OKです。前より雰囲気でてるので、この調子で。じゃ、後1週間、頑張りましょう。今日の練習はここまで」
「「ありがとうございました」」
みんな楽器を片付けたり、個人練をしている。そして何人かの女子生徒は、こちらをみてこそこそ話している。
(桐谷先輩、カッコいいよね…)
(メアド聞いちゃおうかな…)
2年かな。
「ツカサ!!!」
「ん?」
ティンパニの笹井 由樹が話しかけてくる。こいつとは、入学したときからの付き合いだ。
「ご飯食べにいかん?」
「いいよ。…お好み焼きがいい」
「…いつもそれじゃないすか」
ちょっとため息。
(笹井先輩と桐谷先輩って…)
向こうの女子から視線を感じる。じろじろ見るのは、オケの時だけでいいんだよ?
「ツカサ、あんたまた髪切ったの?」
暑いじゃないですか。
「……ちょっとは女の子らしいことしたら?もういい年なんだから」
――沈黙が走った。
(オンナノコ………?)
「だって、女っぽい格好って指揮しにくいんだもん。第一あたし、女っぽいものキライだし」
周りからの視線が痛い。あたし 変なこと言った?
「いやいや、もっとさー青春を謳歌しようよ。顔立ちキレイだからモテると思うんだけどなー」
由樹が言った。でも今のところ恋愛に興味はない。
「いいから早くご飯食べに行こうよ」
空腹の限界である。
―――――――――――
「にしても凄いよね、ツカサは」
「なにが?」
必殺 お好み焼き返し
…成功…!
「なにがって、春オケの指揮を任されたことよ」
由樹がビールを一気に呑む。
「春オケはほぼ3年で構成されてるけど、コンサートマスターと指揮者だけは4年がやるってのが伝統じゃない」
そう。しかもその指揮者も成績トップでないとなれない。春オケの指揮は、指揮科の生徒全員の夢なんだ。
「でも、あんたはまだ3年だよ?しかも女がやるなんて前代未聞だって、管弦楽科の先生が言ってた。」
「きっと学長の考えが変わったんだよ」
そりゃ、あたしだって言われたときにはかなりビビった。最初は断った。
「4年って忙しいじゃない?就活とかあるし」
「…!なにいってんの!!『春井の指揮科』ってだけで一発よ」
…そう言えば、去年の人はプロオケからオファーが来たんだっけ。
この大学の売りは、実は指揮科だったりする。定員は5人なのに受験者は約100人。日本の指揮者という指揮者は、みんなこの大学の出身だ。世界のマエストロも一目おいている。
「由樹だって、ティンパニを取れたじゃないか。打楽器は人が多いのに、その中で春オケのティンパニに抜擢されるのはすごいと思う」
「まぁね・・・。女性は史上2人目だって」
打楽器は男社会だ。指揮者も同じ。最近は女のパーカショニストもふえてるけどね。
「ツカサはさ、もともと打楽器やってたんだよね。どうして指揮科に入ったの?」
「・・・前、話したよね?」
由樹はすごく忘れっぽい。というか人の話を基本聞かない。
だから話しても意味が無い。
「まぁ、あこがれてる人がいたからかな・・・」
そう言いながらあたしは10年前のことを思い出した。