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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

スナ虫とり

掲載日:2026/02/04

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやは、虫取りをした経験はどれくらいある?


 ――小さいころに、セミを手づかみしたくらい?


 ほう、そりゃまたワイルド……てほどでもないか。俺たちが子供のときは、素手で虫をつかむことに抵抗ないやつ多かった気がするし。

 大人になってもそれは変わらないってやつもいるけど、俺はどうにも苦手になっちまった。

 どうして差がついたのか……慢心、環境の違い……と片付けるのはイージーだが、そこで思考停止は堕落のもとだ。ひとつ、つっこんで考えてみたところ、どうにも「命」をじかに感じるのが嫌になったんじゃないか、と思った。


 セミもがっとつまむと、逃げようとして暴れるだろ? 身体全体の振動が指を伝わってこちらにも理解できる。こいつは自分の思うようにならない相手だ、と。

 昨今はデジタル化が進み、俺たちが入力したものはタイムラグなしに反映される技術が発展している。すぐに、そして思い通りに展開してくれることを俺たちは期待し、ややもすれば常識のように思いがちだ。

 ゆえに原因が自分にあったとしても、いらだちを覚えがちになる。自分の制御下におけるものが増えたことで、おごっているというか、謙虚さを失いつつあるというか、自分の制御範囲外にあることを極端に嫌うようになったというか……。

 生き物相手にも、自分のやることに抗ってくること、あるいは純粋に暴れられることの物理的不快感などが作用して、距離を置きたくなるんじゃあないか? というのが俺なりの考えだ。

 自分の思うようにしたいと思うからハードルは高くなり、私情や選別がはさまってきてしまう。ならば、相手の思うようにしてやったならハードルは低くなり、あるがままを受け入れることができる。

 お前がいつも求めてるネタが、そこにもあるかもしんないぜ?

 ちょいと前に友達とあって、思い出話をしたんだがな。その中身、耳に入れてみないか?



「スナ虫、取りにいこ!」


 友達に誘われたのは小学校3年生だった。


「砂虫ィ? イソゴカイのことか? やだよ。釣りでもしたいなら、てきとうな店でエサでも買ってろ」


 友達が虫好きなのは知っているし、暇なときにはその道楽に付き合ってやっていたが、砂虫は個人的にあまり好きではないたぐいだ。過去、何度か付き合わされたが気持ちのいいものでないし、やんわりと断りだって入れたはず。


「あ~、そっち? 違う違う、スナ虫だよ」


 場所は放課後の教室。わざわざチョーク入れから出したチョークで、友達は黒板に「スナ虫」と書いてみせる。


「こいつのスナは『砂』とは違い。何もしないでくれ、という意味の『すな』なのさ。もっとも、準備だけはしないといけないけどね」


 ――ま~た、トンチキなことをはじめる気だよ。まあ、砂虫よりはおもしろそうだからいいけど。


 ヘンテコでも、つまらないよりはいい。

 やはり命というのは、未知の刺激を期待しているんだろう。それを知って、より命を長引かせんがために。


 学校内では先生の目につく、ということで近所の公園へ。

 なにかご大層な道具でも持ってくるのかと思いきや、友達が取り出したのはラムネの瓶らしきものを一本。中にビー玉などは入っていない状態で、8分目ほどまでに透明な液体が溜まっている。

 かがせてもらうと、ほんのり砂糖菓子に似た香りがしてくるが、ちょっと間を置くとぴりぴりと鼻の奥に刺激が来る。お寿司へほんのりはさんだわさびが、時間差でかすかに存在アピールをしてくる……というような、微妙なあんばいだ。


「こいつを手に塗ったら、あそこのベンチへ座って目を閉じる。そのままびたっと不動の姿勢だ。別に動かなければ、よそでも立ったまんまでも構わないけどね。ただじっとすることができるっていうのが大事さ」


 立ったままとか、正直自信がない。

 俺は友達にすすめられるまま、ラムネ瓶の中身を手へ振りかけると並んでベンチに腰をおろした。

 事前に聞いていた話だと、じっとしているとその「スナ虫」とやらは、瓶の中身を振りかけた手によって来るとのこと。その気配は、もぞもぞとした違和感を覚えるからすぐ分かるというのだけど、できる限りそれに反応するな、とも注意されたよ。

 個体差はあるが、スナ虫はなにかすることに対し敏感に反応する傾向がある。たとえ気配を感じても、気づかないままじっとしていて、去るのを待て……といわれたのだけどね。

 あいにく、するなといわれると、やってしまうのが好奇心。


 目を閉じてから、数分ほど。

 膝の上に乗せて、軽く握っていた手の内がにわかにくすぐったくなった。スポンジがひとりでに手の中でぐるぐる回り続けている感じ、といおうか。

 話に聞いていても、その違和感たるやじっとしているにはちょっとしんどくって。ついね、閉じていたまなこを開いてしまったんだ。

 その一瞬、見下ろした視線の下で俺が見たのは、いがぐりを思わせる黒々とした針。その数本が両手の握りをはみ出して、ほうぼうに突き立っているところだった。

 信じられなかった。目を閉じて感じていた手ごたえからの想像とは、まったく異なる。これほどまでに危なっかしい見た目なはずがない……!


 そんな考えが頭をよぎった矢先。

 手の中で、その「スナ虫」がはじけた。あるいは見えているいががそのまま、あるいは見えていないいがが手の甲を何か所も突き破る形で、あちらこちらへ飛んで行った。

 いくつもの穴をこさえ、血で真っ赤になった両手以外、そこには何の痕跡も残っていなかったよ。友達と大あわてで大人を呼んで手当てをしてもらったっけなあ。おかげで今は傷もふさがっている。

 準備をしたのちは、何もしないことではじめて出会えるもの。世の中、そういうものが案外あるのかもしれんな。

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