第15話 奴隷市場での出来事
奴隷市場というより…ハ◇ー〇ーク?
僕の朝は早い。
と、よく人には言われる。
自分では自覚はしていないがどうやら僕は早起きと周りから思われているらしい。
…特に意味は無いけどね。
さて、僕が何故こんなくだらない事に思考を割いているかと言えば…
「ぶぅるぅあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
「げぶほぉっ!」
「たわらばっ!」
「あべしっ!」
目の前でなんか処刑用BGMが流れそうな無双が行われているからだ。具体的に言うと世紀末に起きる史上最悪な義兄弟喧嘩。
事の始まりは今日の朝である。
何時も通りに起きて店先を掃除していると最近冒険者達の間で噂されてる青年が立っていたのだ。
名前はシュリオ…相当なイケメソだった。もげろ。
彼は無言で僕をジロジロと眺めると…
「ふん…居ないよりかはマシか…おい、付いて来い!」
そう言って有無を言わさず僕の襟首を掴んで何処かへと引き摺っていった。
道中色々問答したが奴は聞く耳持たずで僕を引き摺っていった。
確かに噂では実力があって礼儀正しいが一度思い込むと話を聞かない猪坊主。と揶揄されていたが…これは聞かなさ過ぎである。
そろそろ諦めの境地に立とうとしていた僕は急に手を離されて地面に受身を取る間もなく落とされたのだ。
「あいててて…」
「ここだ…行くぞ!」
僕の返答を聞かずにシュリオは目の前の施設に飛び込んで行ったのだ。
服に付いた埃を払いながらその施設を見上げて僕は絶句する。
「…は?」
そこは迷宮都市『公認』の奴隷市場だったのだ。
迷宮都市では様々な理由でパーティを組めない冒険者が迷宮に潜る時に奴隷を雇う事がある。
勿論奴隷と言っても『公認』と銘打っているだけあってそこまで酷い扱いをされている奴隷は居なく…言ってしまえば職にあぶれた者、元冒険者で怪我を理由に単独での活動が難しい者等が集まるのだ。
中には村の口減らしや放浪者…軽犯罪者等も居るには居るが元々住む場所が無かった者達の最終避難場所として迷宮都市が『公認』している市場なのである。
『公認』と銘打っておけば不当な扱いを受ける事も無く…都市自体が諸経費を持つ為に飢える事もない。
まぁ、重犯罪者や訳ありな奴隷は裏で売買されていたりもするのだけれども…。
ちなみに僕ら一般市民でも奴隷は買えるのである。
専ら従業員が欲しい店や子供が居ない夫婦…また、小間使いが欲しい富豪等が大半であるが。
まぁ、言ってしまえば奴隷市場とは名ばかりの仕事紹介所みたいなものである。
ぶっちゃけるとハロー〇ーク
しかしこれはまずい状況である。
奴隷市場とはいえ都市『公認』の市場を襲ったのだ。
どんな事情があるのか知らないが取り敢えず彼を止めないと厄介な事になると僕は彼を追い駆ける様に中に入り…
冒頭に戻る。
「…はぁ。」
吹き飛ばされた護衛であろう強面のお兄さん達は痙攣しながら地面とキスをしているではないか。
思わず溜め息を吐いた僕は悪くない。
ちなみに無双をしているシュリオは何事か叫びながら奴隷達が『匿われている』部屋に突き進んでいる。
近寄ってきた屈強な男を吹き飛ばすシュリオに部屋の中で息を潜める奴隷達。
…頭が痛くなってきた。
思わず出そうな溜め息を…我慢せずに吐いて僕はシュリオに近付く。
「ん?おお…遅かったな…ここにあの娘が捕らえられているんだが…。」
彼の中でどんなストーリーがあったのかは判らないが彼が立っている部屋はまぁ、俗に言う愛玩用の奴隷が纏められている場所らしい。
話を聞いて纏めてみるとたまたま奴隷馬車に乗っていた娘に一目惚れして彼女を助ける為に乗り込んだ、と。
ちなみにこの短文を纏める為に長い長い自己陶酔話があった。時間にして凡そ1時間近く。
「…だが、俺が来たからにはもう大丈夫だ…待ってていてくれ…俺の姫よ!」
「凄い盛り上がってる所悪いけど…キモイ…。」
部屋の扉が開いて出て来た少女に言われた言葉にシュリオが固まる。
まぁ、そりゃ扉の前で話してればねぇ…。
ばっちり内容も聞こえてたみたいでドアの隙間から見えた奥で顔を真っ赤に恥ずかしそうに顔を俯ける少女がいた。
腰まで伸びた薄い蒼髪にメリハリの付いたボディライン…片目を覆う眼帯に着流しを着た扉を開けた少女に奥で顔を真っ赤に染めて俯く輝くような金髪を肩で切り揃えた慎ましい体型の犬耳少女。
共に美少女であるが僕らを見る目は方や不審者を見る目…方や恥ずかしいのか目すら合わせてくれない。
ましてや眼帯少女は腰に差した護身用であろう剣に手を掛けている。
そして更に最悪な事に…
「全員動くなっ!」
背後から警備隊がやってきたのである。
シュリオは不敵な笑みを浮かべて手に持った剣を頭上に掲げて名乗りを上げる。
「我が名はシュリオ!この世界ただ一人の…英雄だ!!」
彼の眼前には完全武装の警備隊。
青を基調とした全身鎧に身体をすっぽり覆う楯…手には相手を無効化する為のメイスを構えた元の世界で言う警官みたいな人達が彼を取り囲んでいる。
置いてけぼりな僕と少女達はただその成り行きを見守るしかなかった。
「ふぅんっ!」
ブォンとシュリオが剣を振るえば面白いように警備隊が一人、吹き飛ぶ。
僕と少女達は部屋に避難して先程の衝撃で壊れたドアの隙間から外を観戦していた。
おろおろとどうすればいいのかわからないと言った犬耳少女に腰を落ち着けて外の様子を見守る眼帯少女。
そして…どうしてこうなった。と頭を抱える僕。
「ふはははっ!そんな物か!?」
矢鱈とハイテンションなシュリオに警備隊の人達は苦戦している。
何故かって?それは…
「…ふむ、ある意味我らは人質みたいなものか…」
「ふぇっ!?」
「…まぁ、立ち位置的にねぇ…。」
部屋の前でシュリオが暴れている。
字面にすると何て事無いかもしれないが…警備隊の人達にとってこれは致命的である。
判りやすく言えば銀行強盗が背後に人質を連れて立っているような物だ。
下手をすれば戦闘の余波が此方に飛んでくる。
それがあるから警備隊の人達も迂闊に攻撃できないのだ。
それに…
「さっさと其処を退けぃっ!我が覇道を阻む者達よ!!」
自己陶酔真っ只中の薬物中毒者相手に対話は無理である。
故に警備隊は手を拱いているのである。
これは長時間の均衡かと思われた時、それはやってきた。
悠然と歩くその姿に今日は腰に提げたショートソード、流れる腰まで届くほどの黒髪は忘れもしない、銀子さんの仲間の一人、悠人さんである。
彼は警備隊と何言か話すと一つ頷いてシュリオの前に立ち…静かに半身に構える。
右手を前に左手を腰に…腰は落として何時でも飛び出せる体勢に。
「ふん、とうとう親玉が出てきたか!」
「……。」
シュリオの言葉に答えず、悠人さんはただ目で問う。
やるのか?やらないのか?
それを挑発と取ったかシュリオは青筋を浮かべながら剣を正眼に構える。
次の瞬間に二人の距離が縮まった。
彼、シュリオは確かに強かった。
戦場に出れば一騎当千まではいかなくとも一騎当百まで行くほどの兵である。
だが…
「ぐ…なぜ俺の邪魔をする!!」
「……。」
ジャイアントオークをその拳一つで黙らせられるバグ相手にはその強さも霞んでしまう。
シュリオが振るった剣を二本の指で受け止めたり…腰の入った拳をその身に受けてもよろける事無く――寧ろ相手の拳から嫌な音がしたぐらいだ。――受け止めたり。
ほぼ無詠唱で放たれた魔法の矢を拳で打ち砕くとか。
最早なんでもありじゃね?っていう位に非常識な存在である黒髪の青年:悠人を相手にシュリオは苦々しい面持ちである。
悠人さんの実力を知っている――と言ってもほんの一部のみではあるが――自分としては彼が出張ってきた瞬間に後ろの少女達と仲良く傍観する事にしたのだった。
数分足らずの攻防は一瞬で決着が着いた。
一瞬の隙を突いて近寄った悠人さんの拳が彼の胴体を射抜いたのだ。
「ぐっ…っは…。」
「……。」
崩れ落ちるシュリオにそれを見下ろす悠人さん。
周りの警備隊は慣れてるのかそのまま「確保ーっ!」とか言って警棒代わりのメイスを叩き込んでいる。…主に顔面に。
中には「食らぇい!正義の鉄槌をぉっ!」とか「イケメソは死ね!氏ねじゃなくて死ね!」とか「俺だって!きょぬーのお姉ちゃんに踏まれたいわぁ!」等訳の分からない言葉を叫びながらシュリオをボコボコにしている。
取り敢えず最後の奴は周りの部屋の女性陣から冷ややかな眼差しを贈られてビクンビクンと痙攣していた。
僕は思わず溜め息を吐いて…くい、と袖を引かれる感触に振り返る。
袖を見下ろすと先程の金髪少女が不安そうな眼差しで此方を見上げている。
少し潤んだ瞳に思わず保護欲が駆り立てられる。
思わず少女の髪を撫でてしまい…少女は少し気恥ずかしそうに…それでも嬉しそうに頬を赤らめて大人しく撫でられていた。
因みにその少女の隣の眼帯少女は悠人さんに強烈な熱視線を送っていた。
それは猛禽類の様な目で…ちょっと女の子が怖くなるような目であった。
後日、迷宮都市の市長から今回の件についての話を聞きたいと悠人さん宛に手紙が届いた。
なんでも公認市場始まって以来の惨事である今回の事件。
不安に思う奴隷達も多く…早く仕事を紹介してくれと奴隷達から苦情(?)みたいなのが多数寄せられたらしく、巻き込まれたとはいえ、止め切れなかった僕にも責任があるとして被害に遭った少女二人を僕が買い取るという形になったのだそうだ。
しかし奴隷とはいえその値段はピンキリである。
しかも愛玩用として売られる予定の奴隷は質と値段が高く、僕個人の財産では一人を買うのがやっととの事で悠人さんとその少女達に『お話』をした所…。
「…ふむ、では俺が一人…引き取ろう。」
悠人さんの鶴の一声で眼帯少女が悠人さんに買われたい!と激しく自己主張したのもあり、僕が犬耳少女を買い取る事と相成ったのである。
お値段は一般市民の給料5年分とだけ言っておこう。
日本円換算で3500万程である。
そうして今日から新しい従業員を加えて…喫茶『蒼翠』開店します。
「あ、ルナちゃん!足元気を付けて…」
「ふぇ…?は、はわわっ!?」
ガシャン!と犬耳少女こと、ルナちゃんが自分の足を引っ掛けて盛大に転んだ。
「あちゃぁ…」
「ご、ごめんなさいぃ…」
「大丈夫かい?ルナちゃん…あべしっ!」
デザートのバナナアイスクレープを運んでいる途中の出来事である。
全身に纏わり付くちょっとべた付く白いアイスに座り込んだ姿勢…羞恥からか頬を赤く染める少女に垂れる犬耳。ちなみに服装は銀子さんの趣味でメイド服である。
周りの男連中は何名かは凝視し、何名かは身体を前屈みに、意外にもアーべは手に持ったお手拭でルナちゃんの顔を拭っている。
意外とフェミニストなアーべであるが…次の瞬間殴り飛ばされる。周りの男連中に。
「てめ!こらアーべの分際で!!俺達の天使に手を出すとは!」
「ちょ…まっ…」
「問答無用じゃわれぇぁっ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
複数の男に囲まれるアーべ、それを肴に騒ぐ冒険者。そして静かに怒りに震える…僕。
「あ…あの…ますたー?」
若干怯え気味なルナちゃんを立たせて店の奥で着替えに向かわせると僕は手に砥ぎに砥いだナイフを構える。
さぁ、懺悔の時間だ。
「手前ら!いい加減にしろやぁっ!!」
「「「マスターが切れたぁっ!?」」」
騒いでた男共を追い出してスッキリした僕はガクガクと震える着替えてきたルナちゃんの頭を撫でながら笑顔で問いかける。
「さぁ、もう店仕舞いにしようか?」
「ふぇっ!?…ひゃ、ひゃいぃ…。」
完全に怯えきった様子のルナちゃんを落ち着かせるように頭を撫でる。
…撫でられた本人は何時その怒りが失敗ばかりな自分に向くか気が気でないであろうが…。
撫でられるのが好きなのだろうか、徐々に震えは収まり、もっともっとと強請る様に優の手に頭を擦り付ける。
暫くそうしていて帰ってきた銀子さんが騒いだのはまた別のお話。
取り敢えずストックを放出w