図書室落ち
図書室の長机が彼らに許される唯一の席だ。
彼は適当に取ってきた分厚い本をめくる。それは決して読みたくて選んだ本ではなく、ただ時間が潰せそうだからという理由で選んだ本だ。パラパラとめくられていくページの中に、彼は時間の経過を預けた。
すると、机の対角線上に座る彼女は口を開いた。
「もしあなたが世界と私とを救うとしたら、どちらを救うのかしら。たぶん、どちらも嫌だと言うのでしょうね」
あまりに唐突な質問に彼は聞き返す「というと、それはどういう場合の話ですか」
「問題が二つあるとしましょう。一つは世界の。一つは私の。あなたはそのどちらか一つを解決できる」
「なるほど」
「世界の問題を解決した場合、私は私個人の問題が原因で死んでしまう。私の問題を解決した場合、世界は世界全体の問題として私を含めた全人類が滅びるわ」
なんだか壮大な話になってきたので彼は本を閉じた。
「どちらにしろ先輩は死んでしまうんですか」
「そうよ」
「それは困りますね」
時計をのぞくと時刻は四時限目が始まったばかりの十一時。一日が終わるには少し性急すぎる時間だった。
「たとえば世界の問題はどういうものなんですか」
「そうね、核戦争かもしれないし、流行り病かもしれないし、宇宙人の侵略かもしれない。全人類が総出でかからないと到底太刀打ちできないものとしましょう。それをあなたが一人で解決する」
なるほど、と彼はうなずいた。
「たとえば先輩の問題はどういうものなんですか」
「私個人の問題は単に居場所が無い、程度のものよ」
「なるほど、今というわけですね」
そう、と彼女はうなずいた。
僕は頬杖をついて考える。
「もうじき僕はこの席からも退場しないといけません。次は保健室の長机です。その次は自宅へ、その後は地獄へと落ちてゆきます。そこへ行ってしまった場合、先輩自身の問題は悪化してしまいますか」
そう、と彼女はうなずいた。
「私はあなたを気に入っている。この学校で私を見てくれる人はあなただけだから。あなたがいなくなると寂しくなるわ」
そうですか、と彼はうなずいた。
「ごめんなさい。僕は今、僕を救わないといけないんです。そのためにはここから居なくならないといけないんです。先輩を救うことはできません」
そう、と彼女はうなずいた。
彼は席を立つ。
カーテンが秋風を孕み、彼女のいた場所を薙ぐ。
「先輩は僕を救っていてくれたのですね」
彼は独り、図書室の中で呟いた。その独り言は誰にも届くことはなかった。




